ファミレスが「オワコン化」する裏で進む大変化 「二極化」の背景には一億総中流の"崩壊"がある
東洋経済オンライン / 2024年12月28日 8時40分
デフレが終わり、あらゆるものが高くなっていく東京。企業は訪日客に目を向け、金のない日本人は"静かに排除"されつつある。この狂った街を、我々はどう生き抜けばいいのか?
新著『ニセコ化するニッポン』が話題を集める、"今一番、東京に詳しい"気鋭の都市ジャーナリストによる短期集中連載。
今年(2024年)、筆者は東洋経済オンラインに「ファミレスが『時代遅れ』になってきてる深い理由 ガストもサイゼも…国内店舗数はジワジワ減少」「"時代遅れ"の『ファミレス』とくに厳しい店の正体 ガスト等の安い店より、中価格帯のほうがキツい?」と題した、2つの記事を寄稿した。
【画像10枚】ファミレス大手の店舗数推移と、その中でもっとも苦戦?する意外なチェーンの"正体"
上位4チェーンが揃って国内店舗数を減少させていることを説明しつつ、個々人の嗜好が多様化し、「なんでも安く食べられる」こと自体が大きな魅力を持たなくなった現在、より専門的で個人の好みを満たすことのできる専門店のほうが、業態としては有利なのではないか。そして、中価格帯のファミレスがどんどん厳しくなっていくのではないか……などと論じていた。
読者からも多くのコメントを貰い、また「オワコン化」と言った声に批判の声も届くファミレスの記事だが、筆者は最近、「一億総中流の"崩壊"も、ファミレスの二極化に影響しているだろうな」と考えるようになった。どういうことか?
『花束みたいな』は経済格差の恋の話?
思えばファミレスは、いつの時代も、さまざまな人が出会う場所だった。
多くのフィクションでファミレスが舞台に選ばれているのは、それを表している。
【画像11枚】ファミレス大手の店舗数推移と、その中でもっとも苦戦?する意外なチェーンの"正体"
例えば、『花束みたいな恋をした』。本作は、坂元裕二が脚本を書いたラブストーリーで、ファミレスが重要な舞台となる。物語は、ファミレスでの告白からはじまり、ファミレスでの別れ話で終わる。
なぜ、ファミレスだったか。それは、その場所がさまざまなタイプの人を受け入れ、異なる属性の人に利用されてきたからだ。いわば「一億総中流」と呼ばれた時代の申し子的存在だといってもよい。
実際、本作の主人公にはわかりやすい「経済格差」がある。
主人公の一人である山音麦は新潟・長岡の花火職人の子どもで、東京に上京してきてボロアパートに住んでいる。決して裕福とはいえない。一方、もう一人の主人公である八谷絹は広告代理店勤務の両親を持ち、都内の一軒家に住んでいる。
そんな彼らが一時の間、恋に落ちるのは、ファミレスという「平等な場所」があったからこそであり、もしファミレスがなければふたりは恋に落ちなかっただろう……というのはもちろん言い過ぎだが、重要な舞台のひとつだったのは間違いない。
しかし、そんなファミレスに近年、大きな変化が生じている。「誰もが集える場所」ではなくなってきているのだ。
ファミレスで進む「二極化」とは
ファミレスで近年進んでいる変化は「二極化」である。
簡単にいえば、低価格帯路線と高価格帯路線の2つに各店舗が分かれている。どちらにも属さない中途半端な中価格路線の店は業績が芳しくない。
例えば、ガスト。2024年11月に一部メニューの値上げを実施してはいるものの、逆に2023年に一部のアルコールメニューの値下げを実施している。また、9月〜10月には平日限定で対象メニューの値下げも実施。全体としては、「より安く」を追求しているのだ。
さらには、メディアなどでも多く取り上げられて話題となったのが、フレンチコース。
こちらも材料などの工夫によって、1990円という、コースとしては破格の値段を実現させている。
サイゼは「ファストカジュアル」へ移行中
あるいは、サイゼリヤ。 同社は脱「ファミレス」業態を進め、「ファストカジュアル」という、「ファミレス」と「ファストフード」の中間業態として、その位置を確立しようとしている。
具体的には人気メニューを残しながら料理品目を減らし、店舗数を増加させるのだ。
実際、2023年には141品目あったメニューが101品目にまで減り、1000店舗強ある国内店舗の数を、今後2000店舗ほどまで増やしていく見込みだという。
これによって、店舗オペレーションの効率化を図り、これまでの価格を維持する。ミラノ風ドリアの税込300円という奇跡的な価格を今後も維持していく路線だ。
一方で、ロイヤルホストはガスト・サイゼリヤと逆に高価格帯路線を貫く。
中期事業計画では「高付加価値戦略」が目標とされ、高品質・高付加価値商品の提供を目指す。9月にはグランドメニューの4割を値上げし、中には600円以上の値上げ幅の商品もある。
こうした戦略が功を奏しているのか、グループ全体の売上高・営業利益は過去最高を更新し続けており、非常に好調である。まさに、高価格帯路線の代表的な店舗である。
中価格帯ファミレスの苦境
こうした二極化の裏面で進行するのが「中価格帯ファミレスの苦境」だ。
例えば、ジョナサン。すかいらーくグループの店舗だが、ガストに比べると少し値段が高く、より高付加価値の中価格帯ファミレスという位置付けだ。
このジョナサンの閉店が止まらない。
10年間という期間で見ると、もっとも多かった303店舗(2015年12月期)から188店舗(2023年12月期)と、100店舗以上を閉めている。割合にして38%も少なくなっている。
同期間でのガストの閉店率が8%程度の減少にとどまっているのに比べ、はるかに大きい割合だ。
また、セブン&アイ・ホールディングス系列のデニーズもそうだ。
もともとデニーズはリーマン・ショック後の2009年とコロナ禍の2020年に店舗の大量閉店を行っており、現在では売上高は徐々に上昇してはいるものの、業界内での位置付けがパッとしない。
