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急増する外国人訪日客に「おもてなし」が不要なワケ インバウンド急増に混乱する"現場のホンネ"

東洋経済オンライン / 2024年11月29日 8時30分

インバウンド客の急増に現場は悲鳴をあげています(写真:Fast&Slow/PIXTA)

インバウンドが予想をはるかに超えるスピードで復活している。日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2024年10月の訪日外国人数は331万2000人で、単月では過去最高を記録したという。また1月から10月までの累計で、史上最速で3000万人を突破したと報じられた。

【図表】インバウンド受け入れ、現場が「いちばん大変」だと思っていることは?

この急激な変化に多くの現場が対応できず、混乱している。原因は言うまでもなく、「人手不足」と「言葉の壁」に尽きる。

一般社団法人日本旅行業協会が旅行関連事業者に実施した最新調査でも、インバウンド客受け入れの課題として、「人手不足や人材不足」と「外国語対応スタッフの雇用」が上位を占めた。外国人客の急増に、現場の受け入れ態勢が追いついていないのは明らかだ。

外国人客の対応、「できればやりたくない」

これに関して筆者は先日、流通小売業向けのインバウンドセミナーを行った際に、現場で働く方からリアルな声を聞いたのでご紹介したい。

まず、関西のセレクトショップで販売職をしている男性が、こんな本音のエピソードを話してくれた。

「正直、外国人客の接客は面倒くさいし、時間もかかります。日本人スタッフの多くは、できればやりたくないと思っていますよ。

だから外国人客が入店してきたら、すぐに中国人スタッフのAを探します。彼女は中国語だけでなく、英語も話せますから。もしAが見当たらなかったら、『うわっ!』となります。そして、日本人スタッフ同士で暗黙の押し付け合いが始まります。『お前が行け』って、目で合図を送り合うんです(笑)。

ただ、最近はあまりに外国人客が増えたので、Aだけでは対応しきれなくなっています。私たち日本人スタッフが、仕方なく対応するケースが多くなっていますね」

また、都内の百貨店で化粧品アドバイザーをしている女性が、忸怩たる胸のうちを明かしてくれた。

「会社からは多言語翻訳ツールを使って接客するよう指示されています。でも、正直あまりうまく対応できていません。多言語翻訳ツールを使ったって、普段と同じようには接客できないですよ。

あと、外国人を前にすると、やたら緊張するんですよね。接客らしいことなんて、ほとんどできていないと思います。『これください』と言われた商品の会計と包装をするだけで精一杯です。本当は、関連の商品をいろいろ紹介できたほうがいいんでしょうけど……」

「言葉の壁」は現時点で完全には解消できない

このように、外国人客に対する準備が整っておらず、その場しのぎの受け身の対応をしている現場は多い。そして、勝手がわからず右往左往しているうちに外国人客がさらに増え、ますます対応が難しくなっているのが実情だ。

将来的にはAI技術の進化によって、こうした問題はほぼ解消されるだろう。おそらくAIを搭載したロボットやタブレット端末が、相手の言葉でパーソナライズされた接客をする姿が一般的になるはずだ。その意味で、人が関わる応対が必要とされる場面は、これから次第に減っていくのは間違いない。

ただ、それはあくまで将来の話だ。問題解決の時間軸が違う。まずは、いま目の前に押し寄せている外国人客に、現場のスタッフがどう対応していくべきか考える必要がある。

現状、対面販売のコミュニケーションにおいて、言葉の壁を解消するためにすぐにできる方法としては2つある。

1: 日本語以外の言語で対応できるスタッフを増やす

2: 多言語翻訳ツールを活用する

このうち1に関しては、「言語ができるスタッフを揃えられるなら、はなから苦労しない」(前出の男性談)というのが多くの現場の実情だろう。流通小売業では多くの企業が慢性的な人手不足に陥っている。言語が堪能な人材を、これから大幅に増やしていくのは現実的ではない。

とくに外国人スタッフの場合は、日本人以上に教育に時間がかかる点もネックとなる。日本特有のコミュニケーションスタイルやおもてなし文化を理解するまでに、ある程度の時間が必要だからだ。

外国人人材を小売業に派遣する会社を経営する知人に聞くと、「母国でどれだけ良いサービスを受けてきたか」で習熟のスピードがずいぶん違ってくるそうだ。

そして、「サービスレベルが日本と比較的近い東アジアの国と比べると、最近増えているネパールやフィリピン、ミャンマーといった国出身の人材は、育成に時間がかかることが多い」という。

