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「若すぎる出家」の夜明け、突然現れた物の怪の魂胆 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木⑤

東洋経済オンライン / 2024年9月29日 17時0分

「こうしたお姿にはなってしまったが、どうかご病気をなおして、せっかく出家したからには念誦(ねんじゅ)に励みなさい」と言い置いて、すっかり夜が明けてしまいそうなので院は急いで帰り支度をする。

姫宮は、なお弱々しく消え入りそうな様子で、はっきり院を見ることもできず、挨拶を口にすることもできない。光君も、

「夢かと思うばかりの気持ちで取り乱していて、こうして昔を思い出さずにはいられない御幸(みゆき)のお礼もきちんとできない不作法は、後ほど改めてお詫びに参ります」と言う。院の見送りに、お供の者をつける。

夜明けにあらわれた「物の怪」

「私の命も今日か明日かと思わずにはいられなかった頃、ほかに面倒をみる人もなく姫宮が途方にくれることになるのかと、それがかわいそうで死ぬに死ねない気持ちでした。あなたはご本意ではなかったのでしょうが、このようにお願いして、今まではずっと安心していました。しかしもし姫宮が命を取り留めましたら、尼に姿を変えた者が人の多いところに住むのはふさわしくないでしょうし、そうかといって山里などに離れ住むのも、またさすがに心細いでしょう。尼の身となってもどうぞお見捨てなさいませんよう」と院が言う。

「重ねてこうまでおっしゃられますと、かえって顔向けできない気持ちです。すっかり気が動転し、とにかく取り乱していて、今は何も考えられません」と、光君はいかにもこらえきれない面持ちである。

夜明けに行われる後夜(ごや)の加持祈禱に、物の怪があらわれた。

「どう? この通り。うまく命を取り返したと、もうおひとりについて思っていらっしゃるのがくやしかったので、この姫宮のそばにそっとやってきて、ここ何日も取り憑いていたのだわ。さあ、これで帰ることにしましょう」と言って笑う。光君はあまりのことに、「では姫宮にも物の怪が取り憑いていたのか」と思うと、姫宮が気の毒でもあり、また出家を許したことが悔やまれる。姫宮は少し生気を取り戻したようだが、まだ頼りなさそうな様子である。お付きの女房たちも、姫宮の出家にひどく気落ちしているけれど、しかし尼となっても無事に回復するのならば、と悲しみをこらえている。光君も祈禱をさらに延長し、休むことなく行わせるなど、あらゆる手を尽くす。

あの督の君は、こうした事情を聞き、ますます消え入るように、まったく回復の見込みも望めなくなってしまった。妻である女二宮(落葉宮(おちばのみや))がかわいそうに思えてきて、しかしこの父の邸に来てもらうのも、その身分柄、今さら軽々しくふさわしくない。さらに母北の方も父大臣(おとど)も、このようにそばにつきっきりなので、女二の宮がこちらに来れば自然とその姿を見られてしまうことがあるかもしれない、それはさすがに不都合だと思い、「なんとかして妻の邸にもう一度会いにいきたい」と訴えるが、両親は許すはずもない。

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