蔦屋重三郎も大打撃?「鱗形屋」を次々襲った悲劇 本がヒットし成功を収めた鱗形屋だったが…
東洋経済オンライン / 2025年2月1日 8時10分
そして、安永9年(1780)には、鱗形屋の黄表紙の刊行がとうとうゼロとなってしまうのです。
大手の老舗版元の出版状況の落ち込みは、当然、その系列店にも影響を及ぼします。蔦屋重三郎も、鱗形屋の系列でした。重三郎も安永6年(1777)には出版数を順調に伸ばしていたのですが、安永7年(1778)には止まってしまいます。その原因は、やはり鱗形屋の経営状態にあったと思われます。この頃、鱗形屋の経営状態は悪化していて、それが系列にも波及したと推測されます。
そしてそれだけではなく、安永7年(1778)には鱗形屋に再び悲劇が訪れました。その出来事がきっかけで、鱗形屋は出版不能状況に陥ったとされています。
その事件については、江戸の文人・大田南畝(1749〜1823)が黄表紙評判記『菊寿草』(安永10年=1781年刊行)の中で、はっきりとは示さずに、それとなくわかるように記しています。
なお、鱗形屋と大名との関わりを指摘したものなので、問題が起きては厄介と思ったのか、大名の実名などは記さず、鎌倉時代の武将の話として述べられています。
では、『菊寿草』の内容を見てみましょう。
先年、富士の牧狩の馬を出した町の辺りに「うろこ屋」(鱗形屋)というお金持ちの町人がおりました。ここ数年の間、うろこ屋は、鎌倉の諸大名と親密な関係を築き、ある日は梶原様(鎌倉時代初期の武将・梶原景時のこと)の御用、その翌日は和田様(鎌倉時代初期の武将・和田義盛のこと)とご酒宴と、忙しい日々を過ごしていたそうです。
うろこ屋は、特に北条家に出入りしていて、大殿・北条時政(鎌倉時代初期の武将)のお気に入りでありました。時政は「政」の字を、うろこ屋の「政兵衛」に与えたほどです。
そうしたとき、北条家の御用人の佐野源左衛門が、酒宴・遊興に耽り、金に困ったのでしょう、北条家に伝来する「金の三つうろこ」をひそかにとり出し、うろこ屋に質入れを頼むのです。
うろこ屋は、質入れの仲介を行い「金の三つうろこ」は、とうとう質流れ(質屋に預けた担保の品が、期限切れのため、質屋の所有になること)となってしまいます。
このことは北条時政にも知れて、御用人の佐野源左衛門は解雇され、浪人となります。そして、うろこ屋も北条家から出入り禁止となってしまうのでした。
以上が『菊寿草』の関連部分の概要です。言うまでもありませんが、話のなかの「うろこ屋政兵衛」は「鱗形屋孫兵衛」を指します。
不祥事で信用を落とす
鱗形屋孫兵衛と密接な関係を築いていた大名と事件を起こした家臣については、ぼかされていて不明です。どこかの大名家の用人が、遊興の揚げ句、主家に伝わる宝物を質入れしたのだが、その仲介を行ったのが、鱗形屋孫兵衛だったことを『菊寿草』は暗に示しています。
鱗形屋孫兵衛はこの「不祥事」により、信用を落とす形となったようです。それが安永7年(1778)のことだと考えられます。
このような激震が鱗形屋を襲ったために、翌年の黄表紙刊行数が落ち込んだと思われます。鱗形屋の危機は、系列の蔦屋重三郎の危機でもありますが、重三郎は危機をどのように乗り切るのでしょうか。
(主要参考引用文献一覧)
・松木寛『蔦屋重三郎』(講談社、2002)
・鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社、2024)
濱田 浩一郎:歴史学者、作家、評論家
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