歴史的高騰のコメ、今秋には一転「コメ余り」か 「備蓄米の放出」は生産者にも変化をもたらす
東洋経済オンライン / 2025年2月9日 7時0分
店頭からコメが消えた「令和の米騒動」。異常事態は今なお続く。
【驚愕のデータ】統計上最大の上昇率となった「消費者物価指数の米類」
「秋に新米が出回れば落ち着く」という農林水産省の見立てとは裏腹に、コメ価格は大幅に値上がりしてきた。年が替わって1月下旬。農水省は備蓄米の放出に踏み切ることにした。
1月の東京23区消費者物価指数で米類は、1年前の1.7倍になった。全国指数とともに2024年10月以来、統計上最大の上昇率を更新している。
「コメは国内の消費を十分まかなえる量が生産されている。異常な状況だ」。1月31日、江藤拓農水相は国会でこう答弁し、価格高騰の理由を「流通の目詰まり」と表現した。
コメ争奪戦に「抱えこみ」疑惑
2024年産米のご飯向け(主食用)コメ収穫量は679万トンと前年より18万トン多い。ところが、JAをはじめ主な集荷業者が生産者から集めたコメは前年より逆に20.6万トン少なかった。
品薄を受けて、新米の収穫が始まると産地で高値を示してコメを確保しようとする争奪戦が起きた。JAは生産者に前払いする概算金を前年の1.4~1.5倍に引き上げたが、十分に集められなかった。
概算金の引き上げを反映し、JAが卸売業者に販売する相対価格は上昇した。相対価格以上に上昇が著しいのが、業者間で取引するスポット価格だ。1月下旬には2024年の3倍近い水準までつり上がった。卸売業者はJA経由の仕入れが減った分、業者間取引でコメを確保しようとした。
こうした流通段階での価格高騰が、スーパーのコメやコンビニのおにぎりの売価に反映されている。
【驚愕のデータ】統計上最大の上昇率となった「消費者物価指数の米類」と、スポット価格が2024年の3倍近い水準にまでなった「流通段階の取引価格」
農水省は、JAをはじめ大手の集荷量が減った分、生産者や小規模な流通業者が「コメを抱えている」とみる。実態把握のために生産者や小規模な流通業者の在庫を調査する方針だ。
生産者には、2024年夏の品薄を機に消費者の直販ニーズが高まったとみて、手元にコメを残す動きがある。流通業者は、再び品薄に陥ることへの警戒感が強いうえ、さらなる値上がりを見込んだ抱えこみも生じていると目される。
そこで農水省は、大凶作時に限っていた備蓄米放出に向け動き出した。JAなどの集荷減を補う狙いで、放出した分、1年以内にコメを同量買い戻す仕組みを設けた。
「投機」とみなして口先介入
1月24日に江藤農相が備蓄米放出に言及すると、業者間取引のスポット価格の上昇は止まった。
「アナウンス効果が出ている」――。1月31日、備蓄米放出の諮問を受けた審議会の部会では委員の1人がそう指摘した。まるで為替市場への口先介入のようだ。
「投機的でマネーゲームということは明らか」(江藤農相)というものの、投機筋は価格の下落局面で抱えたコメを売りに出すはず。ただその量は読めない。品薄への懸念が備蓄米放出で払拭されるかどうかは量や価格など具体策次第で、「皆が影響を見極めようとしている」(流通業者)。
備蓄米放出の概要は早ければ2月10日の週内に示される見通しだ。
しかし、このような事態も今秋までには一変しそうだ。「2025年産は過剰生産になる可能性が高い。夏にはそれが明らかになり、価格は落ち着くだろう」。そう予想するのは、コメ政策を専門とする小川真如・宇都宮大学助教だ。
なぜ過剰生産になるのか。生産者において増産の動きがもともとあるところに、新たに設けられた需給逼迫対策が拍車をかけるとみているからだ。
需給逼迫対策の1つは備蓄米の放出だ。今年放出する分、翌年コメを買い戻す条件が付いており、2025年産の需要が増えることになる。需要増に対応して生産が増えると見込まれる。
もう1つは、品薄が起こりやすい端境期に、収穫を控えたコメを他用途からご飯向けに振り向けられるようにすることだ。
これまで農水省は、水田維持の名目で飼料用などに補助金を費やしてきた。2024年産のコメではご飯向け(主食用)126万ヘクタールに加え、飼料用米9.9ヘクタールなどが作付けされている。
コメ全体でみれば需要増への対応余地はある。用途変更の柔軟化で、再び「米騒動」に見舞われるリスクは低下する。
水田じゃなきゃダメですか
反面、水田に的を絞った農業政策は行き詰まり、転換を迎えている。その極みが「水張り5年ルール」の撤廃だ。
