「近視は遺伝する」というのは勘違いにすぎない 子ども時代の過ごし方を変えれば進行抑制は可能
東洋経済オンライン / 2025年1月24日 8時30分
2024年11月、文部科学省から「裸眼の視力が1.0に満たない小中学生の割合が、過去最高だった前年から横ばいで推移している」と発表があった。ここ数十年、子どもの視力の低下傾向は止まらない。視力が悪くなってもメガネをかければよいと思われがちだが、近視は将来的に失明のリスクが高くなるため、危険な疾患だ。
眼科医としてこの問題に向き合っているのが、窪田良氏。科学的にも証明されている「1日2時間の屋外活動で子どもの近視は抑制できる」ことを知ってほしい、と発信を続けている。
今回は、『近視は病気です』
「近視は遺伝する」の思い込み
井筒:私の専門は地球惑星科学で、大学院時代はNASAの人工衛星のデータ解析していました。宇宙に興味があって始めた研究ですが、実際には星空を見るというよりは画面とにらめっこばかり。そのせいで大人になってもどんどん目が悪くなってしまって、強度の近視なんです。
窪田:小さい頃からメガネをかけていましたか?
井筒:はい、小学3年生くらいからですね。部屋の隅で、当時流行っていたゲームボーイを隠れてやっていたので、それで視力が悪くなったのだと思います。
窪田:室内で近くのものを見る「近見作業」を長時間続けていると、目が近くにピントを合わせようと調整しきれなくなるので、近視が進んでしまいます。さらに室内にいる時間が長いと、遠くを見なくなることに加えて、近視の進行を抑える太陽光を浴びないので、より悪化していきます。
目が成長する時期はおよそ生まれてから20歳頃までですので、その時期にどんな環境で過ごしたかが、近視になるかどうかに大きく関わっているのです。
井筒:ずっと近視は遺伝だと思っていたので、視力が悪化しても諦めてしまっていました。だから今回、窪田先生の『近視は病気です』を読んで、「遺伝だけが原因ではない」と知って驚いたんです。
窪田:残念ながら、近視の発症が環境によって強い影響を受けるということは、ほとんど知られていません。近視の抑制には外遊びが有効で、小さければ小さいほど、20歳くらいまでにできるだけ外で活動をすると、近視になるのを防ぐことができます。
近視への取り組みが進んでいる台湾では、学校で1日2時間の屋外活動を義務化したところ、近視の発症率が下がったというデータもあります。
井筒:私には3歳になる息子がいるのですが、せめて子どもが近視にならないように、今回、正しい知識を知ることができてよかったです。
窪田:環境によって近視が進行するということは、逆に言えば「環境を変えれば近視にはならない」ということ。例えば、マサイ族やアボリジニ、イヌイットなど、原始に近い暮らしをしている人たちは極端に近視が少ない。
幸い、近視は子どものうちであれば対処可能な疾患なので、いかに正しい知識を知り、早く対処を始めるかが重要だと思います。
近視は失明につながる危険な疾患
窪田:実は、最初に「近見作業は近視を悪化させる」という仮説を提唱したのは、天文学者のヨハネス・ケプラーなんです。宇宙の研究をしていたケプラーが、近視についても考察していたのは、なんだか面白いですよね。
井筒:たしかケプラーは、幼少期に天然痘で目が悪くなり、星がまともに見えないなかでひたすらデータを解析して、天体運行の「ケプラーの法則」を見つけたんですよね。たまたま手元にデータがない時期に、光学の勉強をして、近視の本を書いたと聞いたことがあります。すごい人だなと。
窪田:データを見ながら宇宙の研究をしていたのは、井筒さんと同じですね。井筒さんもそうだったように、研究者は室内で近見作業をすることが多い職業ですから、近視の割合が高くなる。ハイリスク・グループといえます。研究者と近視は、切っても切れない関係なのです。
井筒:私が研究をしていたときも、周りはメガネをかけている人が多かったです。
窪田:ケプラーによって、近見作業が目に悪影響を及ぼすことが提唱されていたにもかかわらず、21世紀に入るまでそれを証明する十分なエビデンスが積み上げられてこなかった。それは、がんや感染症と比べて、近視の優先順位が低かったからです。
近視の研究が軽視されてきたことで、近年、子どもたちの近視が著しく増加している。近視になると、将来的に緑内障や白内障、網膜剥離といった失明につながる疾患になる可能性が高まるため、危険な病気だと知ってほしいです。
「度数が弱いメガネをかけたほうがいい」は間違い
井筒:窪田先生の本には、子ども時代に近見作業の時間が長くなると、だんだん眼軸(目の奥行きの長さ)が伸びていくと書かれていました。そうすると、遠くのものを見たときに網膜の手前でピントが合うようになるので、メガネをかけてピントを調整するのだと。
でも、そもそも手前でピントが合っている状態をずっと維持しておけば、それ以上、近視が進むのを抑えられるのでは、と思ったのですが。
窪田:つまり、弱い度数のメガネをかけておいたほうが目が悪くならないのでは、という疑問ですよね。実は眼科医の間でも長らくそう考えられていて、「度数を少し弱める“弱矯正”の方がよい」とされていたことがあります。
しかし、これは間違いだとわかりました。度数のぴったり合った「完全矯正」と「弱矯正」のメガネのグループを比較したところ、完全矯正のグループのほうが近視は進まなかったんです。この結果は意外で、眼科医にも驚きが広がりました。
井筒:なるほど。メガネを作るときには度数を少し弱めるのではなく、度数がぴったり合ったメガネのほうがいいと、科学的にも証明されているんですね。
日本では近視の危険度が知られていない
窪田:世界的に見ても、日本の近視有病率はとても高いにもかかわらず、まだまだ近視の危険性が周知されていません。そのことに私は危機感を感じています。
文部科学省のWebサイトには、「1日2時間は屋外で過ごしましょう」「できる限り、近いところを見る作業は短くしましょう」など、近視に関する注意事項が掲載されているのですが、ほとんど知られていません。
井筒:今回、近視は将来的に失明につながる疾患になる可能性が高くなると知り、読んですぐ、子どものためにできることから実践しようと思いました。
窪田:それはうれしい。ありがとうございます。せっかく情報があっても、それが皆さんに知られていないのは本当に残念なので。
外遊び2時間の推奨などは、今の日本の詰め込み教育に真っ向からぶつかる話でもあるので、親御さんが戸惑う気持ちもわかります。勉強もさせたいし、習い事もさせたい。毎日、子どもに外遊びをさせることは現実的ではないという声もあります。
ただ、中国や台湾、シンガポールなどでは、すでに近視への対策を積極的に打ち出していて、国民の理解度が全く違う。アメリカのナショナルアカデミーからも、昨年9月に「近視を病気だとすべき」という提言が出されました。そのくらい危機感を持たなければならない疾患なのです。
井筒:それを聞くと、日本の遅れが気になりますね。
窪田:今後、近視の人たちが高齢になったときに、どれだけ失明疾患が増えるのか……。正直、心配です。そのときに手遅れにならないように、近視の危険性と、予防できる疾患だということを伝えていきたいと思っています。
次回は、広島の限界集落に移住し、宇宙をテーマに町おこしをしている井筒さんの「知識を体験につなげる」活動についてお聞きします。
(構成:安藤梢)
井筒 智彦:宇宙博士、東京大学 博士号(理学)
窪田 良:医師、医学博士、窪田製薬ホールディングスCEO
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