衝突事故で「1両だけ大破」、欧州鉄道の隠れた課題 各国で成長、新興鉄道の車両調達に落とし穴?
東洋経済オンライン / 2024年7月23日 7時30分
6月5日22時49分、チェコ共和国の首都プラハの東約120kmに位置する産業都市パルドゥビツェ付近で、民間の列車運行会社レギオジェットのプラハ発チョップ(ウクライナ)行き夜行列車RJ1021便と、コンテナ列車が正面衝突する事故が発生した。
【写真16枚を見る】正面衝突事故で大破し横転した客車や事故時の衝撃を物語る乱雑な車内、意外にも損傷の少ない機関車・・・復旧作業現場の様子
13両編成の夜行列車には約300人が乗車していたが、機関車の直後に連結されていた客車はくの字形に変形するほど激しく損傷し、乗客4人が死亡、30人以上が負傷した。ただ正面衝突にもかかわらず、双方の運転士は命に別状はなかった。
2両目「だけ」押しつぶされる
チェコ鉄道安全当局の最初の調査結果では、夜行列車が赤信号を通過したことが明らかにされ、異常に気付いた運転士が急停止させたが、対向してきた貨物列車のブレーキが間に合わず衝突したことが、現場付近に設置された監視カメラの映像でも確認されている。
パルドゥビツェ駅周辺は、路盤を基礎から作り変える抜本的な改修工事を数年前から行い、ほぼすべての工事が完了したことから、事故発生6日前の5月31日に完成記念式典を開いたばかりだった。ただし、常時列車位置と速度を監視する欧州標準信号ETCSの導入は、2025年1月1日まで持ち越されており、既存の信号システムがそのまま使われている。
事故の詳細な原因については事故調査委員会が発表する最終報告書まで待たなければならず、少なくとも数カ月以上を要することになるはずだ。
ところがここに来て、妙な話が持ち上がってきた。事故で大破した客車の車体強度が弱かったことが、死傷者を出す原因となった可能性がある、とレギオジェット側が主張したのだ。
【写真】正面衝突事故で大破し横転した客車や事故時の衝撃を物語る乱雑な車内、意外にも損傷の少ない機関車…復旧作業現場の様子(16枚)
前述の通り、この夜行列車の運転士は信号冒進に気付いて非常ブレーキを作動させ、列車は衝突直前に停車している。そこに停止できなかった貨物列車が衝突し、夜行列車を押し出す形となった。正面衝突には違いないが、実質的には停車していた列車に別の列車が衝突したのと同じ状況ということだ。
その際、機関車の直後に連結されていた客車が、衝突によって機関車と3両目以降の車両に押しつぶされる様子が監視カメラの映像から確認できる。車体に十分な強度があれば、ここまで破壊されることもなく、死傷者の数も変わっていたかもしれない、というのがレギオジェット側の考えだ。
これは事故そのものに対する言い逃れではない。同社は、運転士のミスという可能性については否定しておらず、過去に同型の客車で、今回と同様に車体が変形する事故が起きていたことに注目したのだ。
以前もあった「車体の異常変形」
2018年4月、早朝のザルツブルク中央駅構内で連結作業中、通常より速い速度で車両同士がぶつかり、今回の事故で破損したのと同型の客車だけが大きく変形する事故が発生した。
日本の車両と異なり、ヨーロッパの連結器はバッファーと呼ばれる緩衝器が取り付けられおり、このバッファーに押し付けるようにして連結するため、ある程度の衝撃には耐えられる。この際は、時速25kmという通常の連結作業ではありえない速度で衝突したため車体の損傷は避けられなかったが、その中でこの1両だけが異常な変形を示したのだ。
レギオジェットは2011年に鉄道事業へ参入して以降、主に他国で使用済みとなった中古客車を使用してきた。これらの客車は1960~80年代に製造されたものが中心で、老朽化の色を隠せない部分も見られるが、しっかりと整備されており、これまで車両の不具合による大きな事故は発生していない。
当該客車は、1981~82年にかけてオーストリアのイェンバッハー・ヴェルケで60両が製造された簡易寝台車(クシェット)で、導入以来オーストリア鉄道(ÖBB)の夜行列車で活躍した。2004~10年にかけて車体更新工事を行い、2015年にレギオジェットが14両を購入した。主にチェコ―スロヴァキア間の夜行に使用され、夏季にはクロアチアへの臨時列車にも使用された。今年3月からは、ウクライナのチョップまで運行を開始した。
レギオジェットは、事故発生後に当該客車の使用を即時中止、現在は営業に使用されていない。また、現在も他社で使用されている同型客車についても、その危険性について警鐘を鳴らし、使用中止を呼びかけた。
同型客車は、オーストリア鉄道が夜行列車ナイトジェット用として引き続き使用しているほか、チェコ鉄道も9両を保有している。レギオジェットからの指摘を受け、チェコ鉄道は客車をヴェリム試験センターへ送り、車体強度の解析を行ったが、同社の保有車両は車体を更新した際に補強工事を行ったことから、強度には問題がないという調査結果が出た。オーストリア鉄道は、とくに動きを見せていない。
列車運行事業への参入を自由化するオープンアクセス法の施行から既に10年以上が経過し、ヨーロッパ各国では旧国鉄に対抗する民間運行会社が次々と誕生し、新規参入は今も増え続けている。法的な手続きがきちんと完了すれば、誰でも参入可能なのがオープンアクセスの最大の利点だが、諸手続きとは別に必要なのが「車両の準備」だ。
中古車両の耐久性は大丈夫か
車両を確保する手段は各企業によってさまざまだ。例えば初の民間高速列車「イタロ」運行で話題となったイタリアのNTVは、創始者3人がいずれもイタリア財界に名を轟かせる大富豪で、出資企業も多く資金調達が容易であったことから、アルストム製高速列車AGVの新車25本を一気に揃えることができた。ただ、これは非常に特殊な例で、大半の企業は旧国鉄で使用済みとなった機関車や客車を譲り受け、改修して使用している。
レギオジェットの場合、当初は中古車をかき集めて運行を開始したが、順調に業績を伸ばしたことで資金的に余裕が出たことから、機関車はアルストムから最新のTRAXX3を30両以上購入している。ただし客車については、今回問題となった簡易寝台車も含め、引き続き中古車を中心に編成を組んでいる。近年は運行区間の拡大や、利用者数の増加に合わせ、ドイツ鉄道で不要となったインターシティ用客車を中心に中古車のさらなる導入を進めている。
だが、今回の事故で、旧型客車の強度や耐久性という部分についての問題が浮き彫りになったといえよう。
旧型客車の全てが危険ということではないが、とくに1980年代より以前に製造された急行用よりランクの低い客車は、特急用として製造された車両と比較して台枠に使用される鋼板の厚さが異なるなど、強度や耐久性の面で若干の不安が残る。経年による劣化に加え、製造時の基礎構造の違いといった部分でも、大きな差がある。
ヨーロッパ中で今も数多く走り続けている中古客車だが、安全性の面からも、きちんとした整備と必要に応じた改修工事を行
橋爪 智之:欧州鉄道フォトライター
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