「艦」と「船」どっちなの? ふたつの“肩書”を持つ「しらせ」のナゾ 南極調査員を乗せずに出港も!?
乗りものニュース / 2024年6月29日 18時12分
南極調査に向かう際に使用する「しらせ」という船があります。この船は文部科学省国立極地研究所の南極地域観測隊の輸送や研究のために建造された船です。自衛隊の砕氷艦とも呼ばれます。ふたつの呼び名があるのはなぜなのでしょうか。
なぜふたつの呼び方があるのか?
日本が南極調査などに向かう際に使用する「しらせ」という船があります。この船は文部科学省国立極地研究所の南極地域観測隊の輸送や研究のために建造された船です。
さてこの「しらせ」という船。実は「南極観測船」と「砕氷艦」というふたつの名称を持っています。これは、どちらかが愛称というわけではなく、どちらも公式の名称です。なぜ、「しらせ」にはこのようにふたつの名前が付けられているのでしょうか。これは「しらせ」の用途と関係しています。
「しらせ」は基準排水量12,650トン、全長138m、最大幅28mという大型の船で、速力は19.5ノット(約36km/h)、巨大な氷の浮かぶ南極の海でも、「チャージング」や「ラミング」と呼ばれる航法で、後退してから、最大出力で氷に乗り上げ砕きながら力強く進むことができるパワフルな船です。
その主任務は、観測隊の食料や研究機材などを満載し、文部科学省が所管している「国立極地研究所」から派遣された南極地域観測隊の隊員を乗せて、日本と南極にある昭和基地を往復することです。
南極観測隊の隊員たちは、南極の気象観測や潮汐観測から、原生代の地球環境変遷に関する研究や氷床・海氷・海洋の研究、宇宙環境の変動と地球への影響などといった幅広い分野の研究を行っています。その分野のプロたちが南極に設営した基地で、観測や研究を行うために「しらせ」の存在は欠かすことができません。
しかし、この「しらせ」はあまりにも大型の船であるため、一般の人々では動かすことが難しいものです。もちろん、南極観測のプロフェッショナルといえども、操舵技術をもった人材を研究機関から大量に確保することはできません。そのためこの「しらせ」は、大型艦船の操舵に長けた人材が多くいる海上自衛隊に運用が任されているのです。
海上自衛隊の横須賀基地を母港とする「しらせ」は、艦長、副長以下、通常の護衛艦となんら変わらない編制の乗組員で運用しています。「しらせ」の格納庫には輸送用ヘリコプターのCH-101が2機搭載されていますが、これも海上自衛隊の航空部隊が運用を任されています。
ほかに、南極での観測内容により軽多目的ヘリを複数搭載することもありますが、こちらの操縦は民間のパイロットが担当することになります。
実は文部科学省が建造費を出している
ここで最初の問題に立ち戻ってみましょう。「しらせ」にはなぜ「南極観測船」と「砕氷艦」というふたつの名前があるのか。それは、「しらせ」が文部科学省国立極地研究所と防衛省海上自衛隊というふたつの省庁に跨って運用される船(艦)だったからです。
南極での観測や研究のために必要な「船」ということで建造費は文部科学省の予算から捻出されました。また、南極輸送に必要な機材・物資のほか、「しらせ」や輸送支援を行うヘリコプターの保守・整備等の費用も同省持ちです。
そして、乗船する観測員や研究員は文部科学省が所管している国立極地研究所から派遣されますが、航行は海上自衛隊が防衛省の「艦」として行うこととなっており、操舵に関わる乗組員は全て海上自衛官という形になっています。
そのため、文部科学省は「しらせ」を「南極観測船」と呼び、防衛省は「砕氷艦」と呼称しています。こうして、ふたつの名前をもった「しらせ」ですが、両省間の対立などの大きな問題もなく、毎年秋に日本を出港し、夏を迎えた南極でお正月をすごして、春にまた日本に戻ってくる、というルーティーンを繰り返しています。
「しらせ」の乗員である海上自衛隊の隊員は、秋、食料や機材をぎっしりと積み込んで「しらせ」と共に日本を離れますが、実はその時、南極観測隊の研究員たちはほとんど「しらせ」には乗っていないといいます。彼らは、飛行機でオーストラリア、フリーマントルまで飛び、そこで寄港する「しらせ」を待って乗艦し、南極へと向かうのです。
帰りも同様、南極を出発した「しらせ」は途中、フリーマントルで研究員たちを降ろし、彼らは一足先に帰国します。長旅を終えて戻ってきた「しらせ」には、実は海上自衛隊員しか乗っていなかったりします。
なお、海上自衛隊の人手不足や、日本周辺や南シナ海などでの情勢変化により、2019年4月に「しらせ」の運用から撤退が検討されていると報じられたこともありますが、現状では進展がないため、まだ自衛隊が運用する艦ではあるようです。
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