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私たちはなぜ「テレビ報道」に翻弄されるのか ニュースと「ワイドショー」の境目がなくなった

東洋経済オンライン / 2024年12月24日 11時0分

「17日に行われる兵庫県知事選についての各社の番組。前知事ひとりを集中的に批判していて公平性を欠いていると感じる。個人攻撃、ネガティブキャンペーンのように見える」

「兵庫県知事選に向けての新聞・テレビ各社の報道が一方的ではないかと感じている。記者クラブ制度による既得権益を守りたいがためではないかと勘ぐってしまう」

司法が判断する前に「社会的処刑」していないか

すっかり信頼を失ったテレビはいま、変わらねばならない。変わるべき重要なポイントが、報道番組のワイドショー化、ワイドショーの報道番組化だと思う。ニュースなのかワイドショーなのかの境目がなくなり、テレビ全体が誰も制御できない怪物のようになってしまうことだ。「和歌山ドンファン事件」がまさにそうだった。

兵庫県知事の問題で言うと、当初は内部告発の処理が適切だったかが問われていたはずだ。ところがそこから派生した「パワハラ」「おねだり」といったパワーワードが独り歩きし膨張していった。ワイドショーでキャスターが整理されたボードの文言を丁寧に読み上げながらどんなパワハラがあったとか、こんなおねだりもしたとの「疑惑がある」と説明する。それに対しコメンテーターが、それはいかがなものかと批判する。その結果、「疑い」だったはずのことが事実であるかのように日本中に伝わっていった。

兵庫県知事選挙後、「だまされた」と言われてしまったテレビは、少しは反省した様子があった。ところがPR会社のSNS請負疑惑が起こると今度は連日、あたかも公職選挙法違反が決まったかのように伝えはじめた。実際には、告発を受けて警察が捜査したうえで司法が判断することを、著名弁護士たちのコメントを錦の御旗に疑惑を盛り上げた。

その後、実際に告発する動きがあり今後どうなるかは捜査に委ねられる。この件も「疑い」をはやし立てたのは斎藤知事のパワハラ疑惑と同じだ。そのことを、「社会的処刑」と評した弁護士もいたように、司法が判断する前に勝手に処刑してしまっている。

SNSは偽・誤情報だらけだとテレビ側は批判するが、まだ疑惑の段階のことを朝から晩まで怪しい怪しいとはやし立てるさまは、偽・誤情報をまき散らすのとたいして変わりないと思う。そもそもPR会社のネタもネットが発信源だ。SNSを批判しておいて、SNSから得たネタで朝から晩まで盛り上がるのはずうずうしすぎだ。

たちが悪いのが、各番組は独自の判断で伝えているので個別に悪意はないことだ。PR会社を「処刑」しようと示し合わせているわけではないのに、結果として「社会的処刑」も同然のことが起こってしまう。

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