インバウンド対策のために外国人スタッフを増やすというのは、そうたやすいことではないのだ。

日本ならではの「あいまいな言い方」がネック

現実的な方法は、やはり2の多言語翻訳ツールを活用することだろう。接客で使える安価なものとしては、Google翻訳やポケトークあたりが有名だ。

多言語翻訳ツールの活用については、簡単な情報を伝えるだけならこれで事足りるだろう。ただその精度には限界があり、込み入った内容や専門性の高い情報を伝える際には、まだ誤訳が生じる可能性がある。とくに接客の場面では、クロージングに至るまで客との間で押し引きのあるやり取りをする必要がある。

先述の女性の発言にもあったとおり、多言語翻訳ツールを使っても、普段と同じようには接客できないことが多い。

さらに付言すると、販売員は断定的な表現を避けたり、文脈で判断させる表現を使うクセがあるため、正しく翻訳されない場合がある。たとえば次のような表現が、その代表例だ。

お客様:「ほかに似たような色で、もう少しフォーマルなコートってありますか?」

販売員:「そうですねえ、似たようなお色でフォーマルなコートですと、いま店内にあるものではちょっと……」

こういったあいまいな言い方をされると、さすがのAIも正しく翻訳できない。いまの段階では、多言語翻訳ツールを活用しても、日本的な接客のニュアンスを完全に再現するのは難しいのだ。

そもそも「おもてなし」を求めていない

ではどうしたらいいか。方向性として、私は過剰なおもてなしを見直すことがベターであると考える。

おもてなしにはいろいろな定義があるが、「相手のニーズを的確に把握して、期待を上回る対応をする」という説明で大きく間違っていないだろう。こうした対応は最小限にとどめ、できるだけシンプルでストレートな接客を心がけるのだ。

そもそもおもてなしを成立させるには、必要不可欠な前提がある。それは、相手のニーズを正しく把握していることだ。この点、相手と言葉や文化の壁がないスタッフが揃っているのなら、いまやっているおもてなしを追求していいかもしれない。

だが、一般的な日本人スタッフが、言葉が通じないうえにどんなニーズを持っているかわからない外国人客に、期待を上回る対応をするのは限界があるだろう。

また、そもそも外国人客は、必ずしも販売員におもてなしを求めているわけではない。

外国人観光客向けの口コミサイトや旅行ブログを見ても、「スムーズなサービス」「快適な買い物体験」といったキーワードが、ポジティブな文脈で登場することが多い。

そして逆に、「丁寧なお辞儀や言葉づかい」や「過度な付き添い」は、どちらかというとネガティブな意見として登場する。過剰なおもてなしは、むしろマイナスになるケースがあるのだ。

むろん販売員が関与する場面を減らす代わりに、接客フローの効率化や自動化を進めることはマストだろう。商品案内を多言語化したり、セルフサービスを導入したりすることで、外国人客が自己完結できる仕組みを整えていく必要がある。

外国人客の接客で「欠かしてはならないもの」

ただシンプルでストレートな接客であっても、決して欠かしてはならないものがある。それは、「販売員の笑顔と歓迎の心」だ。

日本人は、未知の相手に対して不安や警戒心を抱きやすい傾向がある。そのため言葉が通じず、どんな要求をしてくるかわからない外国人客を前にすると、とたんに身構えてしまう人が少なくない。

こうした心理状態に陥ると、重大な副作用が生じることがある。それは、相手を歓迎する心が失われてしまうことだ。結果として、表情がこわばり、口調もきつくなる。ただこれでは、接客における最も大切な基盤が崩れてしまうことになる。

海外では、販売員が客を客とも思わない態度をとる国が少なくない。そうした国では、お客様はただの取引相手としか見なされない。だから販売員が嫌な顔を見せず、つねに笑顔で親切に対応するだけでも、外国人客の満足度が上がることが多いのだ。

インバウンドが今後も拡大していく中で、私たちはいままでのおもてなしを再定義する必要がある。外国人客に対しては、シンプルかつ効率的な対応でも、相手の期待を上回ることは十分にできるはずだ。

千葉 祐大:人材コンサルタント/一般社団法人キャリアマネジメント研究所 代表理事

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