誰がための「103万円の壁」引き上げか、混迷の税制 国民民主の「178万円」実現なら高所得層に大減税
東洋経済オンライン / 2024年12月24日 8時0分
12月20日に、自民党と公明党は、「令和7年度税制改正大綱」(与党大綱)を決定した。注目の的だった「103万円の壁」については、一定の結論を取りまとめた。
例年の与党大綱は、約1週間後にはそのまま閣議決定されるという格の高い文章と位置付けられている。しかし、与党大綱を取りまとめた直後の同日午後に、行われた自民党、公明党、国民民主党の幹事長会談では、24日に3党の税調会長らが再び協議することで合意した。
これでは、与党大綱はまるで予選で、3党合意の本戦に向けた前哨戦に成り下がってしまったかのようである。
さはさりながら、最終的にどう決着するにせよ、与党大綱で示された所得税制改正は、今後を占う意味で重要な意味を持つ。
学生バイトの「親が増税の壁」はぐっと引き上がった
「令和7年度税制改正大綱」では、所得税制改正について、次のように取りまとめられた。
まず、国税の所得税では、基礎控除を48万円から58万円とし、給与所得控除の最低保障額を55万円から65万円とすることとした。これにより、所得税が課税されない課税最低限は、103万円から123万円となる。
加えて、19~22歳の扶養されている学生等が稼ぐ課税前給与収入が150万円までなら、扶養する親等に適用される特定扶養控除は満額の63万円を受けられるようにするとともに、150万円を超えてもその控除の額が段階的に逓減する仕組みを導入する。
これにより、学生アルバイトの「103万円の壁」はなくなった。しかも、150万円を超えても親に適用される特定扶養控除が直ちになくなることはない。
これらと併せて、扶養控除が適用される親族となる所得水準を引き上げた。
これまで、扶養する対象となる親族が稼いだ課税前給与所得は、103万円以下だったが、これを123万円以下と引き上げることとした。これは、学生に限らず、123万円まで稼いでも扶養控除を適用できる親族となる。
扶養親族については、報道でもあまり報じられていなかった点だが、労働組合側は以前から課税最低限の引き上げを主張していたところであり、国民民主党は与党大綱に加わっていないものの、それを与党が忖度して盛り込んだものともいえそうだ。
法案成立後にさかのぼって適用される異例
この所得税制改正の異例なところは、2025年1月1日には上記の税制改正を根拠づける法律が成立していないにもかかわらず、2025年1月1日以降の所得に、改正法案成立後に後付けで減税措置を適用することである。
所得税制でこれだけ大きな税制改正を行う場合には、周知期間を置いたりするため、過去にさかのぼるように適用されることはなく、改正法案成立後から適用されるのが通例である。
岸田文雄内閣下で実施された2024年の定額減税は、一見すると、2024年1月1日にはそれを根拠づける法律が成立していなかったにもかかわらず、実施されたかのようにみえる。しかし、実際にはそうではない。この定額減税は、それを根拠づける改正法案成立後の6月から実施された。しかも、月々の源泉徴収時に定額の減税を行った。
ところが、今般の所得税制改正は、岸田内閣での定額減税とは措置がまったく異なる。なぜなら、変更される所得税制の控除は年単位で設定されているからである。すでに始まっている暦年で、根拠づける法律も成立していない段階で減税を実施することは、実務的にみて極めて困難である。
それでも強引ともいうべき形で過去にさかのぼるかのように実施できるというのは、年末調整を使うことを想定しているからである。
地方税である個人住民税についてはどうか。
都道府県や市町村の首長が、基礎控除を拡大すると税収が大きく減ると主張して、議論を巻き起こしたが、結局「令和7年度税制改正大綱」では、個人住民税の基礎控除は一切変更しないこととした。これに伴う地方税の減収は生じない。
以上を総合すると、今般の所得税制改正の効果は、次のようなものとなろう。
まず、基本的な現状として、所得税は累進課税されているが、個人住民税は税率10%の定率課税となっている。これにより、低所得者層は、所得税をあまり負担しないものの、個人住民税はそれなりに負担している。高所得者層は、個人住民税も多く払っているが、所得税をもっと多く払っている。
