自主映画「侍タイ」が異例ヒットした"4つの理由" 「カメラを止めるな!」と共通する「ヒットの法則」
東洋経済オンライン / 2024年9月30日 15時15分
現在上映中の劇場映画「侍タイムスリッパー」が話題だ。単館上映のインディーズ映画だったのが、急速に上映館を拡大し、異例の成功を収めている。
本作は、第2の「カメラを止めるな!」(2017年に大ヒットしたインディーズ映画。以下、カメ止め)として注目を浴びているが、両作品は、作風や作品の内容についてよりは、ヒットの仕方が似ているという点で比較されている。
「カメ止め」の再現を狙った「侍タイムスリッパー」
「カメ止め」の大ヒットは「奇跡」と称賛されたが、関係者、専門家含めて、再現性があるものだと見なされていなかった。
当の上田慎一郎監督自身が、本作公開の約1年後に、Twitter(現X)上に下記のような投稿をしている。
「侍タイムスリッパー」については、安田淳一監督は「カメ止め」をかなり意識して本作を制作をしたようで、安田監督はインタビューで下記のように語っている。
6年前に『カメラを止めるな!』が大ヒットした時、いろんな方が「これは後にも先にも一回きりのこと」と言ってました。僕は「一回できたことは再現性があるのではないか?」と、いろいろ研究して『侍タイムスリッパー』を進めてきました。(「シネマカラーズ」2024年8月29日配信)
「侍タイムスリッパー」は、はたして「カメ止め」の再現と言えるのだろうか? そうだとすれば、他のインディーズ映画も同様の手法で大ヒットさせることができるのだろうか?
筆者の見解としては、「必ずヒットさせられるわけではないが、ヒットの確率や、ヒットの度合いを高めることはできる」というところだ。
では、どうすればよいのか。この点について、詳しく考察してみたい。
なぜ「カメ止め」の再現は難しいのか
筆者は、広告会社に19年勤務し、映画のプロモーションにも何度か携わったことがあるのだが、映画作品のマーケティング戦略は、他の商材と比べてかなり特殊である。
マーケティング論の基本概念に「マーケティングミックス(4P)」がある。このフレームワークは、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)およびプロモーション(Promotion)の4つの要素を有効に組み合わせて、マーケティング戦略を計画、実施していくというものだ。映画作品は、これら4つの要素いずれにおいても、制約条件が大きく、特殊である。
最も特徴的なのが「価格(Price)」だ。劇場映画は、「製作費が安いから」「ヒットが見込めないから」といって、入場料を自由に下げることはできない。
ハリウッド映画の中には、数百億円の制作費をかけた作品もあるが、300万円の制作費しかかけていない「カメ止め」のような作品も、ほぼ同一の入場料で戦わざるを得ない。
「流通(Place)」のコントロールも難しい。制作側が「多くの人に見てもらいたい」と思ったら、上映してくれる映画館を十分に確保する必要があるが、インディーズ映画ではそれも簡単ではない。
最近では、劇場公開と並行して、あるいは劇場公開に先立ってインターネット等で配信を行う場合もあるが、一般的とも言い難い。
「製品(Product)」については、何度も劇場で鑑賞したり、DVDや配信で再視聴したりする人たちもいるが、大半の観客は一度だけ鑑賞する。つまり、映画作品はリピーターがほとんどいない特殊な「商品」である。
こうした制約条件があるため、インディーズ映画を大ヒットさせることは、至難の業なのだ。だから、「カメ止め」が「奇跡」と称賛されつつも、「再現するのは難しい」と言われてきた。逆に言えば、制約条件を打破する、あるいは制約条件を前提とした打開策が見いだせれば、ヒットを生み出すことができるとも言える。
ヒット作品に共通する要素
「侍タイムスリッパー」と「カメ止め」がヒットを生み出した共通要素として、下記の点が挙げられる。
1. 作品の質が高いこと(期待を大幅に上回る価値を与えてくれること)
2. 監督や関係者が映画や作品に熱い思いを抱いており、それが観客に伝わること
3. 監督・作品・制作過程に、語るべき「ドラマ」があること
4.(SNS等で)話題にしたくなるネタが豊富にあること
「作品の質が高い」というのは当たり前のことなのだが、メジャーな作品の中には、観客の評価が低かったにもかかわらず、ヒットした事例が少なからずある(あえて作品名は挙げないが)。
