89歳人気YouTuber「夫の遺品すべて処分」した意味 「築57年の団地で一人暮らし」の今がとっても幸せ
東洋経済オンライン / 2024年8月3日 10時0分
これから人は100年生きるという。しかし、お金や健康、孤独に対する不安がなく老後を迎えられる人はどれくらいいるだろう。年を取ることが怖いーー。
多くの人が漠然とした不安を抱く中、老後の人生こそ謳歌している人もいる。その元気は、気力は、生きがいは、いったいどのようにして手に入れたのか。
“後期高齢者”になってなお輝いている先達に、老後をサバイブするヒントを聞く新連載です。
「私が死んだあとに、子どもたちや孫たちが時々YouTubeを見て、私のことを思い出してくれたらうれしいなあと思ったんです」
https://toyokeizai.net/articles/photo/784827?pn=7
登録者数16.8万人のYouTube『Earthおばあちゃんねる』を、孫の「あーす君」と共同作業で配信する89歳の多良美智子さんは、チャンネル開設当時の思いをそう振り返る。
開設はコロナ禍の2020年8月。YouTubeとの出会いはコロナ給付金でスマートテレビを購入したこと。あーす君にYouTubeの視聴方法を教えてもらった。元々、インテリアや料理が好きだった多良さんは、料理動画や自宅紹介動画にはまり、ふとひらめいた。
「おもしろそう。私もやってみたい」
夫の遺品もさっぱりきっぱり処分
自称“すぐやる課”の多良さんは、当時中学生だったあーす君に相談を持ち掛けると、あーす君は快諾。年の差70歳のYouTuberコンビが誕生した。
動画の舞台は、多良さんが新築時から暮らす築57年の団地。
まな板を縦にしか置けない団地サイズのシンク、2口ガスコンロのキッチンで日々の食事や得意料理を手際よく作り、編み物や裁縫の腕前を披露し、趣味の絵手紙や手作りの雑貨など愛用品に囲まれた3DK・50㎡の城を案内する。
【写真】89歳、団地の4階まで毎日階段で2往復! その「元気の秘訣」がこちら(10枚)
多良さんの飾らないありのままの日常生活は50〜60代の女性を中心に多くの人の心をつかみ、開設2カ月後にチャンネル登録者が1万人を超えた。その後も配信のたびに登録者が増え続け、「部屋紹介」の動画は現在までに260万回を再生している。
さらに2022年には多良さんの一人暮らしの日常をつづったエッセイ本『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』が出版され、「理想の老後」として多くの人の共感を呼んだ。
57年前、この団地に暮らし始めたときは3人の子どもと夫婦の5人暮らし。やがて子どもたちは成長して順番に家を出ていき、夫婦の2人暮らしを20年間。そして大動脈瘤で倒れた夫を9年ほど前にこの団地で看取り、一人暮らしになった。
「子どもが巣立っていくたびに、私の気持ちは『子育てが終わってバンザ~イ』。主人が亡くなったときも、できることはやりきった安堵感と安らかな最期に『バンザ~イ!』」と多良さんは朗らかに笑う。
8人きょうだいに両親、祖母の大家族で育った子ども時代から一人暮らしへの憧れが強かった。18歳で就職してから結婚するまで、一人の生活を謳歌した。
妻、母の役割を悔いなく卒業して、50数年ぶりに始まった3DKの一人暮らし。まず、自分のモノ以外は夫の遺品もさっぱりきっぱり処分した。
「やっぱり風通しをよくして暮らさないとね。床に置くものが少ないとお掃除もしやすいです」
何冊もあった家族のアルバムも、写真を厳選して残りは処分。何度も何度も写真を見返して、捨てられない写真だけアルバムから丁寧にはがし、最終的に靴箱ひと箱分の写真だけ手元に残した。子どもや孫たちの成長の過程がわかる写真や、夢中で子育てをしていた若き日の自分の写真。
「見るとなつかしさでいっぱいになりますね。ここまで来たんだなあと思います」
iPad歴は10年目
思い出を整理する一方で、多良さんが新しく手に入れたのはIT機器だった。まずYouTubeを始めるきっかけになったスマートテレビ。これでTVを見るようにインターネットに接続できるようになり、動画コンテンツも楽しめる。
長男に音声入力の設定をしてもらったので、さまざまな操作もリモコンに話しかけるだけでいい。テレビ録画も簡単にできるので、昔から好きだったキャサリン・ヘプバーン主演の古い映画を録画してよく観ているという。
