お盆に飾る“精霊馬” キュウリ馬とナス牛の意味とは?
ウェザーニュース / 2022年8月14日 5時0分
毎年、新暦の8月13日(迎え火=盆の入り)から16日(送り火=盆明け)までの4日間を「月遅れの盆」と呼びます。お盆そのものの日程は地方によって異なりますが、この「月遅れの盆」の時期に合わせてお盆休みを取るのが全国的に通例となっています。
日本では、お盆に精霊馬のキュウリ馬とナス牛をお供えする習慣があります。ウェザーニュースで「今年、お盆に精霊馬を飾りますか?」というアンケート調査を実施したところ、「飾る」が17%、「飾らない」が83%という結果でした。
全体では飾る人の割合が2割足らずでしたが、都道府県別に詳しく見ると、山梨県では全国で唯一、過半数の54%が「飾る」と回答しています。また、静岡県(40%)や長野県(37%)などでも飾る人の割合が多いようです。
このキュウリ馬とナス牛にはどんな意味合いがあるのか、いつ頃からの風習なのかなどについて、歳時記×食文化研究所の北野智子さんに伺いました。
『行きは早く』『帰りはゆっくり』の願いを込めた
キュウリ馬とナス牛は、どのような理由でお盆の供物(くもつ)とされているのでしょうか。
「キュウリ馬とナス牛は、位牌や盆花、供物を置く盆棚に供えられるものです。
キュウリ馬とはお盆に祖霊(先祖の霊)が、浄土(あの世)から家へ帰って来る時に乗ってこられるように、前脚と後ろ脚として苧殻(おがら)をキュウリに刺し、馬に見立てて作ったものです。
一方のナス牛はキュウリ馬同様、ナスに苧殻を刺して前脚、後ろ脚とし、お盆が終わって祖霊が浄土へ戻る際に乗られる、牛に見立てたものです。
苧殻は『迎え火』といって、浄土からご先祖の霊が帰ってこられるように、家の入り口で、焙烙(ほうろく=素焼きの平たい土鍋)に載せて燃やす、皮をはいで乾かした麻の茎のことです。
乗り物の行きが馬で、帰りが牛というのは、ご先祖の霊に、『早く来てください』『帰りはゆっくりとお戻りください』という願いを込めたからだと言われています。
キュウリ馬とナス牛を考えた先人たちの、先祖を想う細やかで豊かな感性に感心してしまいます」(北野さん)
キュウリ馬とナス牛で財を成した人物とは?
お盆にキュウリ馬とナス牛を供えるという風習は、いつ頃始まったのでしょうか。
「キュウリ馬とナス牛を供物とする風習は古くから行われていたようですが、起源ははっきりしません。ただ面白いことに、江戸時代にはキュウリ馬とナス牛で“儲けた”人物がいたことが伝えられています。豪商であり、海運・治水の功労者として知られる河村瑞賢(かわむら・ずいけん=1618~99〈元和4~元禄12〉年)です。
お盆の最終日の夕方には、祖霊を送り出す儀礼のひとつとして、盆棚の飾り物やキュウリ馬、ナス牛といったお供え物、灯籠(とうろう)などを小さな舟形に載せて川や海に流す、『盆送り』『送り盆』といわれる行事が、今でも地方によっては行われています。
貧家に生まれた瑞賢がまだ若くて無職の頃、お盆の後に品川の浜に打ち上げられている大量のキュウリやナスに出くわしました。瑞賢はこれらを拾い集めて塩漬にし、江戸の各所の工事現場で働く者を相手に売り歩いたというのです。
現代人なら、キュウリ馬とナス牛を流すのは環境問題になりそうで気が引けますので、 “ぬか漬にでもしようか”と考えるところです。瑞賢の豪商への道の第一歩が、お盆の供え物を再利用した漬物とは、バチ当たりなような、ほほ笑ましいような話ですね」(北野さん)
ぬか漬は古くから作られていたものですか。
「ぬか漬が作られ始めたのは、瑞賢の晩年以降にあたる元禄時代(1688~1704年)だといわれています。この頃には庶民も白米飯を食べるようになり、精白の際の米ぬかが大量に出るようになりました。これを用いて作られたのがぬか漬です。
ひょっとして瑞賢がお盆の供え物でつくった漬物をヒントにして ぬか漬が誕生したのではないでしょうか。もしそうであれば、これも笑えてくるエピソードですね」(北野さん)
キュウリ馬とナス牛には先祖を深く敬い、大切に思う優しい気持ちが込められていました。
年に一度の帰宅を果たした先祖の御霊(みたま)に手を合わせたのち、豪商誕生のエピソードも思い起こしつつ、夏場のぬか漬を味わってみるのもいいかもしれません。
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