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「自分の体の天気予報」で疲れ知らずの毎日を送る 人気パーソナルトレーナーが考える「休養学」

東洋経済オンライン / 2024年12月21日 8時0分

本書には、活力を上げる「攻めの休養モデル」について書かれていますが、もう少し深く考えると、どこまでが攻めているのか、どこまでが攻めていないのかという奥行きもあると思います。

私たちは、「攻める」「守る」と区切られると、つい、攻めっぱなし、守りっぱなしになりがちなのですが、実際には、攻めも守りも同時に起きているのです。

例えば、栄養は、食べ過ぎないようにするのと同時に、大事な栄養を摂取する必要もあります。断食中であっても、何かを捨てると同時に何かが入ってくるわけです。

攻めた、守ったと言い切るよりは、「自分は本当にそうしていたかな?」というクエスチョンを自分に与えて、「間」を持たせることが大切です。

そして、守る時は「守りたいから、守っているんだ」という確認を、常に自分に対してしている状態がニュートラルなのだと考えています。

活動している時間、休む時間と区切ってしまわなくても、いつだって休めているし、いつだって動いている。そして、本来は、それを自分が主体的に選択することができるのです。

「貴重な尊い時間を、自分はダラダラして過ごしていた」というような言葉の呪縛も起きていると思います。

私たちは、無意識に何かをしています。でも、そこにフォーカスを当てないで生きることができます。

例えば、「1日ダラダラしていた」と言う人に、本当に自分のことを何も構っていなかったのかと質問すると、「一応、風呂には入りましたね」というような言葉が返ってきます。

傍から見ればそうでもないのに、「1日ダラダラしていた」という思い出にしてしまったのは、その人自身の選択なのです。

「晴れ女」「晴れ男」という言葉がありますが、それは、本人が雨を見ていない、雨が降りそうなところに行っていないという話です。

空の半分が曇っていても、その人は、晴れているほうを見ている。逆に、「雨女」「雨男」は、雨を探して、いつも雨のほうを見ているから、気になってしまうのです。

本当は、どんな天気の下にいたいのか、それは自分で自由に選べるのです。

自分の体の天気予報をしよう

本書によって、「休みたいと思ったらそれはもう疲労なのだ」という定義が明確に出されたことは、とても良いことだと思います。

重労働がやってくるぞと思ったら、先に休みましょうということが書かれていますが、そのためには、まず、自分の体の天気予報ができるようにならなければなりません。

体は、天気と同じです。ちょっと風向きが怪しいぞ、雲が来たぞ、雨が降るかもしれないぞといったことを感じ取る能力を磨くことが大切なのです。

それができるようになるためには、実際に空を見て、天気を読む練習をすることをお勧めしています。

天気が変わる時の感覚を言葉で表すことが難しいけれど、寒さを感じてブルッと身震いすることがありますよね。それが、違和感、不快感というものです。

本書でも定義されているように、不快に思うのであれば、疲労の始まりです。

しかし、違和感を認められていない人がやはり多いのです。自分の体に違和感があるとわからなければ、体が疲労していることを察することができませんし、先に休んでおくという選択も生まれないでしょう。

みなさんに、自分の体の天気予報ができるようになってほしいですね。

(構成:泉美木蘭)

星野 由香:パーソナルトレーナー

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