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「勝算の低い戦争」に日本が突き進んだ背景事情 行動経済学で紐解く、日本軍部の心理

東洋経済オンライン / 2024年8月15日 14時0分

国力が低下することがわかっているなら、いまのうちに戦争を仕掛けたほうが有利だからです。まさしく、パワーシフト理論が働いたのです。

プロスペクト理論はリスクを評価する

勝算の低い戦争に突入したことを説明するもうひとつの理論は、2002年にノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏によって発表されたプロスペクト理論です。

行動経済学に基づくプロスペクト理論では、損失を受ける場合にはリスク愛好的(追求的)な行動をとる傾向があることがわかっています。さらに私たちには高い確率ほど低く評価し、低い確率ほど高く評価するという心理傾向があるとも想定されています。

わかりやすい例が宝くじです。宝くじでは1億円が当たる確率はとても低いのに、「もしかしたら当たるかもしれない」といった非合理的で歪んだ判断をすることがありますよね。多くの人は日々の生活のなかでも「確率を正しく認識できず」に行動を取っているのです。

当時の状況で考えてみましょう。まず、実際、当時の軍部が有力な経済学者に日本の国力でアメリカに勝てるのかどうか、シミュレーションを実施させたところ、多くの経済学者の答えは「ノー」でした。

日本にあった2つの選択肢

日本の国力とアメリカの国力の差から開戦しても勝算が低いことは軍部もわかっていたのです。そのうえで、日本には2つの選択肢がありました。

日本の2つの選択肢
① アメリカに戦争を仕掛けない
② アメリカに戦争を仕掛ける

①はアメリカの資金凍結・石油禁輸措置などの経済制裁によって日本の国力は弱ってきており、このままでは2~3年後にはアメリカにひれ伏すことになる。それでも戦争を避けることで破滅的な損失を防げるので、これをやむを得ないと考える。

②は高い確率で決定的な敗北を喫するが、極めて少ない確率で日本に勝算がある。すなわち、日本が東南アジアを占領すると、イギリスに対して優位に立てる。これには欧州戦線で同盟国のドイツが欧州で勝利する可能性があることを想定していました。

もしそうなればアメリカは、日本と戦うメリットが少なくなるため、戦争をやめて日本に有利な形で和解の道を選択することも考えられたわけです。

①では確実に損失が発生します。

②では極めて少ない確率ですが、開戦したほうがよい結果が得られるかもしれません。

プロスペクト理論では、開戦する場合の(高い確率での)損失よりも(極めて低い確率での)利得のほうをより大きく評価します。

かなりリスキーな選択ですが、そのリスクある選択が冒険的な気分へと昇華していき、日本は開戦へと突き進んでいったということが説明できるのです。

勝つ可能性を過大評価する心理的な圧力

冷静な確率論で考えるのではなく、勝つ可能性を過大評価する心理的な圧力が働いたと考えれば、日本の参戦理由を理解しやすいかもしれません。

世界各地では現在も戦争や紛争が発生していますが、戦争と経済がどれほど深い関係にあることか、さらに我々がいかに不確実な考えに基づいた行動をするのか理解できたのではないでしょうか。

イデオロギーや感情論ではなく、経済との関係から戦争を見つめ直す。そうすることで、私たちは世の中の空気に流されない冷静な見方ができるはずです。

井堀 利宏:東京大学名誉教授

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