東京、パリと「炎上五輪」が続いた"根深い問題" 選手や運営への批判や誹謗中傷が止まらない背景
東洋経済オンライン / 2024年8月10日 10時0分
パリ五輪も終盤にさしかかっている。競技の結果や選手の活躍はさておき、本大会は非常にトラブルが多かったという印象を受ける。
【写真】パリ五輪期間中、もっとも世間で賛否が巻き起こった「謝罪声明文」
筆者は、五輪に深く関わっている広告会社に勤務してきたこともあり、五輪のメディア報道やSNSの論調を追い続けてきた。これまでの経緯を見ていくと、パリ五輪の炎上は、起こるべくして起きた問題のように見える。
ロンドンは“ソーシャリンピック”と称賛されたが…
東京五輪は、競技場建設、エンブレム問題など、開催前からさまざまなトラブルが起き、さらにコロナによって1年延期されるという不測の事態に見舞われた。それだけに、批判や炎上が相次いで起きていた。
東京五輪の炎上は、自国開催で、かつさまざまなトラブルに見舞われたという特殊事情も影響しているのではないかと思っていた。しかし、今回のパリ五輪の炎上を見ると、そうとは言えなかったようだ。世界的に“炎上”は深刻な問題であることを改めて痛感せざるを得ない。
思い返すと、2012年のロンドン五輪は、SNSの普及が加速する中、SNSを有効活用して成功を収め、「ソーシャリンピック(Socialympics)」として称賛された。
試合の様子や結果がSNSで共有され、選手個人もSNSアカウントを開設して現地からリアルな情報を発信、スポンサー企業もSNSで情報発信して大会を盛り上げた。
世界の人々がつながり合い、一体となってこの世界的なイベントを楽しみ、応援していた。少なくとも当時はそのように見えていたし、実態もそれに近かったように思う。
東京大会、パリ大会と経て、何が変わってしまったのだろう? 今後の五輪は、ロンドン大会のような“ソーシャリンピック”を取り戻すことができるのだろうか?
もともと五輪は批判が多いイベント
五輪は、高邁な理念に基づいて運営されている国際的、歴史的なイベントだが、その反動としてさまざまな批判、逆風にさらされてきた。
近年の五輪に関するネガティブな意見としては、下記のようなものが挙げられる。
1.五輪の開催意義に関する疑問
2.運営上の不備やトラブルに関する批判
3.ルールや判定に対する疑問や不満
4.関係者や関係団体・組織に対する批判や誹謗中傷
5.選手に対する批判や誹謗中傷
6.メディア、報道陣に対する批判
パリ五輪に限らず、上記のような批判は多かれ少なかれ起きるものだが、今回はすべてが、継続的に起こっているように見える。
1については、開幕前から現地で五輪開催に対する反対運動が起こっており、直前にはTGV高速鉄道の施設が破壊されるという事態に見舞われている。日本においても、東大准教授の斎藤幸平氏がテレビ番組で「反五輪」を表明して、一定の支持を集めている。
2については、開会式の演出に対して批判が噴出、開催中も選手村に対する不満、トライアスロン会場に使われたセーヌ川の水質の問題が指摘されており、選手への対応の不備が問題視されている。
3については、ボクシング女子の“性別問題”による出場基準が大きな議論を呼んだ。また、女子体操の宮田笙子選手が未成年飲酒・喫煙で出場を辞退になったことは、賛否の議論を巻き起こした。
海外においても、馬術の英スター選手が馬を鞭でたたく「虐待動画」が流出し出場辞退に追い込まれている。さらには性犯罪歴のあるオランダのビーチバレー選手が出場して批判を浴びている。
柔道の試合では、“誤審疑惑”で話題になった永山竜樹選手の試合に限らず、判定の公平性について議論を呼んでいる。男子バスケットボール、男子バレーでも同様の問題が起こり、「誤審ピック」という造語がネットで流通するに至っている。開催国のフランスに有利な判定がなされているという批判も継続的に起きている。
4に関しては、1~3と関わって責任が問われている。IOC(国際オリンピック委員会)、競技団体、審判などが、問題が起きるたびに批判の対象にされている。
本大会で特徴的だったのが、5の選手に対する批判や誹謗中傷の激化だ。これについて過去の五輪にも遡りながら見ていきたい。
選手への誹謗中傷が顕在化した東京五輪
柔道女子の阿部詩選手は、2回戦で敗退した際、その場で号泣したことに厳しい誹謗中傷が起こった。柔道男子では、敗退した永山竜樹選手の対戦相手のフランシスコ・ガリゴス選手(スペイン)が激しい非難を浴びた。競歩では、柳井綾音選手、岡田久美子選手が、混合団体に専念するため個人種目を辞退すると発表したことで誹謗中傷を受けた。
