「日本じゃムリ」を打破! 初の「フルフラット席」高速バスを、高知の小さなバス会社が実現しちゃったワケ 地元企業と試作約10年
乗りものニュース / 2025年2月6日 9時42分
日本初「フルフラット座席バス」高速バスが正式に発表。ローカルなバス会社「高知駅前観光」が地元の製造業を巻き込み、国土交通省のお墨付きも得て発表に至りました。実現不可能と考えられていた業界の“常識”を打破したバスはどう誕生したのでしょうか。
国内初の座席を生み出した「高知のバス会社」
2025年1月30日、高知県のバス事業者「高知駅前観光」が新型座席「ソメイユプロフォン」を発表しました。フランス語で「深い眠り」を意味する名称が示す通り、国内で初めて、夜行運行時にフルフラットになる高速バス座席です。フルフラット時には、まるでバス車内に二段ベッドが並んでいるように見えます。
これまで、法令などの制約から実現不可能と考えられていたフルフラット座席が誕生した背景を探ると、「気概」「頑固」でも「開明的」という土佐(高知県)の県民性が浮き彫りとなります。
同社は、戦後間もない1950年にタクシー会社として誕生し、その後、貸切バス事業も開始します。バス業界は長らく、地域の路線バスや高速バスなど乗合バス事業を中心に、貸切バスも兼業する「総合型バス事業者(いわゆる既存事業者)」と、貸切バスのみを運行する「貸切専業者」に分かれていました。つまり、高知駅前観光は後者の中の老舗です。
前者は、今でこそ路線バスの赤字に苦しむ地方部の会社も多いものの、高度経済成長期は「バスの黄金時代」であり十分な収益を上げるとともに、航空会社の総代理店業務や民放テレビ局への出資など条件のいい付帯事業を数多く展開し、地元の名士企業となりました。ちなみに航空総代理店とは単なる販売代理店ではなく、空港での旅客ハンドリングなど航空会社の業務一式を地元の会社が請け負う仕組みです。
その様子を横目に眺めるしかなかった高知駅前観光は、2001年、悲願の乗合バス参入を果たします。高知市内から高知空港へのバス路線を開設したのです。
独占状態ゆえに既存路線のサービス水準が低かったことに憤った当時の梅原國利社長(現会長)が調整を重ね、突破不可能と思われた「業界のオキテ」を乗り越えました。もっとも、当初は既存路線が発着する高知駅などには停留所設置を認められず、大赤字のスタートでした。同路線は、その後、既存事業者と協調を図りつつ成長し、現在では経営の屋台骨を支えています。
「ベッドのように足を伸ばして眠りたい」
次に夜行高速バスの東京線を検討しますが、やはり停留所の確保が困難で、募集型企画旅行形式の高速ツアーバスとして参入します(2013年に乗合バスに転換)。その過程で利用者から多く聞かれたのが「ベッドのように足を伸ばして眠りたい」という要望でした。
しかし、その実現には多くの壁が存在します。まず、法令によりバスの「座席」に関して多くの要件があることです。中国や東南アジアで見られる「寝台」は認められません。
かといって座席のリクライニングを最大(180度)にすると、座席の前後間隔を大きく取る必要があり、座席定員がかなり限定されます。バス事業者は収益を確保できず、運賃も高くなってしまいます。
そこで考えたのが、ベースは通常の座席でありながら、フルフラットにも変形する可変型座席です。前後2席を1ユニットとし、前方座席が上段に、後方座席が下段に移動しながらフラットとなることで二段ベッドのようになり、座席定員も確保できる、というアイデアです。
筆者(成定竜一・高速バスマーケティング研究所代表)は、9年前にその構想を聞き、試作模型も見せてもらいました。しかし開発費用や法令の縛りを考えると、実現は困難というのが第一印象でした。
そもそもバスの座席は、専門の座席メーカーが作る既製品の中から、グレードや細かい仕様をバス事業者が選んで導入するものです。オリジナルを謳う座席も、普通はバス事業者がアイデアを座席メーカーに示して作ってもらうのが一般的です。
