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アメリカ屈指の巨大造船所「韓国メーカー」が買収へ 米海軍長官がほくそ笑んでいるワケ

乗りものニュース / 2024年7月5日 9時42分

アメリカ海軍の戦艦「ウィスコンシン」。フィリー造船所の前身であるフィラデルフィア海軍造船所で1943年12月7日に進水し、1944年4月16日に就役している(画像:アメリカ海軍)。

アメリカの内航船シェア50%を占める大手造船所を、このたび韓国企業が買収すると発表しました。ただ、この造船所は特殊な法律で守られていた面もあるようです。韓国企業が買収して立ち直るのでしょうか。

最後に修繕したのは「ジョン・F・ケネディ」

 韓国大手財閥のハンファグループがアメリカでの造船事業に進出します。同社グループのハンファ・システムズとハンファ・オーシャン(旧大宇造船海洋)は2024年6月21日、アメリカ造船大手のフィリー造船所を1億ドル(日本円で約160億円)で買収すると発表しました。

 フィリー造船所は、「ジョーンズ法」の呼び名で知られる1920年商船法に基づいて、アメリカ国内航路に就役する大型商船の約50%を建造しているほか、海軍艦艇の修繕も手掛ける同国屈指の造船所です。「米国内の海上輸送を行う船舶は、国内造船所で建造され、かつ所有者と乗員は米国民に限定する」方針を定めた同法を後ろ盾に操業を続けてきました。

 一方のハンファは、オーストラリアの造船企業オースタルにも買収を提案しており、艦艇事業のさらなる拡大を図ろうとしています。

 現在のフィリー造船所は、かつてアメリカ海軍の新造ヤードだった旧フィラデルフィア海軍造船所を前身とし、その跡地に1997年、アメリカ政府と民間企業などが協力して設立しました。旧フィラデルフィア海軍造船所はアイオワ級戦艦「ニュージャージー」「ウィスコンシン」など大型艦を建造した実績があり、全盛期は約4万人もの従業員を抱えていました。

 しかし、1970年11月に揚陸指揮艦「ブルーリッジ」を引き渡して以降、新造艦の建造は止まり、冷戦の終結に伴って1991年に操業停止が決定。キティーホーク級航空母艦「ジョン・F・ケネディ」のオーバーホールを最後に1996年9月、閉鎖されました。

 新造・修繕設備の一部はフィリー造船所に引き継がれ、東側のエリアはフィラデルフィア産業開発公社(PIDC)が主導してインフラを整備し民間投資を呼び込み、オフィスや研究開発施設、製造拠点、店舗、住宅などが進出してきています。一方でアメリカ海軍が使用するエリアや建物も残っており、そこでは退役した艦艇の保管などが行われています。

内航船と官公庁船に特化していたが…

 フィリー造船所は現在、ノルウェーの産業投資会社アケルの傘下で、タンカーやコンテナ船などの商船と練習船のような官公庁船を建造しています。敷地内には2本の乾ドックがありますが、建造は第4ドック(長さ330m、幅45m)で行われており、隣の第5ドックは艤装や海上公試のためのバースになっています。

 1997年の設立からこれまでの商船の建造実績はコンテナ船6隻、プロダクトタンカー(原油以外の石油製品用タンカー)22隻、アフラマックスタンカー(中型の原油タンカー)2隻の計30隻。先に述べたとおり、アメリカの国内航路で用いられる船舶は国内の造船所で建造することを義務付ける「ジョーンズ法」に準拠している必要があるため、遠く離れた太平洋上のハワイやグアムに向かうコンテナ船も同造船所が手掛けています。

 なお、2022年11月には、さらに3隻の3600TEU型LNG(液化天然ガス)燃料コンテナ船をマトソンナビゲーションカンパニーから受注。2024年6月現在はこれらの建造に注力しています。

 官公庁船に関しては、海事大学の練習船と非常時の人道/災害救助船を兼ねたアメリカ運輸省海事局(MARAD)の国家安全保障多目的船(NSMV)5隻を受注。2023年9月には第1船目となるニューヨーク州立ニューヨーク海事大学向けの「エンパイア・ステートVII」が引き渡されました。

 洋上風力発電所の建設に投入される根固石設置船(SRIV)の受注も確保しており、2023年7月に行われた起工式にはジョー・バイデン大統領も出席しています。

 これらを鑑みる限りでは、安定して受注を積み重ねているように感じられますが、フィリー造船所の経営は不安定な状況が続いています。たとえば2023年通期決算での純損失は6790万ドル(日本で約108億6400万円)と、2022年通期決算の純損失1170万ドル(約18億7200万円)から増大しています。

 そもそもアメリカ国内輸送に限定した造船市場の規模は極めて小さく、建造時のコストも高くなる一方、外航商船に関しては中国、韓国、日本の造船所が現状、シェアのほとんどを握っており、参入する余地がないような状況です。

 特に中国の造船所における2023年の年間建造量は4232万重量トンで、世界シェアは50%。ちなみに、受注量では7120万重量トンもあり、こちらのシェア率は67%にも膨らみます。特にバラ積み運搬船は世界全体の8割を占め、原油タンカーも7割、コンテナ船も5割といずれも高いシェアを握っています。

韓国企業のノウハウと先端技術で立ち直るか?

 アメリカ海軍のカルロス・デル・トロ長官は、今回の韓国ハンファグループのフィリー造船所買収に先立ち「過去30年間、中国の総合的な海洋力が飛躍的に成長する一方で、我が国は急激に衰退した」との認識を示しています。

「日本や韓国を含む海外の最も親密な同盟国と提携する機運が高まっている。世界でトップクラスの造船会社を誘致してアメリカ国内に子会社を設立させ、民間造船所に投資させることで、造船業を近代化し能力拡大を図るとともに、より健全で競争力のある雇用を創出しなければならない」と、長官は海外投資を呼び込む方針を示していました。

 なお、すでにハンファ・システムズでは無人海上システムや船舶用レーダー、有無人連携(MUM-T)作戦用センサーなどを開発していることから、艦艇向けの各種技術についてはフィリー造船所を足掛かりにアメリカ市場へアプローチする方針です。

 一方、ハンファオーシャンは、カタールの国営エネルギー会社カタールエナジーが進めていたLNG船の大規模建造プロジェクトで25隻の受注を獲得し同分野で存在感を見せるほか、艦艇建造では大宇時代も含めれば韓国海軍向けの世宗大王(セジョンデワン)級駆逐艦や島山安昌浩(トサンアンチャンホ)級潜水艦、イギリス海軍のタイド型給油艦を手掛けた実績があります。さらにポーランドやカナダにも潜水艦の売り込みをかけているとのこと。

 よって、これまでの造船事業で培ったノウハウをフィリー造船所へとフィードバックすることで、環境規制の対応に向けた代替船建造など拡大が見込まれるアメリカの新造船需要にこたえていくそうです。

 前出のデル・トロ長官は、2024年2月の韓国訪問時、HD現代重工業の蔚山造船所やハンファオーシャンの巨済事業所の視察を行った際に「業界のグローバル・スタンダードを確立している」と両社を高く評価。アメリカ進出についても強い関心を得られたとして、「両社の高い技術とノウハウ、そして最先端のベスト・プラクティスがアメリカの地で実現することを考えると、これほど楽しみなことはない」と述べていました。

 ちなみに、韓国取引所(韓国証券取引所)の告示によれば、フィリー造船の株式の取得割合についてはハンファ・システムズが60%、ハンファオーシャンが40%なのだとか。なお、取得予定は2024年11月中となっています。

 果たしてこれがアメリカの造船復活の一手になるのか、要注目です。

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