「移民・難民をアフリカへ」知られざる欧州の転換 受け入れの理念から強硬策へ舵を切る国々
東洋経済オンライン / 2024年11月20日 8時0分
ヨーロッパが移民・難民問題で転換点を迎えている。ドイツをはじめ、これまで寛容な外国人政策をとってきた欧州連合(EU)や加盟国の多くが、厳格な出入国管理や送還の促進に舵を切り始めた。
アフガニスタンやアフリカ諸国の政情不安やコロナ禍の収束などの要因が重なって、新たなEUへの難民流入の波が生じており、EU全体では2023年の難民認定申請者数は112万9000人に達した。
2015年に132万人、2016年に120万人が難民申請し、「難民危機」と呼ばれたが、それ以降の最多となり、EUが共同して対処する必要性も増している。
不法移民を送り込む「ハイブリッド戦争」
ポーランドのドナルド・トゥスク首相は10月12日、党首を務める政党「市民プラットフォーム」の大会で、難民の庇護申請権を当面棚上げにする、と宣言した。トゥスク氏は、「不法移民を制限したい。ヨーロッパ次元でこの決定の承認を求めようと思う」と述べた。
トゥスク氏はリベラル派で、EU大統領を2014~2019年務めただけに、その発言は大きな反響を呼んでいる。強硬発言の背景には、ベラルーシやロシアからの不法移民流入が、ポーランドにとって安全保障上の脅威になっていることがある。
ポーランドの報道によると、2024年5月、ベラルーシから不法入国しようとする人の数は7100人となり、2022年同月の913人、2023年同月の1900人から激増した。国境のフェンスを越えようとする不法入国者を阻止しようとした兵士がナイフで刺され死亡する事件も起き、国民世論は強く反発した。
ベラルーシ、ロシアは、ビザを発給して中東やアフガニスタンの人々をいったん自国に入国させ、それからポーランド国境に向かわせており、ポーランドはEUの混乱を狙った「ハイブリッド戦争」を仕掛けていると見ている。
ポーランドは来年に大統領選挙を控え、トゥスク氏には不法移民問題で強い姿勢を打ち出さないと、保守色が強い野党「法と正義」に対抗できないとの危機感があると見られる。
EU加盟国が難民受け入れ制限に踏み切る際、モデルとして持ち出されることが多いのがデンマークの難民政策だ。
デンマークは2019年の「パラダイムシフト法」によって、難民政策の重点を支援削減や送還促進に移した。それまではデンマーク社会への統合を図ってきた難民を、一時的に滞在しいずれ母国に戻る人々として位置付け直した。
デンマークはEU加盟時に司法・内務協力分野はオプトアウト(opt-out=適用除外、留保)しており、EUの難民の割り当てを受け入れないなど、もともと難民問題について独自の政策を取っている。
右派政権が政策転換
スウェーデンはドイツと並んで寛容な難民受け入れ策を取っていたが、2022年10月に発足した右派連合政権が、デンマークをモデルに「パラダイムシフト」を掲げ、移民・難民政策の転換を進めている。
具体的な政策は、移民労働者は一定水準の給与を得られなければ在留を認めない、家族の呼び寄せを制限、送還を促す支援金の増額――などである。人権団体などからの批判を浴びながらも効果的で、2024年の難民申請者数は2000年以降最小となり、スウェーデンへの流入者は流出者を下回るまでになった。
オランダも、2024年5月に右派ポピュリズム政党「自由党」主導の内閣ができたことに伴い、家族呼び寄せの制限、国境管理強化、公共住宅の優先的な割り当て廃止など、移民・難民政策を厳格化した。EU共通難民政策からのオプトアウトも求め、9月、EU委員会に通告した。
ハンガリーもそれにならい、9月、EU共通難民政策からオプトアウトする方針を明らかにした。
ドイツについては、『ドイツが転向を迫られた「移民難民問題」の深刻』で詳報したが、憲法に規定された「個人の基本権としての庇護権」の廃止を提言する保守系政治家も現れている。
一般的に難民の庇護を与えるのはあくまでも「受け入れ国の権利」だが、ドイツは憲法(基本法)16条で庇護権を「個人の基本権」とするなど、難民救済に手厚い原理的立場をとっていた。圧政を逃れる政治亡命(庇護、難民申請)は個人の自由を保障するために重要という、ナチ・ドイツの経験から生まれた、いかにもドイツらしい規定だった。
しかし、難民申請者の急増に対応するには、この先進的な規定の見直しもやむを得ないとの意見が提起されるようになっている。庇護権が個人の基本権であれば、難民申請を受理せざるを得ないが、基本権ではないことにすれば、受け入れ数の上限を決めることができ、社会的弱者を優先して直接受け入れる余裕も生まれるという。
南太平洋やアフリカに収容施設
