樽酒の鏡開きに込められた意味とは 声かけの回数も決まっていた?
ウェザーニュース / 2024年1月11日 5時10分
門松、鏡餅、水引飾り、注連縄(しめなわ)、繭玉(まゆだま)、餅花、角樽・菰樽(こもだる)…。いずれも日本人が古来、親しんできた正月飾りで、これらが門や玄関口に飾られると、心新たに新しい年を言祝(ことほ)ぐ気持ちになります。
「鏡開き」に使われる角樽・菰樽も正月飾りの一つですが、正月だけでなく慶事全般にも用いられています。これがほかの正月飾りとは異なるところです。
ここでは生活文化研究家の町田忍さんに、その歴史や伝統についてお伺いしました。
同じ樽酒だが発祥が異なる角樽と菰樽
角樽のイメージ
角樽・菰樽はともに祝樽の一種です。
「正月以外に開店や開業、結婚式や祝賀会などで用いられてきました。歴史は角樽のほうが古く、室町時代に酒容器として使われた柳樽(柳の木は加工しやすく液体が漏れにくい)に原型があります。やがて祭礼などの祝儀に供えられたことで、儀式映えするように取っ手が角形に変化して現在の姿になりました。
一方、菰樽の歴史は比較的浅く、江戸時代末期の文化文政時代(1804〜30年)というのが定説です。これは灘・伊丹・伏見から江戸へ高級酒となる『下り酒』を海上輸送する際に生まれました。大量に運べるように樽酒は4斗樽(約72L)が採用されましたが、船で輸送すると破損することが多く、樽に保護材として菰(マコモを編んだむしろ)を巻いた樽酒が工夫されました。これが菰樽の始まりです」(町田忍さん)
「鏡開き」で高めてきた共同体意識
菰樽のイメージ
角樽と同じように、運搬用の菰樽が祝儀の際に用いられるようになった理由は、大商人や裕福な武家が角樽よりも見栄えのする菰樽を好んだことによります(諸説あり)。この点について、町田さんは次のように話します。
「酒は神様にお供えするものです。角樽・菰樽は繁栄や幸福への願いを込めて祝儀の場に置かれました。祝儀が終わると、参加者で御神酒を飲むのは上代より行われてきた習慣です。これには〈場〉を共にする人々の結束を深めるという重要な役割があります。
こうした習慣がいつしか鏡開きと呼ばれるようになりました。祝儀のあと木槌(きづち)で蓋(ふた)を割って枡酒を酌み交わすことで、共同体意識を盛り上げたのです。現在の企業でも士気向上のために、正月は角樽・菰樽で鏡開きをするところが多いのはこのためです」(町田忍さん)
この鏡開きの名は、樽酒の蓋を「鏡」と呼んだことに由来します。丸い木蓋が、銅鏡に似ているためです。古来、鏡には神が宿ると考えられていて、鏡開きとはそれを「開く」ことで「運を開く」行事なのです。
「鏡開きは『鏡割り』とも呼ばれますが、どちらかというと鏡開きが多く使われています。『割り』を避けて、縁起のいい『開き』が用いられるようになったようです。松の内が明けてから行われる鏡開き。実は地方によって日にちが異なります。おおむね関東を中心とした東日本では1月11日、西日本では15日か20日です。これは東日本では松の内が7日まで、関西は15日までとずれているためです。ただ、異説もあります。
近世初期、鏡開きは関東圏でも20日に行われていました。しかし、3代将軍家光が4月20日に薨去(こうきょ)したため、その月命日を避けるため、11日に前倒しされたのです。ただ、商家や武家が使用人たちに餅を振るまっていた11日の『蔵開き』に合わせたという説もあります。さらに20日まで燃えやすい正月飾りを置いていると、防災上好ましくないと判断され11日になったとも伝えられています」(町田さん)
インテリアとしても利用できる角樽・菰樽
現在の角樽・菰樽は、伝統的スタイルの商品から植木鉢カバーや花生けなどとしても使えるようなデザイン性の高いものまで、さまざまな意匠が凝らされています。手軽な2斗や1斗、さらには1升入りの小さな菰樽も販売され、木槌・勺(しゃく)・升がついた鏡割りセットも人気があります。
「朱漆(しゅうるし)で塗られた角樽は結納時に欠かせない縁起物で、一升入りが使用されてきました。理由は『一升』と『一生連れ添う』の語呂合わせにあります」(町田さん)
かけ声は「せーの、よいしょ!」が一般的
樽酒で鏡開きをする時に、気をつけたいのがかけ声です。
「一番多いのは『よいしょ!』です。かける回数は1回か3回。日本では奇数が縁起のいい数とされているので、『せーの、よいしょ!』または『よいしょ! よいしょ! よいしょ!』となります。
とはいえ、もっとも大切なのは気持ちです。心を込めれば、『おめでとう!』『頑張るぞ!』でも神様に通じるのではないでしょうか」(町田さん)
もし機会があれば、結婚式やイベントなどで伝統的な樽酒の鏡開きを楽しんで、皆さんの結束を深めてはいかがでしょうか。
参考資料など
『町田忍の縁起物のひみつ』(町田忍著、天夢人刊)
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