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40歳、年収1000万円の仕事を辞めた人の「本音」 「収入は10分の1」でも全く後悔がない理由

東洋経済オンライン / 2024年12月25日 12時0分

キャリアブレイクは「これまで向き合えてこなかった大事なことに取り組む期間」と語る加藤たけしさん(撮影:山中散歩)

病気、育児、介護、学業などによる離職・休職期間は、日本では「履歴書の空白」と呼ばれ、ネガティブに捉えられてきた。しかし、近年そうした期間を「キャリアブレイク」と呼び、肯定的に捉える文化が日本にも広まりつつある。

この連載では、そんな「キャリアブレイク」の経験やその是非についてさまざまな人にインタビュー。その実際のところを描き出していく。

やりがいはあった。年収も1000万を超えた。それでも、加藤たけしさんは仕事を辞めた。ちょうど40歳の誕生日を迎えるときのことだった。

【写真】現在、妻と7歳の長男、4歳の次男との4人暮らしをする加藤さん

現在は仕事から離れたキャリアブレイク中で、収入は多いときの10分の1ほどになったという。だが、その表情は晴れやかだ。なぜなら今彼は、忙しく働く日々で置き去りにしてしまっていた大事なものごとに、向き合うことができているからだ。

40歳の節目に、キャリアブレイクを決断

加藤さんは、IT系企業でデジタルマーケティングや広報のコンサルタントとして約10年働いたのち、 文部科学省の広報戦略アドバイザーと東京都港区の広報専門職を兼業。その後、東京都庁の公募におよそ2000人の応募者の中から選ばれ、戦略広報担当課長に就任した。

興味がある領域で、着実にステップアップしてきた。けれど、2人の子どもの産休育休を経たキャリアブレイク経験者だった妻から何度も繰り返し言われ続けてきた。「歩みを緩める期間を設けてもいいんじゃない?」と。

「僕も妻の意見はもっともだと思っていたんです。でも、20代は忙しかったから、『30代になったら』と先延ばし。そして、30代に入ったらより忙しくなったうえに、子どもが生まれて、さらに余裕がなくなってしまって……。『どこかで、えいや!と決断しなきゃいけないな』と思う中、40歳はいい節目だなと」

2023年、40歳の誕生日を機に、任期よりも早く東京都庁を退職。家計面も考慮し、キャリアブレイクの期間は「最長2年」と決めた。妻はフルタイムで働き続けるため、加藤さんの収入がある程度下がっても家計に問題はない、という算段もあった。

加藤さんは、妻と7歳の長男、4歳の次男との4人暮らし。キャリアブレイク中の現在は、PR企業の顧問の仕事や研修・講演など、いくつかスポットの業務はこなしつつ、週の半分ほどはスケジュールを空けているのだという。

加藤さんはキャリアブレイクを「これまで向き合えてこなかった大事なことに取り組む期間」だと位置づけ、空いた時間をそのためにあてている。向き合えてこなかった大事なこととは、主に3つ。「家庭の財務管理」「健康管理」、そして「家族との時間」だ。

「財務管理」は、銀行口座の整理やクレジットカードの見直し、将来の資金計画など。どれも、忙しさのあまり先延ばしにしてきたことだ。これを機に、収支の状況を夫婦で見直す機会も定期的に作ることにした。

「健康管理」は、定期健康診断の受診、食生活の改善、睡眠時間の見直し、運動習慣の確立など。これまで加藤さんは「自分は健康だ」と信じていたが、健康診断を受けると要検査の項目が見つかり、あらためて健康管理の大切さを認識したという。加藤さん自身だけでなく、妻や子ども、親も含め、健康診断の受診や病気の予防に取り組んでいる。

そして、「家族との時間」。例えば、小学校1年生の長男の夏休み中は、将棋にハマった長男に付き添って、東京・千駄ヶ谷にある将棋会館に連日一緒に通った。往復2時間以上、電車に揺られながら子どもと話す。それは、忙しく働いていた頃にはとれなかった家族との時間だった。

人生の優先順位が変わっていった

2023年の年末に退職してから、およそ1年。この期間を通して、だんだんと人生における優先順位が変わっていった。

これまで加藤さんは、がむしゃらに働いてきた。その甲斐あって、収入もキャリアも上昇してきた。しかし、キャリアブレイクの期間を過ごすうちに、ライスワーク(お金を稼ぐための仕事)の比重の大きい生活に違和感を感じるようになっていったのだという。

「人生は有限だからこそ、ライスワークだけで人生を埋めてしまうのは違うなと。例えば、子どもが『やりたい』と目を輝かせてることに付き合うことのほうが、今は優先度が高い。たとえ収入が減ったとしても、その時間は守りたいんです」

