テレビはどうすれば「テレビらしさ」の呪縛を解けるか/小島慶子インタビュー

wezzy / 2019年4月14日 10時5分

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 2018年は「メディア」と「ジェンダー」を考えるうえで、非常に重要な年だった。きっかけは、4月に発覚した福田淳一元財務事務次官によるテレビ朝日の女性記者に対してのセクハラである。

 この事件で率先して声をあげたのが、同じメディアで働く女性たち。特に、ニュース番組を担当する女性アナウンサーたちだった。小川彩佳アナ、夏目三久アナ、山﨑夕貴アナ、宇賀なつみアナなど、多くの女性アナウンサーが社会にまん延するハラスメントの問題に対して毅然とした態度で意見を表明したのだ。

 元TBSアナウンサーで、現在はタレント・エッセイストとして活動する小島慶子さんは、彼女たちの動きを見て「“女子アナ”は死んだ」と語る。それはどういう意味なのか?

 桐野夏生、武田砂鉄、伊藤公雄、斉藤章佳、白河桃子、中野円佳、伊藤和子、浜田敬子、荻上チキ、トミヤマユキコ、佐藤信といった、ハラスメント問題に詳しい専門家やジャーナリストとの対談集『さよなら!ハラスメント自分ち社会を変える11の知恵』(晶文社)を出版したばかりの小島慶子さんに、これからの時代における「テレビ」のあるべきかたちについて聞いた。

「ちゃんと自分の意見を言う」女性アナウンサーが評価される時代

――福田前事務次官のセクハラ報道で各局の女性アナウンサーたちがいっせいに声をあげました。これは、テレビ業界においてどんな意味があったのでしょうか?

小島慶子(以下、小島) 昔の女子アナブームみたいな「企業の箱入り娘である知的なお嬢さんが“らしくない”ことをしているのを面白がる」というテレビの在り方はもうとうに終わっていますが、さらに「女性がちゃんと自分の意見を言う」とか、そういうことが評価される時代にまで移ってきたのかなと思いました。

女性アナウンサーたちがいっせいに声をあげたあの事件って、すごいセンシティブなものだったと思うんです。「テレビ局の女性記者が霞ヶ関の高級官僚を告発」ですから、本来であれば彼女らも何も言わないほうが安全だったかもしれない。でも、「こういうことがあってはいけない!」と言わずにはいられないぐらい、思いが強かったということは、大事なことだと思います。

そして重要なのは、彼女たちの勇気ある発言がSNSでは叩かれることなく、支持されたということ。その流れを見て私は完全に潮目が変わったなと思って。女性アナウンサーが「ただの従順な聞き役」ではなくなり、「ちゃんと自分の意見を言うことが格好いい」と評価されるようになった時代。そういう時代になったことはすごく良いことだと思うんです。





――2017年に性暴力を訴えた伊藤詩織さんのケースでは、被害者のはずなのになぜか彼女にバッシングが集中する流れになっていましたよね。

小島 そういう状況だけに、「ハラスメントなんてうるさいこと言わないで受け流した方が穏便なんじゃないか」となってしまいがちなところを、「お互いが嫌な思いをしない世の中にした方がいいんじゃない?」と言ったアナウンサーたちの勇気はすごい。

そういった勇気ある意見に対して「そうだよね!」と支えてあげるのは大事なことです。それで周囲の人も「自分もおかしいことはおかしいと言って大丈夫だな」と思えるし、その積み重ねで人の考え方は変わるので。

報道番組が変わる一方、バラエティ番組は……

――それが「テレビ」という多くの人が見る場で展開されれば効果も絶大だと思うのですが、報道はともかくとして、バラエティ番組では相変わらずの状態が続いてしまっています。

小島 バラエティ番組におけるコミュニケーションのあり方は、学校とか職場のお手本になってしまっている側面があります。なのに、テレビではいまだに「シャレの分かる人は格好いい、シャレの分からない人はダサイ」という空気がまかり通っています。シャレといっても、身体的特徴をネタにしたり、童貞をネタにしたり、非モテをネタにしたりっていうイジリが、面白いとされていますよね。

そういった「イジリ」に対して怒らずにうまく返すのがウケるというシーンが放送されていると、視聴者は“あれが上手なコミュニケーションなんだな。ああ言われたら、あんな風に返すのが正解なんだ。イジリはオイシイんだ”と学習してしまい、日常生活でもそれを応用してしまう。