これを踏まえると、低所得者層が所得税より多く払っている住民税では、基礎控除の拡大は見送られており、そこでの減税効果は生じない。
減税効果があるのは、少し払っている所得税で控除拡大による減税が主である。所得税を年に1万~2万円払っている人は、その負担の5%程度、つまり500~1000円しか減税の恩恵がない。
178万円まで&住民税だと最上位10%に2兆円減税
他方、高所得者層は、累進課税でより多く払っている所得税で、控除が拡大したことに伴って、より多く減税の恩恵が受けられる。高所得者層では、所得税を年に20万~30万円払っている人だと、5万円前後の減税となる。
要するに、国民民主党は「手取りの増加」をうたって「103万円の壁」の引き上げを求めたものの、恩恵を受けるのは主だっては中高所得者層であって、低所得者層ではないということだ。そもそも、低所得者層は所得税がさほど課されていないのだから、減税されてもその額はたかが知れている。
今後、さらに3党で来年度の所得税制改正について協議することになるが、国民民主党が控除額を178万円にまで引き上げることにこだわると、どうなるか。しかも、与党大綱では盛り込まれなかった個人住民税の基礎控除までも引き上げることにしたらどうなるか。
筆者が推計したところ、所得税と個人住民税の減収総額は8兆円程度にのぼる上、最上位10%の高所得者層にその4分の1に相当する2兆円もの減税の恩恵が及ぶことになる。
控除額の引き上げを大きくすればするほど、恩恵がより大きく及ぶのは高所得者層であって、低所得者層ではない。低所得者層は、増やした控除額を使い残して減税の恩恵が受けられなくなるだけである。
これでは、何を求めて「103万円の壁」を引き上げているのか、わからなくなる。それでも、178万円を目指すのだろうか。
今般の与党大綱に盛り込まれた控除の見直しに伴う税収減については、次のように記されている。
上記の所得税及び個人住民税の見直しについては、デフレからの脱却局面に鑑み、基礎控除や給与所得控除の最低保障額が定額であることに対して物価調整を行うものであることを踏まえて、特段の財源確保措置を要しないものと整理する。
仮に今後、これを超える恒久的な見直しが行われる場合の財政影響分については、歳入・歳出両面の取組みにより、必要な安定財源を追加的に確保するための措置を講ずるものとする。
基礎控除と給与所得控除の最低保障額をあわせて20万円引き上げることは、代替財源なしに行うこととする、というわけである。「令和7年度税制改正大綱」
それでいて、引用した第2文は、今後の議論に対する牽制ともいうべき文言が添えられている。
「103万円の壁」をなくして、基礎控除と給与所得控除の最低保障額の合計額を123万円にするまでは、財源措置なしに実施するものの、それを超える見直しは、財源措置なしには実施しない、と宣した形だ。恒久的な税制改正を行うならば、必要な安定財源を追加的に確保する、とくぎを刺している。
今般の与党大綱で、「103万円の壁」を壊すことになった。そして、今後最終的な決着は3党合意の行方にかかっている。「103万円の壁」が壊れても、残された壁がある。それは「時間の壁」である。
3党合意の「時間の壁」は予算案提出
2025年度予算政府案を取りまとめるためには、その前に2025年度の税制が確定していなければ、税収見込みも立てられず、予算が組めない。一部の報道には、税制協議は、政府が予算案を衆議院で可決させたい2月末までにまとまれば何とかなるという話が出ているが、それはまずありえない。
なぜならば、一度国会に提出した予算政府案は、曲がりなりにも確定させた税制改正と完全にリンクしており、その確定させたはずの税制改正をそれなりの規模で書き換えるということになれば、税収見積もりもやり直さなければならず、政府は予算案を出し直さざるを得なくなる。これでは、内閣の沽券にかかわる。
やはり、一度国会に予算案を提出した以上、ごく小さな修正を除いて、規模の大きい予算の修正につながる税制改正の書き換えは、無理というべきである。そうなると、税制協議は、政府が予算案を閣議決定する前に終えなければならない。
通常国会は1月に開会し、政府は予算案を提出する。税制協議は、それまでにしか残された時間はない。
今後の税制協議は、時間の壁を意識しながらの展開となろう。
土居 丈朗:慶應義塾大学 経済学部教授
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