さらに、EU加盟国に広がっているのが、国外(EU圏外)に収容施設を設置する動きだ。
デンマークは2021年、自国での難民申請者を国外に移送して収容することを可能にする法律を可決し、2022年にはアフリカのルワンダと、同国に難民申請者を移送する計画について合意した。2023年にいったん棚上げしたが、2024年になって他のEU加盟国と協調して、第3国に移送する計画の実現を探っている。
オランダもアフリカ系の不認定者をウガンダに移送することを検討している。
2024年5月には、ポーランド、デンマーク、オランダなどEU加盟国の15カ国が、「不法移民に対処するための新たな解決」を求める共同書簡を発表した。EU圏境の出入国管理の強化のほか、EU圏外の国に難民申請者を移送する措置についてもEUに提案している。
EU加盟国ではないが、英国もルワンダに収容所を設置し、難民申請者を移送する計画を2022年4月、ボリス・ジョンソン首相(当時)が発表し、ルワンダ側に2億4000万ポンド(約490億円)を支払い、収容施設の建設も始まっていたが、2024年7月に政権交代した労働党のキア・スターマー首相は計画の撤回を発表した。
イタリアは、難民認定されることがほぼない「安全な出身国」から来た不法移民の男性を、アルバニアに建設した収容施設に収容することとし、2024年10月16日、16人を移送した。
しかし、そのうち、未成年者など4人をイタリアに戻し、さらにローマ地方裁判所が、残りのエジプト、バングラディシュ出身の男性12人をイタリア本国に移送するように命じた。両国が「安全な出身国」ではないから、という判決理由だった。イタリア政府は控訴するなど、この移送措置を継続する道を探っている。
イタリアの移送措置は難航しているが、EU15カ国の共同書簡には、難民申請者の移送を定めたイタリア―アルバニア間の議定書はモデルの一つとうたわれており、いくつかの加盟国は、こうしたやり方を模索していくことになるだろう。
南の島に送るオーストラリアが先例
この国外(圏外)に収容施設を設置するやり方は、すでにオーストラリアが太平洋南西部の島国ナウルなどに収容所を設置する「パシフィック・ソリューション」という前例がある。
ナウルとは2001年の協定に基づいて実施され、不法移民の受け入れ、難民審査をさせる代わりに、経済支援を行うという内容だった。難民不認定者は本国に送還し、難民認定者も第3国への移送を進め、オーストラリアは基本的に受け入れない。
人道上問題があるという批判を受けながら、中断をはさみ現在も続けられている。
多くのEU加盟国が、圏内の自由移動というEUの理念には反することは承知の上で、国境検問を強化している。
ドイツのショルツ政権は2024年9月16日から、ドイツと接するすべての国との国境で、イスラムテロや難民による暴力犯罪が国民の安心を脅かしていることを理由に、検問を開始した。
圏内の国境検問の撤廃を定めたシェンゲン協定には、例外的な状況での最後の手段、暫定措置として検問を実施することを認めている。これまでも大規模なテロ事件やコロナ感染拡大などの事態に対応して、国境検問が行われてきたが、近年目立って増加している。
2006年以来、加盟国からのEUに対する検問設置の告知は441件あり、15年以前は35件で、近年に集中していることがわかる。24年9月現在、8か国が検問を実施している。
ドイツの措置に対しては、
もはやEUに理念や建前の余裕は乏しい
2024年10月17日に開かれたEU首脳会議の議論では、ウクライナ支援、中東情勢に並び不法移民問題が議題となった。会議後に発表された「結論」では、「あらゆる手段を用いてEU圏境の効果的な管理を確実なものとする」として、国境管理の強化を容認した。
また、ロシア、ベラルーシからのハイブリッド戦争の手段としての不法移民流入に悩むポーランドに対しては「ロシアとベラルーシはわれわれの庇護権を含む価値を悪用したり、民主主義を損なったりすることは許されない。欧州委員会はポーランドへの連帯を表明する」と庇護権の棚上げに理解を示した。
「結論」は「不法移民を防ぎ対処するための、EU法並びに国際法に沿った新しい方法が検討されねばならない」と打ち出し、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長もメディアに対し「EU圏外に送還の拠点(return hub)を設置するという考えについて討議した」と述べた。
今後、圏外の施設設置に弾みがつくことも考えられる。
EUは圏境に難民審査を行う収容施設を作るなど、
三好 範英:ジャーナリスト
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