故障で全面運休も、欧州「水素列車」の前途多難 期待高いが時期尚早?メーカーもトーンダウン
東洋経済オンライン / 2024年11月1日 6時30分
前回、2022年9月のイノトランス(国際鉄道見本市)会場。屋外展示場にずらりと並んだ各メーカーの新車の中で、ひときわ存在感を示していたのが、水素をエネルギー源とする水素燃料車両たちだ。
【写真を見る】どんなデザイン?ドイツで運行開始したものの故障続きの「iLint」ほか、これまでの国際鉄道見本市「イノトランス」で展示されたさまざまな水素燃料車両
排出するのは水だけという水素燃料車両は、文字通りゼロエミッションを実現した近未来の動力源として、過去数年にわたってメーカー各社が製品を展示し、世間も手放しで褒め称えた。
世界の中でもとりわけ環境問題に敏感な昨今のヨーロッパ地域では、「低公害」「環境に優しい」といったフレーズが常に注目を浴びる。水素技術もその流れに乗った形で、イノトランスという舞台はまさに格好のアピールの場となった。
国際見本市でも存在感薄れる
では、それから2年経った2024年、ヨーロッパの鉄道における動力源は化石燃料から水素燃料へと大きく舵を切り、多くの鉄道会社が採用に踏み切っているのだろうか。そして2024年のイノトランスでも、水素燃料車両が屋外展示場を埋めたのだろうか。
結論から言えば、それはノーだった。
【写真】どんなデザイン?ドイツで運行開始したものの故障続きの「iLint」、2022年の「イノトランス」で展示されたシーメンス製やカリフォルニア向け、そして今回出展の韓国製トラムなど、さまざまな水素燃料車両
2024年のイノトランスに持ち込まれた車両のうち、水素燃料技術を大々的にアピールしたのは中国中車(CRRC)の都市間特急用車両「CINOVA H2」と、韓国ヒュンダイロテムの韓国・大田市向けトラム車両くらいで、ほかはスイスのシュタドラーが展示した実験車両「RS ZERO」が水素もバッテリーも対応可能、ということを売りにするなど、他社はオプションの1つという程度へトーンダウンしている。
2022年のイノトランスで展示されていた水素車両は、その後どうなったのであろうか。2年前に発表されたばかり、しかもまったく新しいものをゼロから作ったとなれば、そこから数年にわたる試運転が続くのは決して珍しいことではないが、少なくとも展示された車両の中で営業運転を開始したものはない。
話が進展したのは、シュタドラーが製造したアメリカ・カリフォルニア州向けの水素車両で、2027年には営業運行を開始する予定と明言されている。両数も当初は5両編成4本の発注だったのが、2023年10月には6本が追加発注され合計10本になるなど、かなり話が具体的に進んでいる様子がうかがえる。それでも、2027年ということは3年先だ。
ドイツでの営業運転で問題露呈
では、さらに前の2016年のイノトランスで展示され、ドイツ国内で2018年から試験運行を行い、2022年から本格的な営業を開始したアルストム製の水素燃料車両「iLint」はどうなったのであろうか。
iLintは、独ニーダーザクセン州北東部のEVBとヘッセン州のRMVという2つの鉄道で営業運行しているが、両社とも状況は芳しいものではない。
EVBの列車は動力源となる水素の不足により、現在はディーゼルカーが代走している。水素を製造する工場で発生した火災事故によって供給に問題が起きているためで、影響は鉄道のみならず水素燃料を使った自家用車のためのスタンドにも及んでいる。水素供給という、インフラ部分の脆弱さが露呈した形となった。
さらに深刻なのがRMVだ。2024年10月現在、iLintで運行していた路線「RB15」(フランクフルト中央駅―バット・ホンブルク―ブラントベルンドルフ間)は運休となり、バス代行が続いている。iLintは27本導入されたが、頻繁に故障が発生して列車の運休が相次いだうえ、メーカーの補修部品欠品で修理もできず、稼働できる車両がほとんどないという有様なのだ。
アルストムはこの対応に追われているが、現段階では人員を増やして対応部品の増産やサポート体制を強化するといった話に留まっており、解決には相当な時間を要しそうな状況だ。もともと運行していた車両をiLintで完全に置き換えてしまったことから、代走のための車両を手配することもできず、少なくとも今年12月まではバス代行が続くと考えられている。