今は子どもとの時間が優先事項だが、もしかしたら今後、両親のサポートが必要になるかもしれない。夫婦での時間が今より必要になるかもしれない。自分自身へのケアが必要になるかもしれない。だからこそ、「家族の時間をつくるための余白は、常に残していきたい」と、加藤さんは考えるようになった。

だから、キャリアブレイクの期間を終えたとしても、フルタイムで働くことはなさそうだという。お金を稼ぐための仕事を週2.5日くらいで行い、残りの時間はやりたいことをするような働き方を今後も続けるかもしれない、と考えている。

そうした人生を実現するために、加藤さんは戦略的に動いている。キャリアブレイクのもうひとつのテーマとして、「自分の価値を提供できる分野を見出す」こと、言い換えれば「レッドオーシャンを避け、ブルーオーシャンを見つける」ことを意識し、行動してきたのだ。

「レッドオーシャンで戦うと、過当競争が起こり、そこで自分の価値を出すことが難しくなる。労力をかけずに自分の価値を出して稼ぐことができる分野を見つけることで、無理せず働いていきたいと思っているんです」

ブルーオーシャンを見つけるために、仕事や家族との時間のあいまに、今後のキャリアの「種まき」となる活動も行ってきた。例えば、興味がある分野の業務に単発で取り組んでみたり、イベントに足を運んだりしているらしい。

その結果、加藤さんは「地方の行政広報」という分野に可能性を見出しつつある。

「都庁を退職した後、全国各地の自治体の広報研修に関わる機会をいただいたことを通して、『地方では、広報の担い手が圧倒的に足りてない』と感じました。であれば、僕が役に立てることもあるんじゃないかな、と」

まだ明確に意思決定をしたわけではないが、地方の行政広報に関わりながら働く選択肢にどのようなものがあるか、加藤さんは考え始めている。

お金の不安も解消された

しかし気になるのは、「今後もフルタイムで働かないとしたら、収入は大丈夫なのか」ということである。その点を加藤さんに尋ねると、「フルタイムで働かなくても、収入面でもキャリア面でもやっていけそうな手応えを感じている」のだという。

加藤さんもかつては、「なるべくたくさん稼いで、たくさん貯金をしなければ」と考えていた。しかし今振り返ればその不安は、将来の見通しが立っていなかったからこそ生まれたものだった。キャリアブレイクはいくつかの点で、その不安の解消に役立った。

ひとつは、退職してからも思ったほど貯金が減っていないこと。加藤さんの収入は、都庁に勤めていたときの10分の1ほどになったという。しかし家計を見直したところ、固定費を削減することができ、「生活コストを抑えれば、収入が減っても暮らしていける」という手応えを得た。

加えて、将来設計を考えたことも大きかった。

「家族の将来設計を考えたところ、『僕らは子どもに中学受験をさせることも、住宅をローンで買うこともしなそうだな』という考えに至ったんですよ。だから、世間で言われているほどお金をかけなくても生活していけるメドが立ったんです」

こうして将来の見通しが立つことで、資金面での不安がなくなっていった。だからこそ、「お金を稼ぐために、無理をして働く必要はない」と思えるようになっていったのだという。

加藤さんは、まだキャリアブレイクをいつ終えるか決めていない。「まだ、先延ばしにしていたことがたくさんある。それはちゃんとやりきってしまいたいと思って」(加藤さん)。

まだその最中ではあるが、加藤さんの人生にとって、キャリアブレイクはどのような意味を持つ期間になりそうなのだろうか。尋ねると、「人生には、仕事以外にも大事なことがあると気付くことができた期間でした」と教えてくれた。

「実はこの期間に、自分たちの家族の先祖のことを調べてみたこともあったんですよ。その作業は、自分自身のアイデンティティを考え直す機会にもなりました。そんなふうに、人生を豊かにするうえで大事なことって、仕事以外にもたくさんあると思うんです」

しかし一方で、「自分は恵まれていたと思う」とも付け加える。履歴書にブランクが空いても、その後も仕事は得ることができると信じられるだけのスキルと経験があったからこそ、一歩を踏み出せたのだ、と。「これが25歳や30歳のときだったら、踏み出せなかったかもしれません」。

ひたすらに、がむしゃらに働いてきた20代、30代があったからこそ、こうして立ち止まる勇気が持てたともいえる。

人生における重要事項と向き合う機会

加藤さんの話が教えてくれるのは、キャリアブレイクが「先延ばしにしてきた大事なことに取り組む期間」になり得るということだ。

そう考えると、「履歴書の空白」のポジティブな側面が見えてくる。「何もしていない期間」と思われることもあるこの期間が、実はむしろ人生において重要な事柄と向き合う、絶好の機会になることもあるのだ。

病気、育児、介護、学業など、さまざまな理由で、働くことができない時期があった方を募集しています。取材にご協力いただけます方、ご応募はこちらよりお願いいたします。

山中 散歩:生き方編集者

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