ボクシング女子の“性別問題”で出場資格の是非が議論になった、イマネ・ケリフ選手(アルジェリア)と林郁婷選手(台湾)も激しい非難を受けた。
パリ大会で誹謗中傷を受けた選手を挙げれば、きりがないほどだ。
過去の五輪でも選手への批判や誹謗中傷は起きていたが、2016年のリオ五輪までは、さほど目立ってはいなかった。
2021年開催(2020年開催の予定がコロナで1年延期)の東京五輪では、さまざまな批判や誹謗中傷が巻き起こっていたが、選手個人に対する誹謗中傷行為も起きており、問題になった。
東京五輪の卓球混合ダブルス金メダリストの水谷隼氏は、パリ大会で選手たちが誹謗中傷を受けていることを踏まえ、自身が受けた誹謗中傷の内容をX上に公開した。なお、水谷選手が激しい誹謗中傷を受けていたことは、当時も明らかにされていた。
テニスの大坂なおみ選手への誹謗中傷も激しかった。聖火リレーの最終ランナーに選ばれたことで批判を浴び、3回戦で敗退したことでさらに批判を浴びた。徳間書店の委託編集者が個人アカウントから大坂なおみ選手への誹謗中傷を行い、契約を解除されるという事案も起きた。
サーフィン男子の銀メダリスト五十嵐カノア選手、体操男子個人総合で金メダルを獲得した橋本大輝選手も、SNSで誹謗中傷を受けたことを明らかにしている。
ロンドン五輪の「ソーシャリンピック」の時代から12年を経て、どうして炎上が加速してしまったのだろう?
たしかに、パリ大会や東京大会は、ロンドン大会と比べて運営面で不備、不手際が多かったのは事実だ。
一方で、リオ五輪においても、スタジアムや選手村建設の遅れ、治安問題、経済効果に対する疑問など、課題は山積しており、開催が危ぶまれる状態だった。ブラジル国内の問題はさておき、日本をはじめ、海外からそこまで激しい誹謗中傷を受けるようなことはなかった。
なぜ“炎上”が激化したのか?
五輪に関する炎上が加速している背景として、以下のことが挙げられる。
1.五輪関連の情報発信の活発化
2.世相の変化
3.SNSプラットフォーム、メディアの変化
1つ目については、ロンドン五輪をきっかけに、五輪関連の組織、スポンサー企業、選手がSNSアカウントを開設し、情報発信が活発に行われるようになった点だ。
特に、最近は選手自身がSNSアカウントを開設して情報発信をするケースが目立っているし、フォロワー数も急増してきている。選手とファンのつながりを強めたり、選手の生の声が聞けたり、競技以外の人となりを知ることができたりするという点でメリットも大きい。その一方で、選手が個人攻撃にさらされるリスクも急増している。
もはや五輪の選手は、「自分たちとは次元が異なる、仰ぎ見る存在」ではなくなっている。親しみを持って接することもできれば、誹謗中傷することもできる存在だ。
これまで、誹謗中傷を行う人は「言論の自由だ」「嫌なら見なければいい」という物言いをしていたが、個人アカウントにダイレクトメッセージを送ったり、相手の投稿をメンションしたりと、もはやその言い訳も成り立たない状況だ。
2つ目で象徴的なのが、2016年の英国のEU離脱(ブレグジット)とアメリカ合衆国大統領選挙だ。米英という大国で分断が高まる中、SNSでもヘイトスピーチが急増し、問題となった。
トランプ元大統領(当時は候補者)自身が、Twitter(現X)で過激な投稿を行っており、SNS投稿の過激化に拍車をかけた側面もある。
企業関連の炎上も2017年あたりに急増が見られる。政治的な投稿に限らず、日々の不満や鬱憤をSNSに投稿して憂さ晴らしをする行動が、この時期から加速しているようだ。
3つ目のSNSプラットフォームの変化について考えてみたい。
2010~2012年にかけてアラブ世界で民主化運動が加速した。いわゆる「アラブの春」だが、FacebookをはじめとするSNSが若者を連携させ、運動の拡大を実現したとされている。
当時は「SNSは世界をよくする」と考えられていたし、Facebook創設者のマークザッカーバーグ氏もそうした発言を行っていた。ところが、次第にSNSプラットフォーム事業者も、不適切なSNSの投稿、活用に対して、以前ほど十分な管理、対応を行わなくなってきている。
記者が取材をせず、SNSやインターネットの投稿を拾って記事にして発信する「コタツ記事」は以前から問題だったが、取材がしづらくなったコロナ禍でさらにコタツ記事が乱造されるようになった。
「SNSでこうした声が出ている」という記事が呼び水となって、誹謗中傷に拍車をかける事態となっている。
“ソーシャリンピック”は取り戻せるのか?
