闇バイト描く「3000万」NHKで異色作なぜ誕生? 安達祐実はじめ、キャスティングも絶妙すぎる
東洋経済オンライン / 2024年11月16日 14時0分
「同情するならカネ(金)をくれ」
【写真】リアルすぎ…得体の知れない「犯罪組織の面々」を演じる実力派俳優
1994年にユーキャン新語・流行語大賞に選ばれたこのセリフで安達祐実は大ブレイクした。
当時12歳だった彼女は『家なき子』(日本テレビ系)というドラマで、貧困のあまり金を盗んだり暴力を振るう父を殺そうとしたりするダークヒロインであった。
あまりに悲惨な自分の人生を生き抜くために悪事に手を染めるしかない、天使のように愛くるしい少女のダーティーなキャラ設定。それを安達祐実は見事に演じて日本中を沸かせたのである。
「社会の闇」が似合う安達祐実
あれから30年、安達祐実は目下、3000万円を巡るクライムサスペンス『3000万』(NHK、土曜22時)のヒロインを演じている。闇バイトに関わる3000万円をネコババしようとして転落していく主婦・祐子役がハマっている。なぜか安達祐実には社会の闇が似合う。
祐子はコールセンターで働く派遣社員。夫・義光(青木崇高)は元ミュージシャンで、いまはわけあって警備員をやっている。2人には1人息子・純一(味元耀大)がいる。郊外の一戸建てに住んでいるものの、生活は決して楽ではない。
ある夜、祐子が運転する車がバイクと事故を起こした。それをきっかけにバイクに乗っていたソラ(森田想)が持っていた3000万円が転がり込んでくるが、その金は犯罪組織と関係するやばいものだった。
金を警察に届けるという選択肢も脳裏をよぎるが、タイミングを逸するばかりで、義光と祐子は結局、一部を使ってしまう。ごまかせるわけもなく、犯罪組織や警察からじわじわと追い詰められ、平凡だった生活が大きく崩壊していく。
お金を返そうとしてなかなか返せないドタバタ喜劇かと思ったら、洒落にならない深刻さで、祐子と義光は常に選択を間違えて、どんどん立場を悪くする。
とくに祐子は、
夫の夢が破れて家計も楽でなく、コールセンターでは顧客からも上司からもハラスメントを受けている祐子に同情の余地はあるものの、彼女はいい大人なのであり、子を持つ親なのである。でもそれが、貧困が増加する一方の現代の実情であるとしたら……。
「闇バイト」にうっかり巻き込まれる小市民側を描く
『3000万』というちょっと奇妙なタイトルのドラマは、現実とあまりにリンクしていた。
この頃、やたらと闇バイトの報道がされているが、闇バイトとは、警察のサイトによれば「SNSやインターネット掲示板などで、短時間で高収入が得られるなど甘い言葉で募集しています。応募してしまうと、詐欺の受け子や出し子、強盗の実行犯など、犯罪組織の手先として利用され犯罪者となってしまいます」というもの。
「やめたいと思っても、応募のときに送った身分証明書から『家に行く』『家族に危害を加える』と犯罪組織から脅されて逮捕されるまでやめられません。逮捕されたあとに待ち受けるのは懲役や被害者への損害賠償です。もちろん犯罪グループは助けてくれません。闇バイトは使い捨てです」と関わらないよう強く警告している。
安易に高額のバイトに手を出すと底なし沼に陥ることになる。にもかかわらず、昨今、闇バイトによる強盗殺人事件があとを絶たない。高齢者たちが家に押し入られボッコボコに暴行され金品を奪われる。
その恐れから防犯グッズがにわかに売れているらしい。年金暮らしで戸建て住まいの高齢者は戦々恐々。それ以外の市民も心配な毎日。そんなとき、『3000万』は、闇バイトにうっかり巻き込まれる小市民側の心境と状況を丹念に活写している。
若者が巻き込まれていく事件を追う側のドラマは、NHKでこれまでも制作されていた。たとえば、オレオレ詐欺を追う『サギデカ』(2019年)などである。『3000万』は罪を犯した側が主人公であることが珍しい。
絶妙なキャスティング
幸か不幸か、家族のように親しくしていた人物が事件を追う刑事・奥島(野添義弘)で、何度も3000万円を返す機会は訪れる。相談に乗ってもらうこともできた。にもかかわらず、お金を持ったままどんどんと悪いほうに転がっていってしまう主人公たちにイライラすることもしばしば。
