「ふてほど」の流行語大賞にこうも納得できない訳 流行ってないうえに、世相を全く反映していない
東洋経済オンライン / 2024年12月5日 8時30分
筆者は以前、裁判所に傍聴に行く機会があり、そこで特殊詐欺事件の裁判の多さに驚いた記憶がある。
受け子、出し子など下っ端で使われて逮捕された人々は、いずれも普通の若者にしか見えなかった。実際、法廷で彼ら、彼女たちの話に耳を傾けると、あまりにも犯罪と無縁の生活を送っていることにさらに驚いた。
また、社会的なつながりがほとんどないことにも驚いた。経済的に困窮し、身近に相談する相手もなく、すぐにお金が手に入るアルバイトを探していたら、というのがお決まりのパターンだった。「闇バイト」に誘引される人々と非常によく似ている。
「ふてほど」が描かなかった平成は、格差社会が進んだ
「失われた30年」の間に格差社会化と、他者との接点を示すソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の空洞化が進んだ。社会学者の橋本健二は、さまざまなデータを突き合わせ、「1980年代以降、雇用状況の悪化と非正規労働者の増加によって、格差拡大が続いてきた。
この格差拡大は、人々の生活、意識、そして心身の健康にさまざまな影響を及ぼし、階級間の格差をきわだたせてきた」と述べた(『アンダークラス2030 置き去りにされる「氷河期世代」』毎日新聞出版)。
つまり、『ふてほど』が舞台となった1986年という昭和の末期を最後に日本社会は下り坂に入っていったのである。
そのような社会経済的な動きと並行して、個人は複合的なカオスに直面することになった。
社会学者のジョック・ヤングは、社会秩序を構成する2つの基本的な部分として、業績に応じて報酬が配分されるという原則、能力主義的な考え方である「分配的正義」と、アイデンティティと社会的価値を保持している感覚が他者に尊重されるという「承認の正義」を挙げた。
前者が侵害されることを相対的剥奪、後者が危険にさらされることを承認の不全または存在論的不安と呼んだ(『後期近代の眩暈 排除から過剰包摂へ』木下ちがや他訳、青土社)。
ヤングによれば、この2つの領域はいずれも、「偶然だという感覚、つまり報酬のカオスとアイデンティティのカオスが伴っている」という。労働市場の破綻や、各産業部門での働き方が運次第になっていること、加えて不動産市場や金融のような業績とは無関係に得られる報酬等々が、「報酬が業績の尺度ではなく気まぐれに配分されているという感覚をもたらす」からである。
それによって「黄金期の特徴だった標準的キャリアのようなわかりやすい比較参照点がなく、互いに嫉妬しあう個人主義が克進して足の引っぱりあいが激化する相対的剥奪感が生まれている」と主張した。
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