ユニクロ「ウイグル綿花使ってない」発言の深刻度 中国での不買運動は日本のSNS炎上とは影響度が違う
東洋経済オンライン / 2024年12月3日 8時20分
イギリスの公共放送BBCは11月28日、衣料品大手・ファーストリテイリングの柳井正代表取締役会長兼社長がユニクロの製品に「中国・新疆ウイグル自治区の綿花は使っていない」と発言したことを報じた。
【画像】「客足は減った?」不買運動が起こった中国のユニクロ店舗の様子
中国のSNSは炎上し、不買運動の呼びかけが広がった。
日本のSNS上では、柳井氏の発言を評価する声、中国に対する反発の声が目立っている。一方で、ファーストリテイリングが中国に依存してきたことを改めて疑問視する声も多く見られた。
こうしたことが起こるたびに、SNS上では「反中」「愛国」系のアカウントの強気の声が高まるのだが、中国国民の間で愛国、反日意識が高まることは、ファーストリテイリング社のみならず、日本全体にとっても好ましいこととはいえないのだ。
なぜ今、柳井会長は言及したのか
中国・新疆ウイグル自治区は、良質な綿の産地として知られているが、その生産過程で新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族に対する人権侵害が行われていることをアメリカのシンクタンクが発表。2020年から2021年にかけて、アメリカ、イギリス、カナダ、EUが対中制裁を発動した。
ファーストリテイリングや無印良品も、新疆ウイグル自治区産の綿(新疆綿)を使用した製品を生産していたが、明確な態度を取らなかったことから、国際的な非難を浴びるに至った。
2021年1月には、アメリカが同社の男性用シャツの輸入を差し止め、7月にフランス検察当局が捜査を開始するに至っている。海外の圧力を受け、日本国内においても、新疆綿の使用に対する批判は高まった。
2021年10月の決算発表会見では、これまで明言を避けてきた柳井氏は「人権侵害を絶対に容認しない」と宣言している。2023年11月の決算説明会においても、人権や環境保護を念頭にサプライチェーン改革を推進するという表明を行い、生産業者を集約することが説明された。
新疆綿の問題は、少なくとも日本国内においては問題になる機会は減っていき、徐々に忘れ去られていっていた。なぜ、今頃になってこの問題が蒸し返されたのだろう?
これまで、柳井氏は政治的な発言を行うことは避けていたが、BBCのインタビューを見ても同様で、新疆綿の使用について聞かれた際に、「それは使っていません」と答えつつ、「まあこれ以上言うと政治的になるんでやめましょう」と続け、この話題を早々に打ち切っている。
状況を見るに、(本来は言いたくはなかったが)聞かれて思わず言ってしまい、それが報道されて中国で炎上してしまった――というのが実態のようだ。
中国での炎上、不買運動は深刻
世界の綿花の生産量は、アメリカ農務省(USDA)の発表によると、中国が世界一で全生産量の22.7%を占めている。さらに、中国の綿花生産量の8割超がウイグル産といわれている。
一方で、ユニクロ事業の2024年8月期決算によると、グレーターチャイナ(中国大陸、香港、台湾)の売り上げ収益は6770億円となっており、日本(9322億円)に次ぐ市場規模である。
つまり、ユニクロ事業において、中国は生産拠点、消費の拠点のいずれにおいても重要な存在なのだ。
ファストファッションのH&Mは、2021年に新疆綿をめぐって不買運動が起こり、2021年度第2四半期の売り上げは、中国市場の売上高は28%も減少している(同社は同年、新疆綿の綿花を使用しないと発表)。
資生堂は2023年12月の業績の下方修正を発表したが、こちらも中国市場の低迷によるものだ。中国の景気悪化に加えて、福島第一原子力発電所のALPS処理水が海洋放出されたことで、中国で日本の化粧品ブランドの不買運動が行われたことで、中国市場での業績が悪化したのだ。
日本国内の場合、SNSで不買運動が起きたとしても、実際に企業業績に深刻な打撃を与えるほどの影響を持つことはほとんどない。SNSで叩く人の多くは、実際の商品の購買者ではないし、実際に商品を買い控える行動にまで出る人はほとんどいないのだ。
中国消費者自身の自発的な不買運動ではない?
海外における不買運動は、一般に日本よりも影響が出るのだが、中国においては、特に注意しなければならない特殊事情がある。
中国においては、政府が消費者をコントロールしているという側面があるからだ。
H&Mの不買運動においても、国営メディアが企業に対して批判的な報道をしたり、中国共産党の青年組織である中国共産主義青年団がSNS上で批判を扇動したりしている。さらに、ECサイトから商品が削除されたり、商品検索ができなくなったりといったことも起こった。
逆に、不買運動や排外意識が過熱しすぎると、中国政府は抑制策を行うことがある。
実際、2012年の反日デモの際に、筆者の知り合いの日本企業の社員が北京に駐在していたが、デモが過熱化した際に、過激なワードが検索できなくなったり、SNSの投稿が削除されたりといったことも起きていたという。
日本においては、あまり行われないが、自国の政治に対する不満をそらすために、政府が排外意識をあおることは、中国に限らず、多くの国で行われている。
強制労働が疑われる新疆ウイグル自治区の綿を使用しない――というのは、グローバル規模で社会的責任が問われる現代においては正しい判断だと思う。
しかし、いたずらに中国政府や、中国の消費者を刺激することは、逆に政治に利用されてしまうことにもなりかねないため、慎重になる必要があるだろう。
過去の柳井氏は、ウイグル問題について明言を避けてきたが、新疆綿を使い続けたかったからというよりは、上記のような負の連鎖が起きてしまうことを懸念してのことではないかと思う。
今回についても、「気を付けて発言していたが、つい話してしまい、それが報道されてしまった」といったところで、中国でバッシングが起きることは本意ではなかったに違いない。
海外メディアとの付き合い方は要注意
海外メディアで報道されることによって、日本企業の問題が顕在化した例は今回の件だけではない。
故ジャニー喜多川氏の性加害問題は、BBCで報道されることによって、日本国内でも問題が顕在化した。
もちろん、明るみになったこと自体はいいのだが、一部分のみが過剰に切り取られる事態も起きている。
たとえば、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)の東山紀之社長が、BBCの単独インタビューを受けたが、放送された番組においてインタビューが発言の趣旨とは異なって使われたとして、2024年4月、BBCに抗議し、訂正と謝罪を求める文書を送付している。
筆者から見ても、BBCの放送は一定の意図をもって編集がなされているように感じた。公共放送であるBBCだからといって、中立的、客観的な報道をしてくれるとは限らない。さらに海外メディアは、国内メディアと比べてしがらみがないだけに、日本企業に対して細かい配慮などしてくれない。
もちろん、それがよい部分でもあるが、国際的なメディアであれば、良くも悪くも、世界的な影響力を及ぼす。
前述のことを考えると、ユニクロに対する不買運動が起きるのか、起きたとしてどのくらい深刻な影響をもたらすのかは、中国の消費者の意識だけでなく、中国政府がどのような意図を持って情報をコントロールするかにもよるだろう。
日本人の短期滞在ビザ免除の措置が再開されるなど、現在の日中関係は比較的良好だ。中国政府が反日感情をあおるような行動を起こすことは考えにくいのだが、注意はしておくに越したことはない。
一方で、日本のSNSユーザーも、日本と中国では、消費者のおかれた環境が両国でまったく異なっていることを理解しておいたほうがよいだろう。中国で不買運動が起きたとしても、それは消費者自身の自発的な行動とは限らないのだ。
西山 守: マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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