バラエティ番組は「ショー」なのでその場で終わりますけど、職場とか学校でそれをやれば、やられる方にしてみれば「いじめ」になってしまいますよね。たとえ、話を振った側はバラエティ番組のマネをしたシャレのつもりでやっていたとしても。

バラエティ番組が人々のコミュニケーションのモデルになってしまっている構造には、見る人も、つくる方も、自覚的になったほうがいい。

――とはいえ、いままで積み上げてきた番組づくりの慣例を打ち壊すのは容易ではない気もします。

 

小島 テレビはもうそろそろ「テレビらしさ」の呪縛から放たれてもいいと私は思っているんです。

テレビというのは「画」をつくらなければいけない。ラジオの後に出てきたメディアであるテレビの強みは「画」だった。だから、どうしても「画」に縛られる。すると、どうしても刺激的なものを求めてしまう。

テレビは見ている人をもっと信用してもいいと思いますね。「見ている人はきっと難しい話は嫌いに違いない」「見ている人はゲスで、ショッキングなゴシップが好きだろう」とか、そんな視聴者像はもうリアルな社会の姿とはズレてきているのかなと思います。

いまはテレビにとって「チャンス」の時代

――いまはテレビ業界が「過渡期」なのかなと感じました。

小島 そう。だから、見方によっては、チャレンジしがいのある環境だと思いますよ。

いままでつくれたものがつくれなくなるのは窮屈だという気持ちも分からないではないですが、逆に、マンネリ化していたものを新しいものにする結構なチャンスでもあるので。

あとは、昔ながらのやり方では新しい視聴者層は獲得できないということを意思決定層が分かっているかどうか。上層部は新しい試みにチャレンジするスタッフを応援してあげてほしいですよね。

――「チャンス」というのは、テレビ番組をつくるスタッフのみならず、出演するタレントにとっても同じかもしれません。

小島 これからの司会者に求められるのはイジリ型から「受容型」の司会だと思っています。相手の話を聞いて、「あー、なるほどね。そういう風に考えたんだ。何で?」といった感じで、一回相手の話を受容しつつ質問することによって、相手の面白さを引き出していく司会術。決して新しい手法ではなく、むしろ定番とされてきた手法なのですが。

私は『エレンの部屋(The Ellen DeGeneres Show)』というアメリカのトーク番組が好きなのですが、彼女はプロモーションで登場するセレブにも、例えば性的少数者であることをカミングアウトした経緯や、キャリアの挫折などについても率直に温かく訊ねて、トークショーとしての楽しさと、社会に対するメッセージとを上手にミックスして出しているんです。視聴者との掛け合いもあるんですがそれも温かみがあって、とても後味がいいんですよね。バカバカしいクイズもあるし、素朴なびっくりを仕掛けたりもするんですが、相手を貶めて笑うものが一切ないので、屈託なく楽しめます。





相手のダメなところを笑いものにするというかたちではなくて、ゲストのもっているストーリーの面白さを引き出して、最後にはその人のことを祝福する。セレブも、普通の人も。あとスポンサーがいっぱいついているのかやたらとものをプレゼントする(笑)。そういう昼間の人気のトークショーなんですね。一方、夜のトークショーでは私の好きなスティーブン・コルベアやジミー・キンメルなどのコメディアンがかなり辛辣な風刺を連発していて、痛快です。

私は何でも「アメリカでは」という人は信用ならないと思っているのですが(笑)、こういう定番の番組は、やっぱり面白いです。日本のテレビは本当にクオリティが高くて作りも半端なく丁寧ですが、大御所の芸人さんが後輩や素人をイジったり、内輪ノリで無知や容姿をからかったりするのを笑うここ30年ほどのスタイルは、なんかもう見ていてハッピーにはならない……私があんまり偉そうに言うとお詳しい皆さまに叱られそうですが。

客観的に見ても、ハラスメントに対する意識も前より敏感になって来たし、いままでとは風当たりも違ってきている。だから、前と同じようにやっていると、すごい古い人に見えちゃうし、世間知らずに見えちゃう。いまはそういう状況なのかもしれませんね。

――ハラスメントを避けたポリティカル・コレクトネスな番組づくりを「つまらない」と敬遠する層もいますよね。

小島 これまでのお笑いというのは「お互いに生まれも育ちもある程度一緒で同質であること」が前提となっていて、そのうえで「内輪の論理」を読む力に長けていることが「洗練」されているとされてきた。