ところが、同社は地元高知の製造業を巻き込んでコツコツと開発を進めました。
開発が佳境を迎えた2024年11月には、国が「フルフラット座席を備える高速バスの安全性に関するガイドライン」を策定。急いで設計を変更しガイドラインに対応しました。結果として国のお墨付きを得ることにもなり、とうとう「ソメイユプロフォン」が完成、発表に至ったのです。
「寝てしまえば意外と快適」
開発費用は総額2億円。同社の倉庫には、強度や操作性が足りず「ボツ」となった試作品の残骸が山積みされています。
設計を担当したサーマル工房、製造を担当した垣内(ともに高知県の企業)とともに、何度も何度も試行錯誤を重ねた歴史を証明するかのようです。両社とも、バス用はもちろんのこと、座席を作る自体、初めてです。同座席開発の統括責任者を務める本多敦史氏は、「高知企業のスピリットを感じてほしい」と語ります。
座席の詳細は多くの記事に紹介されているのでそれに譲りますが、筆者の感想は「写真を見る限り空間の狭さが心配で、かつ、いざ乗り込む際にはコツが必要だが、寝てしまえば意外と快適」というものです。
寝た瞬間、「あっ、確かに。ベッドで寝る時と同じ」と(言葉にすれば陳腐ですが)妙な納得感があり、「東京から高知が近くなった」という実感を持ちました。
一方、睡眠中の小物(携帯電話やメガネ)の管理など、課題はあります。梅原章利社長は「当面、週に1往復程度のモニター運行を行い、利用者の声を集め、運行しない日に課題を潰していく」としますが、乗降に時間がかかること、就寝中に身動きを制限されることなど、構造上、対応困難な事柄もあります。
それでも筆者は、それらの課題も含めて、今日における高速バス座席の進化の一つの到達点だと考えています。
“豪華バス”じゃないから、ビジネス的にうまみ
2002年に高速ツアーバスが容認されて以来、同社を含む多くの参入がありました。ちょうどインターネット普及の時期と重なったことで、特に夜行路線については「ウェブ上でバス(座席や付帯サービス、安全への取り組みなど)を比較し、バスを選んで予約する」市場となりました。
電話予約が中心だったころは、「狭いが、寝てしまえば快適」というような個性的な座席のメリットとデメリットを口頭で説明し利用者に理解してもらうのは困難でした。しかしウェブ予約であれば、空間のサイズや乗り込む際のコツまで、画像や動画で示し、他の利用者のクチコミまで参考にしながらバスを選んでもらうことができます。
また、快適性と収益性の両立を図った点も今日的だと言えます。
「バスを比較して予約する時代」を迎えて約20年間、各社の上級座席は、座席定員を絞ることで一人当たりの専有面積を最大化し、座席の大型化、個室化を目指してきました。しかし、乗車定員がわずか10人少々では、いくら客単価を上げても収益性に限界があります。
各社は、定員が多い汎用車両や収益性が大きい短・中距離の昼行路線まで車両カラーリングやポイント制度を統一することでブランド化を図り、いわばその広告塔として上級座席を活用してきました。ところが、慢性的な乗務員不足により、広告塔のためにだけバスを運行する余裕はなくなっています。
「ソメイユプロフォン」はトイレ付き車両に最大24席設置できます。夜行高速バス標準車両(3列独立席、トイレ付き)は28席ですから見劣りしません。
高知駅前観光は、「ソメイユプロフォン」を全国のバス事業者に提供(販売)していく方針です。車両の一部にだけ設置することも可能なことから、車内前方は既存の夜行用リクライニング座席、後方に新座席という選択も可能です。
かつて明治維新に際し、頑固で豪快に見える土佐の人々が、気概に溢れつつ冷静に時代を読み、歴史の転換点に大きな役割を果たしたように、高知のスピリットを体現した新座席が高速バス業界に新風をもたらすか、楽しみです。
【動画で!】2つの座席→「2段ベッドに変形!」の一部始終
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