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「島耕作」辺野古抗議活動をめぐる表現で"炎上" 岩国という「基地の街」に育った弘兼憲史がなぜ

東洋経済オンライン / 2024年10月24日 12時0分

しかし、若き日の弘兼氏はそうではなかった。

島耕作シリーズが始まる直前の1982年に発表された『ホットドッグララバイ』という作品がある。弘兼氏の出身地である山口県岩国市を舞台とした連作。ご承知のとおり、岩国は(規模は違うが)沖縄と同じく米軍基地のある街だ。そこに生まれ育った少年の忘れがたい体験を情趣豊かにつづる。

時代はベトナム戦争の最中。授業中も頭上を飛び交う戦闘機の爆音で先生の声が聞こえなくなることしばしばだ。税理士の父親はアメリカ人を嫌いながら、副業で「パンパン(当時の言葉で米兵相手の娼婦)」が基地の兵隊に出す手紙を英語で代書している。父や塾の先生は「基地があることがいちばんいけないことだ」と言うが、「そういう人間はこの街ではキラワレ者になる」ということを少年は知っている。

ただ、少年にとってホットドッグやコカ・コーラに象徴されるアメリカ文化は、あこがれの対象でもあった。思春期の入り口に差しかかった少年は、向かいの家のきれいなお姉さんにほのかな恋心を抱く。彼女はパンパンの母親と米兵の間に生まれた娘で、米軍キャンプのクラブでジャズを歌っている。一方、少年の姉は高校生で、英会話クラブの活動の一環として基地に出入りしているが、父は娘の「アメリカかぶれ」が気に入らない。

そんなある日、塾帰りの夜道で少年は姉と米兵がキスしている場面を目撃する。英会話クラブの活動と言いながら、姉は米兵と逢瀬を重ねていたのだ。姉の“女の顔”にショックを受ける少年。しかも、少年と姉の一日違いの誕生日を家族で祝うパーティを途中で抜け出し、米兵の恋人に会いに行った姉は、二人がかりでレイプされてしまう。

しかし、相手が米兵では警察も手が出せず泣き寝入り。そこで、姉に想いを寄せていたチンピラヤクザの男とともに少年は基地に殴り込みをかけるが……。

良くも悪くもアメリカという国の存在を身近に感じる街で懸命に生きる人々の姿を、多感な少年の目を通して描く。歌手として上京することになった向かいの家のお姉さんに、あるお願いをするシーンも含め、少年の性の目覚めも絡めた物語は切なくも甘酸っぱい。

「ガムを一生懸命拾ってたら母親にぶん殴られた」

この作品について弘兼氏は、『文藝別冊 総特集 弘兼憲史』(河出書房新社/2014年)収録のインタビューで「ちょうど僕の子供の頃の話で、もちろんフィクションなんだけど、本当のことも入ってる。(中略)米兵が10円玉とかガムをバーッとまいたのを一生懸命拾ってたら母親にぶん殴られたという、これも本当の話です」と述べている。

ベトナム戦争という時代設定からして、作中の少年と1947年生まれの弘兼氏とでは10歳近く年齢差があるが、岩国という基地の街に育った弘兼氏自身の体験をベースにした作品であることは間違いない。殴り込みをかけたチンピラヤクザの無惨な結末と、その事件を報じる新聞記事は、日米地位協定の問題点を如実に示す。

その弘兼氏がデビュー50周年にして沖縄の米軍基地に反対する人たちを貶めるようなことを描いてしまうのだから、人は何かを得ると何かを失ってしまうのかもしれない。個人的には数ある弘兼作品の中で初期の名作と思う『ホットドッグララバイ』。この機会に多くの人に読んでもらいたいし、誰よりも弘兼氏本人にこそ読み返していただきたい。

南 信長:マンガ解説者

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