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NYタイムズ「なぜ"大復活"できたか」日本への教訓 「売上も株価も急回復」日本企業に足りない点は

東洋経済オンライン / 2025年2月9日 7時45分

NYタイムズの成功には、DXを進めながらも効果が享受できていない多くの企業が「やるべきこと」への示唆がありそうです(写真:チキタカ(tiquitaca)/PIXTA)

ローランド・ベルガー、KPMG FASなどでパートナーを務め、経営コンサルタントとして「40年の実績」を有し、「企業のDX支援」を多く手がけている大野隆司氏。

この連載では大野氏が自身の経験や大手・中小企業の現状を交えながらDXの効果が出ない理由、陥りやすい失敗、DXの将来性について語る。

今回は「NYタイムズは、なぜ大復活できたのか」を検証する。

DXに悩む企業への「NYタイムズ」からのヒント

新聞が衰退産業というのは、日本のみではなくアメリカも同様です。とはいえ例外はあるもので、そのひとつがニューヨーク・タイムズ(以下、NYタイムズ)です。

【グラフでひと目でわかる】デジタル版を開始した2011年からのNYタイムズの業績の"変化"

ピューリッツァー賞を130回以上も受賞し、高品質の記事により高いブランドを確立してきたNYタイムズですが、2005年に33.6億ドルだったグループ連結売上げは、2012年には20億ドルまで低下するなど、日米の多くの新聞社と同様に衰退の道を進みつつありました(2007年の放送メディアグループを皮切りに、2013年までグループ会社を続けて売却してきたことも影響しています)。

しかし、新聞の(紙中心から)デジタル版への方向転換(つまりDXです)により、NYタイムズ単体の売上げは2011年の16億ドルから、2023年には25億ドルに増加。

同じ時期の株価は、7ドルが58ドルへと上昇しています(いずれも12月時点の株価)。2009年に売却した本社ビルを、(買い戻し条項を行使して)2019年には買い戻してもいます。

NYタイムズの成功には、DXを進めながらも効果が享受できていない多くの企業が「やるべきこと」への示唆がありそうです。

デジタル版を開始した2011年からのNYタイムズの業績を見ると、デジタル版の購読料が成長を牽引していることがわかります。

この成長の出発点になったのが、2014年の「イノベーション・レポート」というのがメディア業界の識者の共通見解です。

これは(発行人の息子の)A.G.サルツバーガー氏を中心にまとめられた非公式なものですが、将来の発展のための戦略マニフェストの性格を有したモノで、このレポートで「新聞のデジタル版へのシフト」が強く打ち出され、その後の本格的なDXの出発点となったと言われています。

「仕事のやり方」と「組織」を変えた

イノベーション・レポートでは、「Audience Development(読者の開発) 」という紙の新聞からデジタルの新聞への変革を意図したフレーズ(スローガン)が打ち出されました。

それまでの紙の新聞の「記事(特に一面)を出せば一日の仕事は終わり」という仕事のやり方を、「記事を出して(ウェブにアップされて)からが仕事の始まり」と変化させたのです。

ウェブで記事を読み、それのSNSでのシェア、コメントのポスト、興味がありそうな記事のリコメンド機能や過去記事の検索機能といった、いまでは当たり前の「読者・ユーザーの利用に合わせた仕事」へと変えたわけです。

かつてNYタイムズでは、「ジャーナリスト(編集者と記者)が、広告営業などのビジネスから独立していることが、高品質な記事を担保している」とされていました。

この境界は「Church&State」と称されるほど厳密なものでしたが、これをテクノロジー、デザイン、顧客分析などと協業するかたちに変え、「デジタル新聞の発行に最適化された組織」に変えたのです。

NYタイムズは、従業員についてもジャーナリスト、デジタル共に積極的に増員しています。

2011年から2023年にかけて約3000人から約6000人へ増加。ちなみに、デジタル系社員の労働組合である「タイムズ・テック・ギルド」は約600名で構成され、団体交渉権を持つIT系人材の労組としてはメディア業界で全米最大規模となっています。

これらの変革は、ジャーナリストには慣れ親しんだ仕事の進め方、さらには文化や心理面(さらには評価)の変革を迫ったものですが、(掛け声だけではなく)これらを担保するための組織も含めた再構築はプラグマティックと言っていいでしょう。

積極的なM&Aで「資源の補強」

そして「読者の開発」を担保するための「資源の補強」として、積極的なM&Aを行ったのも特徴的です。

★ワイヤカッター社(製品のレビューサイト)
★HelloSociety社(インフルエンサーマーケティングエージェンシー)
★Fake Love社(デザインエージェンシー)
★Serial Production社(ポッドキャスト制作会社)
★Audm社(音声記事提供会社)
★Wordle社(単語パズルゲーム)
★The Athletic社(スポーツサイト)