実際、ガストが提供するコース料理は、デニーズでも行われていたが、そちらの方はあまり話題に上がっていない。どこか印象が薄くなってしまっている。
そんなことを私が話していると、担当編集がこんな意見を言った。
「ファミリー層や子供連れが多いこともあって、私や私の周囲の友人は重宝しているのですが、単にそれだけだから行っている、というのも否めませんよね。安いわけじゃないし、美味しいメニューもあるけど、そうではないものも普通にある。正直、これというイメージがないんですよ」
確かに、「デニーズといえば、これ」というイメージはなく、消去法的に行く店になっているのかもしれない。
いずれにしても、中価格帯店はファミレスとしての個性が失われがちになりつつあるのだ。
ファミレスの二極化を進めた「一億総中流」の崩壊
こうしたファミレスの二極化はどうして発生するのか。
それは単純で、ファミレスを含めた現代の社会が、資本主義のシステムで動いているからだ。
資本主義下では、基本的には「持てる者」と「持たざる者」の格差は拡大する方向に進む。これは、ベストセラーとなった『21世紀の資本』の中で、トマ・ピケティが明確に指摘した通りである。
となれば、人間に対するサービスを扱っている以上、ファミレスもこうした格差の拡大に対応せざるを得ない。単にこうした社会の変化に伴って起きている変化なのだ。
逆に、これまでのファミレスがファミレスたり得ていたのは、世界的に見ても特殊な「一億総中流」の状況が(わずかとはいえ)日本に存在していたからなのかもしれない。
ファミレスが登場したのは1970年代。1969年にはロイヤルホストがセントラルキッチン(1カ所の工場で料理をまとめて作る方式)をはじめ、1970年にはすかいらーくの1号店が国立に開業。1973年にはサイゼリヤの1号店が、1974年にはデニーズの日本1号店が開業する。
このファミレスを支えたのが「中流家庭」だ。
この時期はまだ日本全体の格差は実態としても少なく、意識としても「中流」意識は根強かった。実際、この時期に自身を「中流」に属すると回答する日本人は増加の一途をたどっていて、名実ともに「中流家庭」が確かに存在したのが、ファミレスの勃興期に重なる。
しかし、その後、1980年代頃より格差は拡大。2000年代になると「下流社会」などといった言葉で、この格差が明確に意識されるようになる。さらにはリーマン・ショックによる不景気などもあって、いよいよ「一億総中流」は崩れ去っていく(橋本健二『階級都市』)。
ファミレスを支える単身世帯の格差も拡大傾向
また、ファミレスを支えてきた「ファミリー」が減少傾向にあり、単身世帯の利用が増加したことも二極化に拍車をかけた。
ファミレスが普及し始めた1970年代段階では、家族の誰かと世帯を構成する親族世帯が全体の約80%を占めていて、ファミリー層の需要はきわめて大きかった。しかし、それ以後、親族世帯の割合は減り、特に「夫婦と子から成る世帯」は、1985年をピークに減り続けている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」)。
必然的に単身世帯の利用が多くなっているのだが、注目すべきは単身世帯は、より貧富の格差が激しいことだ。
2023年の「家計の金融行動に関する世論調査」では、単身世帯が保有する金融資産の平均は941万円だが、その中央値は100万円である。つまり、一部の高所得単身層が巨額の金融資産を持っており、それ以外の単身世帯は金融資産をほとんど持っていない、二極化が進んでいる。
となれば、それに合わせてファミレスも変化せざるを得ない。大企業に勤めるちょっとリッチな独身貴族がランチでロイヤルホストに行く一方、Uberの配達に行く独身男性がガストでランチをする。もちろんどちらが上でどちらが下という話ではないのだが、現実として、そういった二極化が進んでいるのだ。
いずれにしても、ファミレスの二極化は、「一億総中流」の崩壊とイコールなのである。
「誰もが顧客」から「選ばれる顧客」の時代へ
ついでに述べておくと、こうした二極化の進展は、裏返していえば、「お客様は神様です」という、日本人にどこか浸透した認識が終わりに向かっていることも表している。
人口減少によって、一見すると顧客の数は減っているように見えるが、それだけ各社は、より何度もそのお店に足を運んでくれる優良な顧客を選ぶようになる。
かつてのように「誰でも」「たくさん」入れる方向から、顧客ターゲットを絞り、ロイヤルカスタマーに満足してもらい、リピートしてもらうような戦略を取る。企業側の取る戦略が「量から質」になるのだ。
二極化戦略とはまさにそうしたことの表れであるが、そんな時代において、これからの時代の顧客は、誰もが「顧客候補」になっていた時代から、むしろ「選ばれる顧客」にならなくてはいけなくなっている。
さまざまな要因が重なってはいるものの、カスタマーハラスメント(カスハラ)による過度な「消費者第一主義」への見直しも、企業と顧客の関係性に変化を促しつつあるだろう。
冒頭の話に戻る。『花束みたいな恋をした』では、明らかに経済的に格差のある主人公2人が、ファミレスを大きな舞台の一つとして親密になる。しかし、その恋愛は最終的に破局し、それぞれは別々の道を歩み始める。今思えば、これは、ファミレスの変化をも予期していたかのようにさえ感じられる。
「一億総中流」が生み出した「みんなの空間」は、うたかたの幻だったかのように終わりを迎え、それぞれの階層の人はそれぞれのいるべき場所に戻っていく。その意味でも、同作品の「切なさ」は今の私たちをめぐる経済状況の切なさと、どこかリンクしているのである。
谷頭 和希:都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家
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