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現役の若手が語る「職業としての研究者」のリアル 論文は質より量?「永年雇用」までの長い道のり

東洋経済オンライン / 2024年9月9日 19時0分

ゴキはゴキでも、その辺にいるゴキではない。沖縄のやんばるに生息する「クチキゴキブリ」に魅せられ、世界でただ1人その研究をしている人がいます。行動生態学を専門とする大崎遥花さんです。

大崎さんの初の著書『ゴキブリ・マイウェイ この生物に秘められし謎を追う』では、ゴキブリ愛にあふれた研究生活がさまざまなエピソードとともに紹介されています。

同書から抜粋し、3回にわたってお届けします。

第2回は「職業としての研究者」についてです。

研究者はどうやって生きているのか

研究職はどういうことをしてお金をもらっているのか、不思議な職業の一つかもしれない。どのようにして「研究者」になるのか、日々どのように生きているのかについても、知る機会はほぼないと思う。

おそらくそれは、研究者のキャリアの多様さに一因がある。

研究職に就くルートとして、最もストレートなルートは、大学から大学院に進み、博士課程を卒業して博士号を取得した後、数年のポスドク期間を経て論文をたくさん書いて業績を積む。大学の教員公募に応募し、まずは助教、運がよければ講師に採用されるというものである。

近年は、そのまま永年雇用されるのではなく、5年や7年といった任期がある場合が多い。任期途中で雇用審査が行われるので、これをクリアすれば准教授や教授に昇格したり、あるいは昇格はしないが永年雇用(つまり定年まで)の資格を得るなどして、多くは65歳で退職を迎える(国公立の場合)。

このように途中で審査があって永年雇用に切り替わる制度をテニュアトラックという。聞いたことがある人もいるのではないだろうか。

同じ研究職でも、所属する研究機関が大学か、研究所か、はたまた民間企業かによっても大きく異なる。研究所は国立や私立の機関で、研究所や研究室ごとにだいたいテーマが決まっていて、そのテーマについて研究する研究者が集まっている。

そのため、「自分が興味あるのはゴキブリなので、ゴキブリの研究をやります」と言って研究所とは関係のないテーマを持ち込んで給料をもらうことはできない。

ただし、自身の取り組みたい研究と研究所のテーマが幸運にもかみ合っている場合もある。研究所は基本的に教育機関ではないので、授業を教えることはない。その分、研究や機器の整備、依頼解析(研究所の外部から研究所の機器を用いた解析を依頼されて行うこと)などに勤務時間を割くことになる。

一方、大学の研究職は、大学教員として学生の教育に携わりつつ、自らの研究を進めていくスタイルになる。特に生物学は大学や研究室から研究テーマを指定されないこともある。

九大の大学院生時代に、隣の研究室だった数理生物学研究室の教授の佐竹さんに「自由なテーマで研究をしたいなら大学が一番だよ」と言われたことがある。佐竹さんとは、「指導教員–学生」ではない気楽な関係を築かせてもらっていた。毎回たくさんポジティブな言葉をくださる先生で、私は佐竹さんの言葉が聞きたくて学振の申請書の添削や、こういうちょっとした相談などを頼んで聞いてもらっていたのである。

また、学振PD(後述する競争的研究費の一種。学位を取って5年以内の若手研究者の養成のためのフェローシップ制度)の採用が決まったときには「お祝いに行きましょう!」と言って焼肉に連れて行ってくださった。バリバリ研究されてきた経歴の持ち主のお話を独り占めできる機会があって幸運だったなと思う。

業績を出し、アイデアを得て、次の資金獲得につなげる

ただ大学が一番いい、とは言ったものの、粕谷さん(著者にクチキゴキブリ研究をさせてくれた指導教員。居室が一緒だった)が毎週の会議から帰ってくるたびに「へろへろですよ」と言っていたのを思い出す。大学は教育機関でもあるので、今の大学教員の方々は、学生の指導や講義、大学の運営会議などに多くの時間を割かれているのが現実だ。学位を取り、総合格闘技である研究をこなして教員になった彼らは日本の頭脳とも呼べるような人たちなのに、研究に集中できる環境が備わっていないのは問題だよなあと思う。

さらに研究費も獲ってこなければならない。研究職の人は、所属する研究機関から給料をもらうことで生活費をまかない、研究機関から出される少しばかりの交付金と自身で獲得してくる競争的研究費などで研究費を得て研究している。競争的研究費とは、学振や科研費、その他さまざまな組織からの助成金を指す。これらに応募して、採用されれば研究資金が得られるのである。

こうした助成は3年、5年などの期間が決まっていて、〇年目には100万円などというように1年ごとに研究費の予算がつく。申請には、研究の意義や計画を書いた申請書や、それまでの論文や著作物をまとめた業績リストを提出するため、研究を続けるためには、今獲得している資金で業績を出し、アイデアを得て、次の資金獲得につなげる、というサイクルを永遠に廻すことになる。

「生き延びる」ために、脇目もふらずに論文を書く

研究職は知的労働と言われるものの、決して優雅な生活ではない。特にパーマネントの職を得るまでは、業績が少なければ次はないと思ったほうがいい。論文5本と論文10本の応募者がいた場合、普通は10本の応募者が採用されることが多いと聞く。5本の応募者の論文のほうが少しレベルの高いジャーナルに出ていたとしてもだ。仮に5本の応募者を採用するためには、採用担当者がそれなりの理由を用意しないといけない。

まずは論文の数。その次に質なのである。したがって、脇目もふらずに論文を書くことが「生き延びる」ために必須である。

(編集注:採用の基準などについての記述は、あくまで著者の経験に基づくものであり、すべての研究職に当てはまるとは限らない点をご留意ください)

よく言われるように、そもそも日本は研究への予算が少なく、選択と集中で基礎研究にお金をなかなか配分してくれない。遊びから生まれる発見には構っている余裕がないといった風体である。

まあ、にらみつけているだけでは何も変わらないので、とりあえずまだ大学の運営などに責任のない今は自分が楽しく生きる術を模索するだけだとスッキリ考えることにしている。

これから研究者として生きていく我々の世代は、今の時点で教員になっている年上の研究者たちが歩んできた道とは異なる道をたどることになるだろう。私は日本国内だけではなく海外にも拠点を持ち、自身と研究にとってよりよい環境を自由に選べるようになりたい。

近年、普及してきたAIベースのツールは瞬く間に進歩するはずなので、そういったものを駆使し、思考を巡らすという本質的な作業にだけ没頭できる環境に身を置きたいという願望もある。指導教員が若手の頃と比べると、時代は大きく変わった。日本と海外の関係も、技術の進歩も。

京大の松浦さん(著者の所属研究室の教授。シロアリ研究で非常に有名)に言われたことがある。

「みんなが大崎さんを見てるよ。どんなふうに進んでいくのか。下の世代は特に見てると思うよ」

そんな、私は私の人生を生きているだけなのになぁ、とは言ったものの、いつの時代も下が上を参考にするのは当然でもある。私だって少し上の世代を凝視して学生時代を過ごしたし、今だってコッソリ見ている。先輩たちの背中を見つつ、自分に合った方法を取り入れて、そのときどきで最善の一手を打ち続ける所存である。

大崎 遥花:クチキゴキブリ研究者

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