260億円の損失「みんなの銀行」大苦戦は必然だ 日本人が学ぶべき「重大すぎる教訓」とは?
東洋経済オンライン / 2024年11月4日 10時0分
ローランド・ベルガー、KPMG FASなどでパートナーを務め、経営コンサルタントとして「40年の実績」を有し、「企業のDX支援」を多くてがけている大野隆司氏。
大野氏のところに届く「経営層からの相談内容」が、このところ大きく変化してきているという。「DXの効果が出ない」という悩みが目に見えて増えてきているというのだ。
なぜ、こうした悩みが生じているのか。大野氏が自身の経験や大手・中小企業の現状を交えながら「デジタルを活かした新事業の問題点」について解説する。
260億円もの損失を出した「みんなの銀行」
ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)傘下の「みんなの銀行」が正念場を迎えているとの報道をここのところ目にします(「撤退観測も飛ぶ「みんなの銀行」は浮上できるか」)。
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「みんなの銀行」は2021年に国内初のデジタルバンク、地銀初のネット銀行として鳴り物入りでスタートし、3年目で単年度黒字化、口座数120万、預金残高2200億円を目標としていました。
ところが2024年3月期の決算では93億円の赤字となり(口座数は96万、預金残高は225億円)、開業からの累積損失は260億円といった惨状を呈しています。
もちろん今後、起死回生の一手で劇的に持ち直すかもしれませんし、銀行を売却することにより、ディールの価格次第ではFFGに益をもたらす「孝行息子」になる可能性もないとはいえません。
しかし設立当初の目標に照らせば、「みんなの銀行」の経営は現状、「失敗」と言って差し支えないはずです。
多くの企業がデジタルを活かして、新規事業の立ち上げや、既存事業の再生を図ろうとしています(以下まとめて「新事業」とします)。
しかしこの「新事業」において、ITリサーチ最大手のガートナー社によれば、成功しているのは「1000件のうち2、3件」とのことです。
今回は、「デジタルを活かした」新事業の検討・推進する場合において、「これをやってしまったら、当然失敗する」というものを、「みんなの銀行」を含めたいくつかのケースを交えて考えていきたいと思います。
「ビジネスモデルをコピー」するメリットとリスク
たいていの企業で新事業を検討する場合、まずターゲットとする顧客を決め、その顧客へ提供する価値(商品・サービス)を決め、それに続いて、あるいは並行して事業を運営するためのあらゆることの設計を行います。
ここで必ずといって登場するものが「ビジネスモデル」です。
ビジネスモデルとは、「どこで(誰で)、どう(何で)儲けるか、そのための事業運営のやりかた」を示したものです。サブスクリプション、プラットフォーマー、D2Cといった言葉はよく耳にすると思います。
ビジネスモデルをコピーすることは(「先行企業をベンチマークする」という言い方もできますが)、さまざまな検討や議論の時間を大幅に省くことができるため、立ち上げまでの時間を大きく短縮できるというメリットがあります。
そして「みんなの銀行」のデジタルバンクも、約10年前から(欧州中心に)流行しはじめたビジネスモデルのコピーにほかなりません。
コピーをすることで多くのメリットがある反面、コピーして真似するだけでは、同じビジネスモデルの他社(たいてい複数社は存在する)との違いが打ち出せず、競争力が出ないというデメリットもあります。
あたりまえのことのようですが、意外にこれを忘れてしまうケースは少なくないのです。
「260万円で売却」された有名スタートアップ企業
QRコード型決済というビジネスモデルを早くから展開していたOrigami社がメルカリ社に(たったの)260万円で売却されたことを覚えている読者もいるでしょう。
QRコード型決済というビジネスモデルは、実のところ、どの会社もサービスにたいした違いはありませんし、儲け方が「店舗からの手数料」、成長を決めるのは決済額の増加という点も同じです。
あらためて見るときわめてコモディティ的なサービスといえます(コモディティの定義は「価格以外に差別化要素がない」ということです)。
となると各社が打ち出すべき「違い」は、競合に比べてより多くの利用者数、多くの利用可能店舗ということになってくるはずです。
