RIZIN「手越祐也の国歌独唱を批判」は失礼なのか 手越が辞退し、選手に批判が集まっているが…
東洋経済オンライン / 2024年7月24日 19時30分
7月28日開催の総合格闘技「超RIZIN.3」(さいたまスーパーアリーナ)のメインイベント「朝倉未来vs.平本蓮」で、歌手の手越祐也さんが国歌を独唱すると7月20日に発表されていたが、手越さん本人から辞退の申し出があり、22日に早くも中止することが決定した。
この件に関して、手越さんの国歌独唱に対する是非や、手越さんに対するRIZINや選手の対応に関して、賛否両論を呼んでいる。
筆者としては、国歌独唱の企画自体が悪手であり、実施されてもされなくても物議をかもしたと思っている。むしろ、中止になったことで、手越さんのイメージが向上した側面もあるようにも見える。
手越祐也さんの国会独唱を選手が拒否した理由
まずは、辞退に至る経緯を整理してみよう。
RIZINが20日に手越さんの国家独唱を発表する少し前、朝倉選手がX(旧Twitter)に「試合前の国家斉唱(※編集部注:実際には「独唱」。以下、同様)とかはなしにしてください リングに上がったらすぐ戦いたい」と投稿した。手越さん云々ではなく、国家独唱自体がいらない、という意見だったようだ。
平本選手も「国歌斉唱、手越だけはやめてください 国歌斉唱もいらないし ケラモフ戦の深田えいみばりに絶対にいらないっす それなら朝倉未来の君がいればを聴きたいです」と投稿した(現在は削除)。さらに、手越さん本人に辞退を求めるDM(ダイレクトメッセージ)を送った投稿のスクリーンショットをInstagramのストーリーに投稿していた。
これがきっかけとなり、手越さんに批判が集まった。RIZINは22日、公式X上にリリース文を掲載、手越さんの国歌独唱の中止の発表とともに、謝罪を行った。
朝倉選手と平本選手では温度感は異なるものの、両選手、および一部のRIZINファンが手越さんの国家独唱に難色を示した理由として、下記のことが挙げられるだろう。
・RIZINに国歌独唱は向かない
・試合以外の過剰な演出は必要ない(試合に注力したい)
・(過去に数多くのスキャンダルを起こした)手越さんは適任ではない
これらの意見には一理あるとは思うが、両選手がSNSに投稿したのは悪手であったと思う。
話題づくり自体は悪くはないが…
スポーツ、特に格闘技はエンターテインメント――「興行」と呼んだほうがしっくりくるかもしれないが――の要素が強く、さまざまな趣向が凝らされたり、競技以外の話題づくりが行われたりするのは通常のことだ。今回の手越さんによる「国歌独唱」もそうだろう。
昔であれば、野球やサッカーをはじめ、メジャースポーツはテレビで中継され、一家で視聴するのが普通だった。現在は、競技もメディアも多様化、細分化しており、注目を集めるためには、競技以外のイベントで話題を集めざるを得なくなっているからだ。
ときには「場外乱闘」的なことが起こることもあるが、話題づくりの一環として、必ずしも否定すべきものでもない。
RIZINでも、過去に物議をかもしたり、炎上したりしたことは何度もあった。
2023年には、ラウンドガールが「BreakingDown(ブレイキングダウン)」(朝倉未来選手がプロデューサーを務める格闘エンターテインメント)の一部出場者を批判して物議をかもした。平本選手が今回Xで言及している深田えいみさんは、セクシー女優だが、同年8月に黒水着を着用してプレゼンターを務めたことで話題になっている(炎上はしていない)。
2022年には、元5階級制覇王者のフロイド・メイウェザー選手への花束贈呈で、「ごぼうの党」の奥野卓志代表が、花束を渡さずリングに投げ捨てて、大きな批判を浴びている。なお、本件について、奥野氏は土下座して謝罪を行った。
RIZIN側が仕込んだものではない件も多いが、炎上したり、物議をかもしたりするたびにニュースになり、ファンではない人からも注目を集めるに至っている。
RIZINへのイメージ悪化を招いている部分もあるとは思うが、多くの人は「RIZINはそういうものだ」と思い、“ネタ”として面白がってきたのではないだろうか。
しかしながら、今回の件は、RIZIN側が少し行き過ぎたのではないかと筆者は考えている。特に、国歌を扱った企画である点が微妙な問題をはらんでしまっていたように思う。
