「ネットには匿名性も必要」と平野啓一郎が思う訳 メタバースでの「思いがけない差別」に教育的価値
東洋経済オンライン / 2024年11月25日 8時0分
――メタバースに限らす、長年ネット世界を作品に描いてきた中で感じることは?
そんなにディープなネット住民でなかったにせよ、曲がりなりにもネットの登場時から付き合ってきた人間として思うことがあります。ネット世界について「昔は牧歌的でよかったのに今はひどくなった」という人がいるけど、それはウソじゃないか?ということです。
「2ちゃんねる」とか、1990年代終わりに登場したサービスも当初からひどい有様でした。もちろん楽しいコミュニティーもたくさんあったけど、暗部もあった。むしろ昔のほうがアナーキーだったかもしれません。
Xも、「イーロン・マスクが経営者になってひどくなった」みたいに言う人がいますが、Twitter時代も炎上騒動で死に追い詰められる人はいたし、差別的な言動を報告しても改善されない状況もありました。今が昔に比べてめちゃくちゃ悪くなった感じは、個人的にはあまりしないんですよね。
すべてが「実名の下」に残ることの怖さ
――ネット世界はもっとクリーンになるべきでしょうか?
もちろん、治安のいい場所になったらなとは思う。その反面、いろいろと取り締まりすぎるのはよくないんじゃないかという気もします。
というのも、自分の10代の頃を思い出すと、おかしなこととか、間違ったこととか、今考えると恥ずかしいことをいくらでも発言していたんですよね。それが全部、自身の実名の下に記録として残っていたら、今すごく困っただろうなと。
ヨーロッパなどでは「忘れられる権利」がよく言われますが、適度に使い捨てられていくべき言動もあるかなと。とくに若い人がSNSをやるときにすべてを実名で発言すると、その後の人生への影響が大きすぎて、危険だと思います。だから判断力がつかない間は、「裏アカ」とか、匿名性に守られる必要もあるんじゃないかと思うんですね。
なんにせよ、「物言わぬは腹ふくるるわざなり(※)」と大鏡にも徒然草にも書いてあるように、人間はやっぱり、何か言いたいんですよね。(※編集部注:言いたいことを言わずにいるとわだかまりができるので、我慢しすぎるのはよくない)
そういう意味で、僕はああいう(SNSなどの)メディアが出てきた意味はあると思うし、それがなかったときと今とどっちがいいかと問われたら、やっぱりそれがある今の世界のほうがいいと思っています。
▼前編
長瀧 菜摘:東洋経済 記者
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