これらのための施策としては、還元ポイントやキャンペーンの規模、(店舗が負担する)利用手数料の低さや無料試用期間の提供といったものくらいしかありません。そしてその成否を分けるのは資源(ヒト・カネ)投入の差ということになってきます。
Origami社は、先行企業であったにもかかわらず、十分な「違いを打ち出す」前に、後発企業の戦略的な大量の資源投入によって、勝敗をつけられてしまったということなのでしょう。
もちろんビジネスモデルをコピーしたとしても、取り扱う商品・サービスが異なれば、商品・サービスで違いを打ち出せる可能性はあります。
しかしながらコモディティ的なものではこの余地は非常に少ないのです。
その場合やはり「資源量」が勝敗の決め手となる点を、経営はよくよく留意すべきでしょう。
デジタルでは「違い」は打ち出しにくい
ビジネスモデルをコピーしたときに、よくみかける失敗が「デジタルで違いを出そうとする」というものです。
ソフトウェアやハードウェアを商品・サービスとする事業のときには、デジタル技術そのものが商品・サービスとなりますから、デジタルで違いを打ち出すことは必須です。
しかしながら、これ以外の事業においてはデジタルそのもので違いを打ち出すことはかなり難しいと認識しておくべきでしょう。
ちなみに「打ち出すべき違い」を思いつくままにあげますと、商品やサービスそのものの性能や希少性、品ぞろえの豊富さ、商品・企業の情報入手のしやすさ、店舗の立地の便利さ、配送や返品の利便性、価格のリーズナブルさ、カスタマー・サービスの良さ、広告宣伝の露出量や適切さ、UX(ユーザー体験)の良さ、競合への切り替えにくさ、といったものになります。
これらの「違い」を支えるものとしては業務プロセス・組織・ヒトなどが一般的なものですが、実はデジタルもこれらと同様、「違いを支えるもの」に過ぎません。
なかには、優秀な販売員や、精度が高く安い配送(プロセス)といった支えるものが、直接「違い」を生み出すこともあります。当然デジタルも同様に違いを生み出すことができる可能性はあります。
ただ、問題はそれが顧客に利するものあるかどうかです。
たとえば「先進的なAIを使って店舗の立地選定を実現」と宣伝されても、顧客にとっては、「立地そのものが大事なわけで、AIを使うとかそういうことはどうでもいい」となるでしょう。
しかし残念ながら、このような企業の勘違い・ひとりよがりは、「デジタルを使った新事業」においては、けっこう多いのです。
「ビジネスモデルをマネしただけ」の企業の末路
翻って「みんなの銀行」を考えてみましょう。
同じビジネスモデルの競合に対する、違いを打ち出せていたでしょうか。
2015年頃には、N26(ドイツ)をはじめとしたチャレンジャーバンクと称されるデジタルバンク群が開業していました。
チャレンジャーバンクとは主にスマートフォンで金融サービスを提供するビジネス形態で、スマホを使うことの利便性や利用コストが安い、あるいはかからないことなどから、一気に顧客を獲得していきました。
ですから先行企業からコピーできるところはかなり多かったはずです。
公開されている情報から見るに、「みんなの銀行」は、スマートフォンだけで利用が完結すること、UXの良さや、口座開設で1000円がもらえるといったメリットを訴求しています。
しかし金利そのものやATMからの引き出し手数料などに関しては、十分に違いを打ち出せているようには見えません。
金利や引き出し手数料での違いなどは「打ち出す必要がないだろう」という判断だったのかもしれません。
逆に「みんなの銀行」が打ち出した「スマートフォンで完結」
顧客としては「スマートフォンで完結」というだけでは「みんなの銀行」をあえて選ぶ理由にはなりづらいといえます。こだわったであろうUXも同様です。
また、当時公開された記事広告などでは、「世界初のフルクラウドの勘定系システムである」ことが強調されていましたが、これぞ一般の顧客にとっては「どうでもいいこと」でしょう。「違いの打ち出し」にはなりません。
コピーして真似するだけでは、同じビジネスモデルの他社(たいてい複数社は存在する)との「違いが打ち出せず、競争力が出ない」と述べましたが、「みんなの銀行」も「違いの打ち出し」の磨き込みが不十分であったとしか思えないのです。
大野 隆司:経営コンサルタント、ジャパン・マネジメント・コンサルタンシー・グループ合同会社代表
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