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「毎年12兆の損失⋯」デジタル"2025年の崖"本当か 「このまま放置したら⋯」専門家が徹底検証

東洋経済オンライン / 2024年12月30日 11時30分

「2025年の崖」について解説します(画像:NOV/PIXTA)

ローランド・ベルガー、KPMG FASなどでパートナーを務め、経営コンサルタントとして「40年の実績」を有し、「企業のDX支援」を多くてがけている大野隆司氏。

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この連載では大野氏が自身の経験や大手・中小企業の現状を交えながらDXの効果が出ない理由、陥りやすい失敗、DXの将来性について語る。

今回は、2024年に話題になった「2025年の崖」について解説する。

「2025年の崖」は本当にあるのか?

2024年もDXの流行は衰えませんでしたが、2024年は「2025年の崖」という言葉がメディアでしきりに取り上げられました。

ちなみに日経電子版で見ると「2025年の崖」という言葉は2019年から2023年には合計でも36件ですが、2024年には31件も登場しています。

「2025年の崖」とは前回記事(「100億以上かけてIT投資→システム障害」深い訳)でも述べましたが、2018年9月に経済産業省が出した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」を指すもので、その主張は次のようにまとめることができます。

✔ DXとは、新しい製品やサービス、ビジネスモデルを通して、競争上の優位性を確立すること

✔老朽化・複雑化・属人化している、いわゆるレガシーシステムがDXの足かせとなっている

✔レガシーシステムを放置したままだと、2025年以降毎年12兆円の経済的損失が発生する

このレポートはDX支援を行うシステム会社やITコンサルタントに強く支持されています。

しかしその反面、DX支援などを生業にしていない「デジタル一般人」からしますと、「2025年の崖」の指摘に違和感を抱く人は少なくありません。

これも前回記事で簡単に触れたことですが、なかでも「レガシーシステム(これは老朽化・複雑化しているシステムのことです)を放置したままだと、2025年以降毎年12兆円の経済的損失が発生する」という指摘は、にわかには信じにくいものでしょう。

ちなみに「12兆円の規模感」は?

12兆円といいますと、日本郵政やセブン&アイ・ホールディングスの売上、コンビニの国内での年間売上額に相当します。

少し古いですが、1990年代後半に大手銀行へ注入された公的資金でも9.3兆円、2023年度の日本の防衛費でも6.8兆円です。  

本当に、来年から毎年12兆円の経済的損失が発生するのならば、これはかなり深刻な事態です。

それぞれの企業に対する負のインパクトも少なくないでしょうから、対応策を準備することが必要になるかもしれません。

ここは、違和感の確認(あるいは解消)、対応の要不要の判断のためにも、12兆円の経済的損失の算定を押さえておくことにしましょう。

まず、この12兆円の算定では、「稼働から21年以上を経過したレガシーシステムでは、システム障害が発生しやすい」という考えをベースにしています。つまり、以下の計算式となります。

システム障害による損害総額
=「A:システム障害による国内全体での損失額」
 ×「B:(システム障害のうち)レガシーシステムに起因する割合」
 ×「C:2025年時点でのレガシーシステムの増加率」

「A:システム障害による国内全体の損失額」は、EMC社(現在はデル・テクノロジーズ社)が2015年に実施した調査(「EMC Global Data Protection Index」)が用いられており、そこでは5兆円弱(4兆9500億円)とされています(詳細については後述します)。

「B:(システム障害のうち)レガシーシステムに起因する割合」は、日経コンピュータ誌の調査(2017年)が用いられています。レガシーシステム(多くは基幹系システム)に起因するのは、約8割とされています。

「C:2025年時点でのレガシーシステムの増加率」は、「企業IT動向調査報告書2016」(日本情報システム・ユーザー協会)が用いられています。2015年の調査時点では「最も大きなシステム」(≒基幹系システム)で21年以上稼働している企業の割合は20%、11~21年稼働している企業の割合は40%でした。

もし「このままの状態で」10年が経過すれば、2025年には、21年以上稼働している割合は60%(20%+40%)になりますので、3倍の増加率というわけです。

以上から「A:5兆円」×「B:8割」×「C:3倍」=12兆円/年、となるわけです。

「インパクトを狙った盛りすぎた数字」か?