「面白ければヒットする」というのも間違いなのだが、インディーズ映画の場合は、これは必須条件だ。単純に面白いだけではなく、「口コミしたくなる」「人に薦めたくなる」「観客の期待を上回る」「映画賞を受賞する」「専門家・有名人・インフルエンサーが推奨する」といった要素がポイントになる。
「カメ止め」や「侍タイムスリッパー」は、ヒットする前段階で、
・SNSでポジティブな話題が拡散した
・レビューサイトでの評価が高かった
・映画賞を受賞したり、有名人や専門家が絶賛したりして、箔づけが行われた
といった現象が起きたという共通点がある。
これらは、観客動員数を増やすことはもちろん、上映館が拡大したり、さまざまなメディアで紹介されて多くの人が作品を知るという、次のステップに進むうえで、重要なことである。
レビューサイトでの評価を見ると、「侍タイムスリッパー」は、映画.comで4.3、Filmarksで4.1(いずれも2024年9月27日現在)と評価は軒並み高い。現在の「カメ止め」の評価は特別に高いわけではないが、公開時はかなり高い評価がついていた。
映画レビューサイトの評価は、客観的なように見えて、そうとは限らない。「期待したほどではなかった」と低い評価がつくこともあれば、「期待せずに見たら面白かった」と高い評価がつくこともある。
インディーズ映画は後者の評価が働きやすくなるし、まだヒットしていない映画であれば、応援の意味も込めて高い評価をつける人も少なくない。SNSの口コミも同様だ。
逆に、こうした映画は、ヒットするにしたがって、応援の口コミは減っていくし、批判的なコメントも増えてくる。
「カメ止め」の場合は、公開から約2カ月経った大ヒット中に、盗作疑惑の話題が浮上している。ちなみに、「カメ止め」に関してTwitter(現X)での話題量が最も多かったのは、盗作疑惑の報道が出た時である。
さらに言えば、「カメ止め」の3年後に上田慎一郎氏が監督・脚本をつとめたアニメ映画「100日間生きたワニ」は炎上し、レビューサイトでも低評価が相次ぎ、興行的にも成功したとは言い難い。
これは、原作マンガ「100日後に死ぬワニ」が炎上(感動を呼んだ最終回の直後に商業的なメディア展開を発表し、「最初から仕込みだったのか」などと炎上)したことがきっかけとなって起きた現象で、上田監督や作品に瑕疵(かし)があったわけではないのだが、「カメ止め」が大成功していなければ、ここまで叩かれることもなかったと思われる。
冒頭で紹介した、上田監督のツイートは正しいが、「再現性がある」という安田監督の主張も正しい。低予算のインディーズ映画ならではの戦い方は、一度成功した後では通用しないということでもあるのだ。
「応援してもらう」ために必要なこと
劇場映画は、入場料、すなわち「売り値」を自由に設定できないと述べたが、価格が変えられないのであれば、顧客側の「支払う意義」を創出する必要がある。
『侍タイムスリッパー』は、3年間かけて制作されたが、安田監督は、X上に下記の投稿をしている。
「カメ止め」の上田監督や出演者、関係者は、制作当時のお金のなさ、売れるための草の根的な努力、映画に対する情熱を、SNSやインタビューで語り続けていた。
映画を鑑賞する人たちは、作品の鑑賞のためだけにお金を払っていたのではなく、彼らを応援するためにお金を払っていたとも言える。
高収入を得ているハリウッドの有名監督や有名俳優に対して、「この人たちが作品を作り続けるために、お金を払う」という意識はなかなか生まれづらい。
作品の裏側にあるリアルなドラマ
さらに言えば、「カメ止め」も「侍タイムスリッパー」も、映画をテーマにした映画であり、映画愛に溢れた作品である。
同系統の名作映画に「ニュー・シネマ・パラダイス」があるが、本作を愛する映画ファンは数多い。作品が優れているのはもちろんだが、映画愛に溢れた作品であることも大きい。
「カメ止め」も「侍タイムスリッパー」も、観客は作品のフィクションの世界だけでなく、その裏側にあるリアルなドラマにも心を動かされて劇場に足を運び、映画を見て感動するのだ。
逆に言えば、作り手には、フィクションとノンフィクションの両方を演出することが求められると言えるだろう。
両作の成功に学んだ作り手が、新たなヒットを生み出し、成功を手にすることを期待したい。
西山 守: マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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