誹謗中傷をなくし、応援し合い、励まし合い、みんなで盛り上がる“ソーシャリンピック”を復活させることはできるだろうか?
運営側が炎上の“火種”となるようなトラブルを起こさないようにすることは大切だが、それだけでは不十分だ。現状起きている誹謗中傷の多くは、投稿者のストレスや鬱憤がたまたま話題になっている五輪に向いているに過ぎない。実際、何もトラブルを起こしていなかった選手まで誹謗中傷されている。
IOC(国際オリンピック委員会)はAI(人工知能)を活用した監視を進めたり、選手村内に選手の心のケアを行うスペースを設置したりしている。
JOC(日本オリンピック委員会)も選手の誹謗中傷をやめるようにと声明を出したうえで、法的措置の可能性も示唆している。
誹謗中傷を受けた選手、メダリストを含む過去の代表選手、有識者など、多くの誹謗中傷を控えるように呼びかけている。
このような取り組みは重要なことであるし、継続的に続ける必要もあるのだが、それでは十分とは言いがたい。
誹謗中傷を行う人の多くは、何を言ってもやめないだろうし、投稿の数が膨大になると、監視や法的措置にしても限界がある。
重要なのは、プラットフォーム事業者が徹底した対応を取ることだ。イーロンマスク氏がTwitter社を買収し、サービス名をXに変えたが、その後、フェイクニュースや誹謗中傷への対策を十分に行ってこなかったし、マスク氏自身がSNS上に過激な投稿を何度も行っている。
アメリカMetaについては、本年7月に同社が運営するFacebookとInstagramに関し、トランプ前大統領のアカウントにかけている制限を解除すると発表している。
両社ともに、「言論の自由」を盾に、不適切なSNSの利用に関して、十分な対応策を講じていることを怠っているように見える。
今年5月には、SNS上の誹謗中傷について、大手プラットフォーム事業者に対応の迅速化を義務づける「改正プロバイダー責任制限法」が参院本会議で可決、成立している。しかし、重要なのはプラットフォーム事業者自身が誹謗中傷を防止する仕組みを構築することだ。
“ソーシャリンピック”は過去の遺物となってしまった
SNS事業の収益の多くは広告収入だ。政府が規制をかけることも重要だが、広告主側からの圧力も重要だ。
つい最近、マスク氏が保有するXは、企業が協調して広告出稿を取りやめたことを違法として、業界団体を提訴している。広告主側はこれに屈することなく、Xの“健全化“”を求めてほしい。そして五輪のスポンサー企業はその音頭を取ってほしいと願っている。
優秀な技術者と豊富な資金を持つプラットフォーム企業、特にその経営者が対策を講じることが重要であるし、またその責任も負っていると筆者は考えている。
“ソーシャリンピック”は過去の遺物となってしまったのかもしれない。少なくとも不当な批判や誹謗中傷を回避し、健全な批判を今後の運営に生かしていくことは可能だろう。
西山 守: マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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