タブレット端末のiPad歴は10年目に突入し、現在使っているものは2台目だという。風景や草花、時には家族の写真を撮り、麻雀ゲームにもハマっている。最近は毎日、次男親子とリモート夕食をしているとか。
画面の中の息子と孫の顔を見ながら、多良さんはゆっくりと晩酌をする。とくに会話が弾むわけではないが、「元気な様子を確認できればそれで安心」だという。
「スマートテレビやiPadなどIT機器は若い人のものと思っていましたが、使ってみたらとても便利でした。高齢者もできることが広がりますので、おすすめします」
多良さんに驚くのは、その見た目の若々しさもさることながら、躊躇なく新しいことを受け入れる気持ちの若さや毎日を楽しむ気力だ。
Earthおばあちゃん流「健康法」
89歳の今もなお、一人で暮らしていける“自信のもと”をたずねると、「やっぱり今のところ、健康だからですね」と言う。そのために自分流の健康法を実践している。
5時の起床から22時の就寝まで1日のスケジュールはほぼ決まっていて、三度の食事は朝食7時、昼食12時、夕食18時半と、毎日決まった時間に食べる。そうすることで生活にリズムがついて、気持ちもシャキッとする。
ただし、料理に手間はかけない。
「朝は自家製のスムージーにゆで卵とりんご半分が定番です。私なりに身体に良いと思う8種類の材料をミキサーにかけるだけ。お楽しみは昼食です。ごはんとおかず、副菜、汁物が並ぶ定食式が多く、肉や魚、卵などタンパク質、野菜、炭水化物をしっかり食べます。
夜は蕎麦猪口一杯の晩酌をするので、おつまみになるものを少し。大好きな豆腐や切っただけのちくわなどに、作り置きの野菜の副菜が1品つく程度。晩酌は日本酒の出番が多いですが、ウイスキーや焼酎も好き。食事というよりも一日の締めくくりの時間ですね」
毎朝6時に団地の広場で行うラジオ体操とウォーキングは、15年間続けている。
「でも何より運動になるのは、エレベーターがない団地の4階に自宅があることですね(笑)。毎日、1階から4階まで、最低でも2往復はしていますから」
午後は昼寝を1~2時間。それ以外に掃除、洗濯、朝食など朝の日課を終えた9時の休憩のときにも眠くなったら、ベッドで1時間くらい寝る。
健康維持の一方で、年をとってきて覚えたことは「手抜きをすること」。調理師免許を持ち、食べることも作ることも大好きで、家族と暮らしていたときは、栄養とボリュームを考えて食事はすべて手作りしてきたが、一人暮らしの生活では「ちょっとズルをすること」がポイントだ。
昼は弁当を買ってきたり、食卓に出来合いのお総菜が並んだりする日もある。
それから夕食作りを一切やめた。晩酌と小さなつまみだけという潔さ。2週間に1度、次男家族が来るときだけ、ご馳走を作って振る舞う。ちょっと甘めで濃い味付けは、料理上手だった父親譲り。
「夕食作りをやめたら、もうすごい解放感です。これは一人暮らしの大発見でした。出かけて帰りが遅くなっても、あわてて帰らなくてもいい。食べた後の洗い物も少なくてすみます」
健康を気にしている人からすれば、「身体によくない」と言うかもしれない。でも、そのための運動であり、健康的な朝食なのだ。
多良さん曰く、健康維持のコツは帳尻合わせ。年を取り、ウォーキングの時間は短くなったが、4階分の階段昇降を毎日やっている。夜に眠れなくても昼寝をすれば1日8時間睡眠をキープできる。小食になったが、朝のスムージーで栄養が摂れているから大丈夫。
「無理をせず、なんとなく帳尻が合っていれば、まあ、いいかと思
うのです(笑)」
規則正しい生活も臨機応変に。「ちょっとしたズル」でキープする。ズルをするといっても、その相手は自分だから、なんの気兼ねもいらないのである。
毎晩、一日の終わりにしていること
日々、暮らしていれば何事もないということはない、大なり小なり必ず何かは身に降りかかってくるものだ、と多良さんは思っている。
そして、そういうときに9歳年上だった亡き夫のまなざしを感じるという。発熱しても案外すぐに下がったり、転びそうになっても踏みとどまれたり。失敗したなと思っても大ごとにはならなかったり。
「そういうとき、主人が見守ってくれてるんだな、乗り越えられたのは主人のおかげなんだなと思います」
多良さんは毎晩、一日の終わりに小さな仏壇の中の夫に感謝の言葉を語りかける。
今日も見守ってくれて、ありがとうーー。
【写真】89歳、団地の4階まで毎日階段で2往復! その「元気の秘訣」がこちら(10枚)
桜井 美貴子:ライター・編集者
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