この算定を見て、みなさんいろいろと気になる点はあるかとは思います。

最も気になるのは「A:システム障害による国内全体での損失額」の5兆円弱という数値でしょう。

このEMC社の調査は、全世界で従業員250名以上の企業のIT部門を対象として実施されたもので、回答者数は、全世界で3300名、日本では125名です。

ちなみにシステム障害による1社あたりの損失額は、「2億1900万円」です(その内訳は後で述べます)。

12兆円の算定が説得力を持つかどうかは、主観によるところもありますので、算定方法の適切さや誠実さといったことを論じるつもりはありませんし、「(12兆円は)インパクトを狙った盛りすぎた数字」と言うつもりもありません。

ただ、数字が12兆円と巨大なわりには、意外にアバウトな算定だなという感をもっていますが、これも私の主観です。

ちなみに余談になりますが、経営コンサルティング会社で、スタッフやマネージャーがこのような算定で数字を出してきたときに、(上位職から)OKが出る率は高くはないように思います。

「御社」は対応が必要なのか?

さて、企業としては12兆円もさることながら、1社あたりの損失額である「2億1900万円」のほうが気になるところでしょう。

EMC社の調査の企業の損失額の内訳では「従業員の生産性の低下によるものが約4割」「製品開発の遅延が3割」「顧客からの信用・信頼の低下で2割」となっています。

これを見れば、「直接的なキャッシュ損失は少なそうだから、対策の有無は費用対効果で判断する」という企業もあるでしょうし、「損失額は2億円程度と割り切って特に対応をしない」という企業もあるでしょう(リスクを受容するということもリスク管理の考え方のひとつです)。

ここは企業のリスク管理の考え方次第でしょう。

先ほど「12兆円の算定は意外にアバウトな感」と述べましたが、この認識はDXの支援にも関わる経営コンサルタントの間では、レポートの発表当初からありました。

一方で、システム会社やITコンサルティング会社(さらにはメディア)では、12兆円という数字をマーケティングや営業などに積極的に活用してきました。

今でも「2025年の崖の12兆円の問題もありますので、DXとしてレガシー化している基幹系システムの再構築を」といったアプローチを見かけます。

ちなみに、「2025年の崖」のレポートを作成した委員の半分は、大手システム会社の上級役員の方々で構成されています。大手システム会社の営業やマーケターたちが、活用することはしかたがないところでしょう。

「2025年の崖の12兆円」が出てきたら要注意

レガシーシステム、なかでも基幹系システムの再構築のすべてが悪手というつもりはまったくありません。ただ、慎重な吟味が必要な投資額になることが多いことも事実です。

DXや基幹系システムの再構築などの(社内外を問わず)提案が出されたとき、「2025年の崖の12兆円」を根拠として登場してきたならば、「なにか変だぞ?」と警戒しておくことがベターでしょう。

彼ら彼女らが12兆円の算定ロジックを知っていながら、それを口にするのならば、プロフェッショナルとしての「誠実さ」に問題がありそうです。

また逆に、知らずに口にしているのならば、プロフェッショナルとしての大事な「なにか」が、欠落していそうです。

「デジタルはよくわからないから」と「投資の意思決定」を人任せにしてしまうことは避けなければなりません。「デジタル一般人」ならではの違和感をストレートに投げかけてみることに躊躇すべきではないでしょう。

逆に、そんなところから建設的な議論が始まる可能性もあるはずです。

2025年もDXという言葉が使われ続けるのならば、X(トランスフォーメーション)を強く意識したものになっていくことを期待したいものです。

大野 隆司:経営コンサルタント、ジャパン・マネジメント・コンサルタンシー・グループ合同会社代表

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