「ロシア以外にも」北朝鮮人民軍海外派遣の軌跡 空軍パイロットなど中心に中東・アフリカ諸国で実績
東洋経済オンライン / 2024年10月21日 8時20分
実戦ではどうだったのか。1966年から1969年まで、北ベトナム空軍が撃墜したアメリカ軍機は222。そのうち26機を第203軍部隊が撃墜し、北朝鮮側将兵の戦死者は14人だった。戦死者の墓は当初、ベトナムにあったが、2002年に北朝鮮に移送されている。
1973年10月に勃発した第4次中東戦争に前後して派遣されたエジプトでも、北朝鮮は空軍パイロットを派遣した。1973年6月初旬ごろにパイロット30人、航空管制官8人、通訳5人、指揮官3人、医者と料理人各1人が派遣された。
中東戦争でF4戦闘機を撃墜
同年10月6日にエジプト・シリア連合軍がイスラエルに侵攻して始まった第4次中東戦争だが、10月18日にはイスラエルと北朝鮮が交戦したとアメリカが発表。この時はイスラエル軍のF4戦闘機を4機、撃墜している。開戦前の8、9月にも2~3回、イスラエル空軍と小競り合いを繰り広げている。
後に「派兵された将兵は全員健康である」と金日成氏は述べており、戦死者はゼロだったようだ。また、シリアへの派遣 も決定されたが、派遣されたのは停戦後だったと宮本教授は説明する。
エジプトに派遣することになった背景として、当時の金日成主席は中華人民共和国の国連加盟を目の当たりにし、自国も国連を舞台にした外交にシフトしていた時期だった。
北朝鮮としては「南北統一後の国連加盟」を掲げ、まずは北朝鮮単独での国連へのオブザーバー参加を目指した。そのため、オブザーバー参加への支持を得ようと国連加盟国に攻勢をかけており、とくに中東・アフリカ諸国との交流が活発化していたときだった。
一方、エジプトは1973年の第3次中東戦争(1967年6月5日~同年6月10日)でイスラエルにシナイ半島を占領されるなど惨敗した。そのエジプトでは、さかのぼること3年ほど前の1970年9月にアンワル・アル=サダート氏が大統領に就任。次なるイスラエルとの戦争に向けて、ソ連の支援を受けながら準備を進めていた。
ところがサダート氏は、ソ連が武器支援などの約束を実行しないなどの理由で、ソ連軍事顧問団の撤退を要求した。これにより、ソ連軍が引き揚げることになる。ミグ21戦闘機75機を運用していたソ連軍パイロット100人も去り、エジプト軍は深刻なパイロット不足に陥った。
「ロシア派兵」を自ら認めるか
そのような中、1973年3月1日から7日まで北朝鮮政府代表団がエジプトを訪問し、エジプト軍総参謀総長だったサアド・アル=シャーズィリー氏とスエズ前線などを視察した。このとき、シャーズィリー氏が「エジプト防空のために朝鮮人民空軍の飛行中隊を派遣してくれないか」と要請した。
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