水田だった農地に麦や大豆などを作付けすると補助金が支払われる。そこに2022年、「5年に1度は水を張る」という要件が加わった。「水田である証明」を課したのだ。
コメをすぐ作れる状態ではない農地にも補助金が支払われていることを財務省が問題視し、会計検査院も改善要求をしたことが背景にある。
耕作への支障覚悟で水張りするか、毎年の補助金をあきらめるか。コメと麦・大豆などを組み合わせて経営を成り立たせている大規模生産者はとりわけ苦しい選択を迫られた。水田向け補助金なしでは耕作が続かず、荒廃に至りがちとの懸念も挙がった。
江藤農相は1月31日の国会で「水張り5年ルール」撤廃を宣言。食料自給力を高めるため、2027年度以降は輸入依存度の高い麦や大豆、飼料作物なども含め、品目ごとに生産性向上を支援する方針を打ち出した。食料安全保障の対象農地を水田から広げた形だが、財政負担との兼ね合いは避けられない。
コメの歴史的高騰の中、農政転換の論議が幕を開けた。
有識者に聞く「コメ生産調整の本当の姿とは」
2025年産は過剰生産になると見込まれるのはなぜか。小川真如・宇都宮大学助教に聞いた。
――コメは国が生産調整でコントロールしているのではないのですか。
これまで国は一度も生産調整を強制したことはない。農家の自主的な取り組みという前提だが、補助金や他の制度とひもづけられることで強い強制感をもっていた。
現在の生産調整の仕組みでは、農水省はご飯向け(主食用)などのコメについて収穫年ごとの「需給見通し」を示している。
この見通しを基に、都道府県ごと、市町村ごとに行政や生産者団体などから成る農業再生協議会が毎年、作付面積の「目安」を示すのが一般的だ。目安を参考に生産者が作付計画を立てる。
ただし、皆が「目安」のとおりに作付けをするわけではない。目安を上回って作付けする地域がある一方、西日本を中心に生産者が減り、実際の作付けが目安を下回る地域も多い。
――これまでの減反政策はコメを作らせないようにしてきたのでは。
「生産調整=減反」と言われるが、需要が減り続けてきたから生産も減らしてきた。
生産調整は辞書的にいえば需要に応じた生産抑制を意味する。しかし「生産の調整」と解釈すれば、需要が増えたら生産を増やして調整することも重要だ。2025年は適切にコメを増産できるかどうかが試されている。
2025年産にかけて農水省が示す需給見通しがタイトであることから、各地の農業再生協議会は作付面積の目安を積み増している。
生産者も、コメの争奪戦や価格高騰を受けて、目安を上回って作付けしたり、コメ作りからの撤退を延期したりする方向に動くだろう。
さらに、農水省が1月末に示した政策が影響する。
1つは、大凶作でなくても、備蓄米を放出できる仕組みだ。放出した分、1年以内にコメを買い戻す条件が付いているため、いま備蓄米を出せば、2025年産の需要が増えることになる。
もう1つが、コメの品薄、あるいはコメ余りが明確になりやすい端境期に、収穫前のコメを他用途からご飯向けに振り向けたり、逆にご飯向けから他用途に振り向けたりできるよう制度変更することだ。
農水省は昨年から案を示していたが、1月末に改めて示されたことで4月から制度変更するのは確実とみられる。
米騒動は避けられるが、財政負担は増す
――他用途のコメとは。
ご飯向けの需要が縮小する中、農水省は家畜のエサにする飼料、輸出、米粉といったコメの「新規需要」を拡大しようと補助金を払ってきた。用途は違ってもほとんどが同じコメだが、新規需要として補助金を受け取るには6月末までに作付面積を申請しなければならない。
2024年は、7月末に農水省が示した「需給見通し」でご飯向けコメの在庫が過去最低水準になったことが初めて公にされたが、その時点では収穫前のコメの用途を飼料などからご飯向けに変更できなかった。そこで、需給状況に応じて用途を振り向けられるよう、8月20日まで変更を受け付けることにした。
生産者はひとまずコメの作付けを増やしておいて、8月20日までの時点で、2024年夏のようにコメが品薄になればご飯向けに振り向け、需給が緩み価格が下がるとみれば飼料用などに振り向けられる。
――再び米騒動が起きるのかと消費者に不安があります。
需給調整については安心できるだろうが、財政負担が増す可能性は高い。増産したコメを飼料用に回せば、補助金が膨らむからだ。
黒崎 亜弓:東洋経済 記者
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