これらの企業を2016年から2022年にかけて買収し、コンテンツや人材の充実を進めてきました。

ちなみに、The Athletic社をM&Aしたことによって、もともと自社にあった(伝統ある)スポーツ部門を廃止した点に、経営の凄みと本気度を感じます(ニューヨーク・タイムズ「スポーツ部門廃止」の訳)。

なぜNYタイムズは、こうした大胆な手を打つことができたのか。

「変革の打ち手が必要なのは、そもそも何を実現するためか」が明確だったからこそ、奏功したという点が、DXの観点では重要です。

すなわち、NYタイムズでは「何で(どの商材で)」「どこで(誰で)」「どのくらい」稼ぐのかが明確に定められて、その実現のために大胆な打ち手がとられたということです。

大胆な打ち手の前に、将来の「Xの姿」を描く

「何で(どの商材で)」については、「(デジタルの)有料購読第一のビジネスとして成り立っている」と“The report of 2020 group”2017年1月でも、明確に発信されています。

そして「どのくらい」稼ぐかについては「目標とする数字」も発信されています。

総有料購読者数は2022年に1000万人を超えていますが(これは当初の計画よりも3年前倒しで達成)、これを27年には1500万人にするというのが彼らの目標です。

「英語でデジタルニュースを有料購読する市場は世界で1億3500万人存在し、NYタイムズはその24%を獲得する」という予測もCEOが提示しています。 

DXに取り組みつつも、成果が出ず苦戦している企業では、この「何を実現するために」、つまり将来の「X(トランスフォーメーション)の姿」が曖昧なまま「DX」に着手し、停滞していることが多いと筆者は考えています。

実際、DXが停滞する多くの企業では、「現状の業務プロセスのデジタル化から開始して、それが完了後に『X(トランスフォーメーション)』の検討に着手する(予定)というアプローチ」をとっています。

まず「業務のDX」で、その先は「運任せ」の企業も

よく見られるのが、「紙資料や書類のデジタル化」「デジタルを使った業務の見える化」「デジタルのツールなどの導入による業務の自動化・省力化」といった「変革や改革」活動をやったのちに(これらはデジタイゼーション、デジタライゼーションと称されます)、DXにとりかかるというものです。

(残念なことですが)多くのITコンサルタントやシステム会社もこのアプローチをすすめてきます。

嫌な事実を言いますと、「デジタイゼーション」や「デジタライゼーション」の先に、『X(トランスフォーメーション)』の姿が自然と浮かび上がってくるのかどうかは「運任せ」です。このアプローチを採る限り、成り行き任せの経営・マネジメントという批判に反論はできません。

このアプローチをとれば、DXの責任者はとりあえず「働いている姿を見せる」ことはできます。

支援するITコンサルタントやシステムベンダも、(難易度の高い『X(トランスフォーメーション)』を定めることの支援ができなくても)自社の稼働・売上げを立てることができるという「便利な」ものではあります。

ただ、このアプローチは本来最初にやるべきことを後回しにしているだけですから、その「つけ」は数年後に払うことになってきます。最悪の場合には「時すでに遅し」ということもありえます。

「推進中の案件を全部ストップせよ」とまでは言いませんが、すぐに「『X(トランスフォーメーション)』の姿を定める」ことを始めるべきでしょう。それもNYタイムズにならって、プラグマティックなものをです。

「X(トランスフォーメーション)」の姿を定めることは簡単ではありませんから、DXの責任者からは「衰退産業ではないから……、参入障壁が高いから(デジタイゼーションで十分)」といった「やらない理由」はたくさん出てくるでしょう。

しかし、現状のままがベストというのはあまりに楽観的すぎますから、経営としては即却下するのが正解です。

「ぼやき」が不要なヒト(経営者)自ら手掛ける

「サルツバーガー氏は発行人の息子だから(できた)」というぼやきもあるでしょうが、このぼやきは大事なポイントです。

とくにXの姿が、既存の事業へネガティブな影響を与えそうな場合はなおさらです。

「(既存商材との)カニバリゼーションをどうするのだ?」といった「やらない理由」は関係各位からすぐに噴出するものですし、これを強い権限がないまま進めることは現実的には無理とはいいませんが、時間がかかりすぎます。

つまり、このような「ぼやき」が不要なヒト、つまり最高権力者である経営者自らが手掛けるのが効果的で効率的ということです。

そのうえで、彼ら彼女らが「わが社にXは不要」というのならば、それが企業の器量というものでしょう。

大野 隆司:経営コンサルタント、ジャパン・マネジメント・コンサルタンシー・グループ合同会社代表

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