iLintはもともと納期も延びており、全編成が出揃うまで予定より1年以上遅れた。それでいて、いざ走り出してみたら故障が相次いでまともに走らず、路線の運休にまで追い込まれたのでは、鉄道会社側もたまったものではない。
RMVは、アルストムとの間で結んだ25年間の運行およびメンテナンス契約を早期に終了させる可能性があることを示唆している。
また、アルストムに対し、代替となるディーゼルカーの提供や、故障の修繕費用などの負担を求めているが、アルストムはディーゼルエンジンを搭載する標準型Lintの生産
手堅い「ローエミッション」車両は普及
すでにお気付きの方もいらっしゃると思うが、ヨーロッパでは「これがいい」となると、その方向へ急激に舵を切る、しかも達成が困難なほど極端な目標を掲げる傾向が強く、そして途中で挫折し、失敗に終わることが多い。
近年では、自動車の完全EV化という話が最たるものだ。EUは2040年までに内燃機関禁止という草案を打ち出したものの、最近になって「PHEV(プラグインハイブリッド車)もEVとして認めてもいいのではないか」など急速にトーンダウンしており、メーカー側も「期限内に販売車両の全EV化は無理」と白旗を上げるところも出てきた。
極端な目標を掲げることで、達成へ向けて自分たちを追い込むという考えがあるのかもしれないが、かえって市場の停滞を招きかねない悪しき例となっており、残念ながら水素燃料も同じ流れとなっている印象を受ける。
2022年のイノトランスで、日立レールは電気・ディーゼル・バッテリーを組み合わせた、イタリアの近郊用トライブリッド車両「マサッチョ」を展示した。他国の主要メーカーが水素燃料車両を展示する中、マスコミからは「なぜ日立は水素燃料車両を作らなかったのか?」「この時代にまだディーゼルなのか?」といった、少々意地の悪い質問が飛び交っていたのを筆者は聞き逃さなかった。
2年前、筆者が寄稿したイノトランス記事(2022年11月6日付記事『次世代の鉄道車両「主役」は水素かハイブリッドか』)で、水素燃料車両はインフラ整備や技術的部分において、現状はまだ多くの課題が残されており、バッテリーなどと組み合わせたバイモード、トライブリッド車両が最適解になるのではないか、と指摘した。
記事は2年後、4年後のイノトランスで、はたしてどのように勢力図が変わっているのだろうか、と締めくくった。
その答え合わせをしてみれば、マサッチョはイタリア全土へ配置され、燃料消費量と排気ガスが多い旧型ディーゼル機関車やディーゼルカーなどを徐々に置換え、大きな故障もなく順調に運行を続けている。一方で、現時点で水素燃料車両が大きなトラブルもなく安定的に運行されている鉄道会社は皆無に等しく、導入は時期尚早だったと言わざるをえないだろう。
水素車両の今後はどうなる?
水素はインフラに関しても課題が残っている。水素供給と、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーはセットで考えなければならないが、これらは広大な土地を必要とする。アメリカや中国、ロシアといった国土の広大な国であればある程度安定的な供給が見込めそうだが、率直に言えばヨーロッパ大陸諸国や日本のような、使用できる土地が限られている国には不向きな発電方法だ。
太陽光パネルを敷き詰めるために森林を伐採して切り開いたり、逆に水素を生成するために化石燃料を燃やしたりしたら、それこそ本末転倒と言わざるをえない。
そう考えた時、国や地域によっては最初からゼロエミッションを目指すのではなく、まずは今ある技術や資源を最大限に生かし、ローエミッションから徐々に始める……という選択肢も視野に入れていく必要があるのではないだろうか。
水素燃料車両は、技術熟成と供給インフラの部分において、まだまだ多くの課題が残されていることが改めて明らかになった今回のイノトランス。2年後の2026年、さらにはその先で、また答え合わせをしてみたいところだ。
橋爪 智之:欧州鉄道フォトライター
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