鹿島の経営権を譲渡に一抹の不安/六川亨の日本サッカー見聞録

超ワールドサッカー / 2019年8月1日 16時30分

写真:Getty Images

一番驚いたのは、他ならぬ鹿島のファン・サポーターではないだろうか。7月30日、J1リーグで最多の19タイトルを獲得している鹿島が、個人が不要になった日用品をインターネット上で売買するフリーマーケットアプリ大手のメルカリに、15億8千万円で身売りした。

鹿島は前身の住友金属サッカー部が母体となるチームで、1947年創部と72年の歴史を誇る。ただ、JSL(日本サッカーリーグ)時代は2部と1部を行き来する地方のマイナークラブだった。JSL時代、現在の春秋シーズンから秋春シーズンに以降したことがあったが、それは住金が最北のチームだったからでもある。

転機となったのはJリーグの創設で、サッカー専用のカシマスタジアムを建設したことを、当時のプロ化検討委員会で加藤久氏が高く評価。「選手獲得に10億使うクラブはあるが、スタジアム建設に100億使うクラブは鹿島だけ」という説明に委員会のメンバーは納得し、JSL時代はこれといった実績のない鹿島を「オリジナル10」として認めた。

その後は鉄鋼不況もあり、2012年に住金と新日鉄(JSLにも参画していた)が合併し、新日鉄住金(現日本製鉄)が筆頭株主としてクラブを支えてきたが、チームは数々のタイトルを獲得した。

住金も新日鉄も、個人消費者を相手にしたビジネスではなく、企業間取引が専門のため、クラブを持つメリットは少ない。そもそも住金がJリーグ参入に手を上げたのは、地元住民に娯楽を与え、定住率を高めるのが狙いだった。

会社は茨城県鹿島市にあるものの、社員の多くは東京駅からバスで往復通勤していた。Jリーグ誕生時は、「暴走族が街から消え、若者はスタジアムのゴール裏で旗を振ってエネルギーを発散するようになった」という逸話もある。

そんな鹿島が、消費者と直接向き合うメルカリに経営権を譲ったのは、鹿島ブランドを生かしてグッズ販売の拡充やファン層の拡大を狙ってのことだろう。

こうした流れは今に始まったことではない。神戸はIT大手の楽天が経営権を獲得し、過去にはイルハン・マンスズ、最近ではイニエスタとビジャら三木谷会長のポケットマネーで大物外国人選手を獲得している。

他にも通信販売大手のジャパネットたかたは長崎、IT大手のサイバーエージェントは町田、フィットネスクラブを運営するRIZAP(ライザップ)は湘南、東京Vはゲーム会社のアカツキと経営権の譲渡は年々増加傾向にあるし、FC東京の胸スポンサー「XFLAG」もゲーム配信会社ミクシィの1部門だ。

紙媒体は衰退する一方で、テレビのコマーシャルを始め、スマホの広告もゲーム会社が増えているだけに、これも「時代の流れ」なのかもしれない。

こうした流れにJリーグの村井満チェアマンは「BtoC(消費者向け)の会社が持っている知見はクラブにとって貴重」と歓迎する。

しかし、その弊害も予見しておく必要があるだろう。

Jリーグの創設に尽力し、元Jリーグ専務理事の木之本興三氏(古河出身。故人)は「三菱、日立、古河といった御三家は、人材育成が会社の発展には欠かせないという社風があった。それがサッカー部にも当てはまり、選手・監督の育成を長いスパンで考えていた」と話していた。

そして京都のGMと監督を務めた加藤久氏は「日本の基幹産業が母体のクラブはチーム強化に時間がかかることを理解しています。しかしIT関連などの新興企業は、外国人選手など投資した額に見合う成績を即座に求めます」と、投資=リターンがノルマになるクラブ運営の難しさを話していた。

監督交代と外国籍選手の入れ替えが頻繁な神戸は、加藤氏の懸念が当てはまっているのかもしれない。巨額の先行投資をした神戸には、是非とも結果を残して欲しいところだが、今後は鹿島も含めて経営権を譲渡したクラブの“その後”に注視したい。


【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。

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