アメリカでは「国歌」で何度も炎上している
アメリカにおいては、有名人の国歌を巡る炎上が頻繁に起きている。
つい最近も、アメリカ大リーグのオールスター戦前日に行われたイベント・ホームランダービーで、カントリー歌手のイングリッド・アンドレスさんが国歌独唱を務めたが、何度も音程を外して批判が殺到した。アンドレスさんは謝罪し、「酒に酔っていた」と釈明。施設に入ってアルコール依存症の治療をするとまで表明した。
2016年には、アメリカのプロフットボールリーグ(NFL)で、コリン・キャパニック選手が人種差別の抗議の表明として、試合前の国歌斉唱で起立を拒否するという行動を取り、賛否両論が巻き起こった。キャパニック選手は、この行動によってNFLを追放されるに至った。
2013年に、歌手のビヨンセがオバマ大統領の就任式で国歌を独唱したが、事前に録音した音声を流した、つまり“口パク“だったことが明らかになり、批判を集めた。
日本とアメリカでは、国民の国家に対する思いや、愛国心は異なっている。しかし、国歌は慎重に扱わざるを得ないという点では同様である。
古い話ではあるが、ロック歌手の忌野清志郎さんが、アルバムに「君が代」のパンクアレンジバージョンを収録したことで、発売中止になった事例もある。
現在でも、日本の学校では国歌斉唱を強要することの是非が議論を呼んでいる。
RIZIN側は、国歌の扱いの微妙さをあまり意識していなかったように思う。
RIZINで国歌独唱を行うこと自体が不適切であるとは思わないが、今回はどうしても「手越さんありき」で、後づけで国歌の独唱を組み込んだように見える。
さらに、手越さんは、2020年に緊急事態宣言発令中に酒席に参加していたことが発覚し、芸能活動を自粛、その後、旧ジャニーズ事務所を退所するに至っている。それ以前にも、いくつかスキャンダルを起こしてきた。
これらはすでに時効と言ってよく、手越さんが通常の芸能活動を行ううえでは、なんら問題視されることでもないとは思う。しかしながら、いきなり、手越さんがRIZINに呼ばれて「君が代」を独唱したら、過去のスキャンダルが掘り起こされ、「国家を歌うにふさわしい人物なのか?」という批判を浴びるであろうことは十分に考えられる。
朝倉、平本両選手だけでなく、RIZINのファンの中にも、手越さんの起用に違和感を抱く人は少なからずいたと思われるし、だからこそ手越さんへの批判も巻き起こったのだろう。
さらに、SNSには“愛国系アカウント”の声が非常に多い。何かにつけて、彼らは目立つ人を“反日”認定して叩きたがる。こういう人の批判を気にして萎縮する必要はないが、彼らが火付け役になって、“炎上”が巻き起こることは多々ある。
国歌独唱が実施されていたら、こういった方面からも火がついて炎上が拡大する可能性も十分にあったと考えられる。
国家独唱の中止によって起こったこと
今回は、手越さんは被害者であったと言える。しかし、結果としては、RIZINや両選手のほうに批判が集まったし、手越さんが「大人の対応」をしたことで、むしろ彼の株は上がったように見える。
RIZINのリリース文によると、手越さんは「あくまで試合や選手が主役。ボクは少しでもそれを盛り上げられればという思いで引き受けた。しかし、それが望まれていないのであれば今回の国歌独唱は辞退させてほしい」「それでも朝倉未来選手と平本蓮選手の試合は、変わらず注目をしているし、二人には最高の試合をしてほしいと思っています」と言ったとされている。
手越さんの対応は非常に適切であったと思うし、実際に手越さんへの批判は収束している。
結果的には、手越さんへのオファーを行ったRIZINと、内部で対処すべきことをSNSに投稿して問題を延焼させた平本選手、朝倉選手に批判の矛先が向くことになった。
このような企画をするべきでなかったのは大前提だが、国歌独唱が実施されて手越さんが叩かれるよりは、辞退をして評価が上がっていることを考えると、今回の騒動は、「収まるところに収まった」と言えるのではないだろうか。
筆者としては、
西山 守: マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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