そういった背景のもとに「ダメ出し」を「笑い」としてきた価値観からすれば、多様性を尊重する「受容型」の司会はゆるいし、ダサいですよ。

でも、私は、誰かが嫌な思いをする笑いよりは、ゆるくてもいいからみんなが気持ちよく見られる笑いの方がいいと思う。テレビは「広場」なので。「内輪ノリ=洗練されている」とする笑いは、テレビではなく劇場などの、より先鋭化された場所でやる方向でいいんじゃないかと思います。

「いい番組」を増やすため、視聴者にできること

――『ワイドナショー』(フジテレビ系)における松本人志の発言が頻繁に炎上するようになったのも、そのように視聴者の意識が急速に変わってきたからですよね。では、いい番組を増やすために、私たち視聴者にできることはなにかありますか?

小島 番組を褒めることです! いい番組だと思うものがあったら、ただ見るだけで終わりじゃなくて、褒めてください。それも、ツイッターとかに書き込むだけではなく、テレビ局にメールするなり、電話するなりして、「良かった」と伝えるのがいい。





――電凸の逆パターンですね。

小島 人ってけなす方には一生懸命になりますけど、意外と褒める方には労力を割かないんですよね。だから、褒めてあげてください。いい番組をメチャクチャ褒めて、それを言いふらすと、似たような番組が増えてくるはずです。

というのも、テレビをつくっている人たちは、自分たちの番組がどう見られているかにすごく敏感なので、そのなかに褒める意見があると、とても喜ぶ。それが次につながっていくんですよね。

Wezzyを読んでいる人は、テレビを見ていて「ああっ(怒)!」となることも多いと思うんですけど、むしろテレビの良いところを見つけて褒めるのが、そういった状況を変える近道かもしれませんね。

――小島さんもそういう草の根活動をしているんですか?

小島 私はこれを日々やってます(笑)。たとえばこの前、バラエティ番組の収録の時に、ある芸人さんが司会者に向かって「それセクハラですやん!」ってツッコミを入れたことがあったんです。そのとき、休憩時間に芸人さんのところまで行って「さっきのすごい格好よかったです!」って言ったら、「女性はそう思うもんなんやな!」って。そういう風にポジティブに後押ししてるんです。

ある十代の人気女性タレントさんは、収録で熟年司会者などに対して果敢に「セクハラですよ」って言う方なんですよね。編集でカットされてしまうのだけど。彼女と二度目に収録が一緒になった時にも、「この前のあれ、とっても心強かった。私一人じゃないんだって思えたし、すごくかっこよかったです」とお伝えしました。嬉しそうにしてくれて、私も嬉しかったな。

だから、「SPA!」(扶桑社)のこともめちゃ褒めてます(笑)。「SPA!」は1月に「ヤレる女子大学生ランキング」という記事をつくって炎上しましたけど、その後の対応が良かった。抗議の署名活動を行った大学生たち(VOICE UP JAPAN)と話し合いを行って、さらに、学生たちから教わった性的同意についての認識をもとに、3月には性的合意の特集を組んだんです。この動きは素晴らしかった。ツイートで、VOICE UP JAPANの学生たちだけでなく「SPA!」のことも絶賛したら、1000以上のリツイート、2000以上のいいねがつきました。やっぱり、希望の見える変化はみんな嬉しいんだと思います。

ハラスメントに対して声をあげ、対話をし、それがフィードバックされたら褒める。そうして好循環がつくられていくと思うんですよね。

皆さんも、いいと思う番組があったら、是非ぜひ褒めてあげてください。

――「いいと思ったものを褒める」。これは誰にでもマネできそうですね。私もやってみたいと思います!

(取材、構成:編集部)

小島慶子
1972年、オーストラリア生まれ。小学生のころシンガポールと香港で暮らす。学習院大学法学部を卒業後、1995年にアナウンサーとしてTBSに入社。テレビ、ラジオに出演し、1999年ギャラクシー賞ラジオ部門DJパーソナリティ賞受賞。2010年に退社後は、タレント、エッセイストとして活動している。『気の持ちようの幸福論』『女たちの和平交渉』『失敗礼賛』『解縛』『大黒柱マザー』『不自由な男たち』(田中俊之氏との共著)など著作多数。『わたしの神様』『ホライズン』など小説も手掛ける。

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