1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

「一つの作品における主役かどうかは、スポットが当たる瞬間の頻度の違いだけ」前原滉『ありきたりな言葉じゃなくて』【インタビュー】

エンタメOVO / 2024年12月19日 8時0分

-普段は俳優として脚本を読む側ですが、今回は書く側を演じてみてどんな感じでしたか。

 俳優の仕事は、どちらかというと1という数字を何かにしていく、1から100の間の仕事だと思います。ある素材をどう調理していくというか、どういうふうに仕上げていくかで、1から100を担っているのが、俳優や、録音、照明、撮影といった仕事だと思います。それに比べて、脚本を書くのは0をどういう位置に持ってくかの作業だと思います。例えば、僕が「こういう台本があります。どう演じますか」と言われた時に、誰もが見たことがあるようなありきたりな表現になりがちです。ではどうやってそうではないものにしていくかと考えても、もうこれだけ多くの作品があってやり尽くされていたら、絶対にどこかで見たことがあるものになるだろうなという悩みを持つわけです。今回は、「では脚本家だったらどういうふうに悩むのだろう」と考えて変換して演じたところがあります。だから、脚本家と俳優は違うけど、それこそ拓也という役を通して見た時に、持っている悩みは似ているのかもしれないと思いました。

-言葉がとても重要な意味を持つ映画だったと思いますが。

 拓也のものの言い方が変だなと思うところはありました。でも、ではどこまでいったら不自然じゃないのかと言ったら変ですけど、映画やドラマは作られたものだから不自然でもいいと思うんです。それでも、(渡邉崇)監督と僕の中で、許せる範囲ってどこなのだろうとかを話し合いました。

-主役と脇役の違いについてはどう思いますか。

 僕の場合は、主役じゃない役の方が多いので、求められる役割がはっきりしているんです。例えば、ここは面白くしてほしいとか、主人公をすごくけなしてほしいとか。今のところ自分の中ではやっていてそんなに大きな負担はないです。主役の場合は、例えば、この人は面白いことをやってくる、この人は自分のことをけなしてくる、この人は温かい言葉をかけてくれるというのを全部受けて出さなければなりません。それをやりたくないとは思いませんが、今までの経験値として、けしかける方が多かったので、主役じゃない方がやりやすいかなと。でも、どちらもバランスよくできたらいいというのが結論ですかね。

-それでも、やっぱり主役はいいなと思う部分もあったりするわけですよね。

 やればやるほど、主役も脇役もあまり変わらないのかもしれないと思います。例えば、さっき言ったような主人公をけなす役の人でも、少なくともけなしている時はその人が主役の瞬間があるというか。一つの作品における主役かどうかは、スポットが当たる瞬間の頻度の違いだけだと。そう考えると主役も脇役も大きくは違わないと思っています。今回もそれは思いました。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

複数ページをまたぐ記事です

記事の最終ページでミッション達成してください