でも、この愚かな夫婦がどうなるのか目が離せない。海外ドラマ『ブレイキング・バッド』(2008年)などに見られる、主人公が悪事に手を染め変貌していくようなエンタメ性、中毒性があるのだ。
犯罪には闇の組織が絡んでいるため、関係者を葬ったりかばったりしていたら、そのうち殺されてもおかしくない気もしてドキドキハラハラするが、主人公だから、途中で殺されたりはしないだろう。
でも夫婦をあたたかく見守っている、定年を迎えた人情刑事・奥島が深みにはまって殺されてしまうパターンはこの手のクライムサスペンスあるあるで、そうなるのではと心配になる。祐子たちを追い詰める闇組織の人々が不気味でかなり怖く、不安が募る。
犯罪組織の面々に、視聴者にあまり馴染みのない俳優たちを起用していることで、何者かわからない緊張感が増している。とくに、指示役の木原勝利や、かけ子をとりまとめる役の内田健司、学生役の萩原護などに現代性がある。
組織の上役を演じる栗原英雄は、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)で注目された俳優だが、ゴールデンタイムの連続ドラマにしょっちゅう出ているわけではないので、組織の謎めいた雰囲気を出すのに一役買っている。
夫・義光役の青木崇高は、映画『ミッシング』(2024年)ではひたすら妻を支えていた不器用な夫を演じていたが、『3000万』では、音楽以外は器用にできず、妻・祐子の行動力には敵わない人物を絶妙な頼りなさで演じている。
そして安達祐実が、コールセンターでは大人しくクレーマーに謝り続けていたが、いざとなると俄然、強気になって、間違えた方向であろうとも、猛然と突き進んでいくたくましい人物を演じている。『家なき子』のようにお金のない庶民の苦悩とバイタリティを演じさせたら、安達は抜群の魅力を発揮するのだ。
映像も海外ドラマのようにクールで重みがある。
NHKで異色ドラマが生まれたワケ
なぜNHKでこのような異色で濃密なドラマが生まれたのか。
NHKは2年前、海外ドラマのような共同脚本スタイルでドラマを作るための「WDR(Writers' Development Room)プロジェクト」を発足し、メンバーを募集した。
応募総数2025人の中から10人、さらに最終的に4人に絞り、選抜された弥重早希子、名嘉友美、山口智之、松井周の4人の共同脚本体制で『3000万』の脚本が書かれた。
共同脚本といっても1話分を4人で手分けして書いているわけではなく、各話を1人ずつ書いている。そのため、各回、作家の個性が出て競作的な感じもおもしろさの1つである。
初回、いかにも海外ドラマ風なスリリングなムードではじまって(作:弥重早希子)、第3話では突然、音楽劇みたいなノリになり(作:山口智之)、第6話では、いよいよ奥島に夫婦の秘密が明かされるやりとりが小劇場みたいで(作:松井周)、全体のムードの転調で視聴者の予測を覆し、刺激を与えてくれた。
チーフライターは決めず、海外ドラマにおけるショーランナーというチームを引っ張る役割を担っているのが、このプロジェクトの中心人物であり演出を手掛ける保坂慶太だ。
保坂はNHKの局員で、朝ドラや大河ドラマなどの演出をしながら、一時期、アメリカに留学し、海外の制作手法を学んでいた。『3000万』はその学びの成果を生かす作品である。
選抜チームで海外ドラマの構成を徹底的に研究し、全員が情報を共有し、技術も一定レベルを保ったうえで、それぞれの個性を上乗せしているので、どの回も密度が濃く、隙もない。
この限界をどう突破できるか
ただあまりに隙がなさすぎるのが、良くも悪くもNHK。
終わりに向かって、義光の作った曲に火がつきはじめるのだが、その曲の歌詞は「明けない夜はない」「いつだってやり直せるんだ」という皮肉。
どんなについてないことがあっても地道にコツコツ、やっていれば、家族3人、いつかいいことがあったのに、目先の欲望に流されたために取り返しのつかないことに……という教訓めいた感じもちらついてきた。
いや、もちろん、闇バイトだめ絶対、ではあるのだが、警鐘としてドラマがまとまってしまうとしたらNHKドラマの限界かな、という気もするのだ。この限界をどう突破できるか、『3000万』の出来はNHKドラマの今後を占う大事な試金石であろう。
木俣 冬:コラムニスト
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