東国原英夫が発信した「呪い」の言葉「世の中には頑張らない人がいる」

wezzy / 2019年4月18日 6時5分

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 4月12日に行われた東京大学の入学式における上野千鶴子・同大名誉教授の祝辞は大きな反響を起こした。

 上野千鶴子氏はまず、東京医科大学不正入試問題など具体的な例を挙げながら女性差別の実態を指摘したうえで、<頑張ってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています>とスピーチした。

 さらに上野千鶴子氏は、東大の入試を突破した入学生たちに対し、その結果は自分の努力だけで勝ち取ったものではなく、周囲の恵まれた環境が与えてくれたものであることを忘れるなと語ったうえで、<恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください>と諭した。

 上野千鶴子氏の言葉は、入学式の祝辞としては型破りな内容だけにニュースとして大きく取り上げられ、ワイドショーでもこのスピーチに時間を割いていた。そのなかで東国原英夫の発した的外れな発言が炎上している。

4年制大学進学率の男女差について東国原英夫が語ったこと

 4月15日放送『バイキング』(フジテレビ系)は40分近くの長尺を割いて東大入学式の話題を扱った。

 スタジオの雰囲気は上野氏のスピーチにおおむね賛意を示す空気だったのだが、そのなかで唯一反対の意見を語り続けたのが東国原だった。

 コメンテーターの席に座った東国原はMCの坂上忍から話を振られるたびに微妙な表情を浮かべて上野氏の語った内容に文句をつけ続ける。

 手始めは、上野氏が祝辞のなかで語った<2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。『息子は大学まで、娘は短大まで』でよいと考える親の性差別の結果です>への反論だ。

 これに対し東国原は、男子と女性で4年生大学への進学率が低いのは「女性自身の意志」であるとした。

東国原<女子中学生とか女子高生が進学するときに、本人の意志もあるんじゃないかなと思うんです。女性が手に職をつけると、たとえば、看護師であるとか、保育士であるとか、衛生士だとか、調理師だとか、美容師だとかね、そういった方向に進む方は4年生大学に進む必要はないんですよ。ですから、そういう方は4年生大学(の選択肢)を捨てると思うんですね。そういう調査をしての結果の結論なのかを僕は先生にお伺いしたい>



 東国原が例として挙げた職業は、女性でなければなれない職業ではない。最近では男性の看護師も増えてきているし、他の職業については言わずもがなだ。したがって、東国原の語る理由は、4年生大学の進学率における男女差を説明する理由にはならない。

 また、ここで東国原が例示している職業は、女性が会社の総合職として採用されることのほとんどなかった時代において、「女性でも就くことのできる職業」として女性の就職先になっていた職種でもある。もしも東国原が、進学率に7ポイントもの差を開かせるほど上記のような職業が女性に人気なのだと考えているのなら、それこそが女性差別が続いていることの証左でもある。

東国原英夫「ジェンダーギャップを埋める主体的な女性が日本は少ない」

 東国原がいかに社会における女性差別の構造に無頓着なのかは、他のコメントでも浮き彫りになっていた。端的にそれが示されたのは、日本におけるジェンダーギャップについて語られたときだった。

 まず、坂上は上野氏のスピーチを読んだうえで、<ここまでのことを言う女性ってなんで少ないんだろうって思いました。政界に関していえば、なんでいまだに女性の議員さんってどうしてこんなに少ないんだろう>と、女性議員の少なさに関する議論を振る。

 すると東国原は、統一地方選挙の候補者選びの際に、女性の立候補者がまったく出てこなかった党や地域があると説明し、それも「女性のせい」であると語ったのだ。

東国原<女性でなりたいという人が少ないんです。それは男性社会だから、男性環境だから行きたくないというのもひとつあるけれども、面倒くさいことが嫌だとか、行ったら子育てできない結婚もできないとか、そういう理由で諦められる方もいらっしゃるってことも事実なんですね。ですから、ジェンダーギャップ指数っていうのは、確かに世界で110位ですよ。日本は低いんですけれども、それは、僕が考えるにはですよ、ジェンダーギャップを埋めようと思う主体的な女性がまだ日本国内では少ないんじゃないかなと思っています。たとえば、結婚について『私は専業主婦の方がいいわ。専業主婦になりたいの。高等教育はいいわ』と自分で考えられる方が多いと思うんですね。これは国民性なんです。ですから、それを国連が言うように同数に引き上げるというのを無理に行わなくても、僕はいいんじゃないかと思う>

 もしも、女性に「専業主婦」志向なるものがあるとしたら、それは国民性などではない。「国や社会のせい」だ。



 長時間労働に耐えなくては働けないような仕組みが是正されず、さらに、子育て・家事・親の介護といったものが女性に押し付けられている状況では、女性はまともにキャリアを重ねることもできない。

 「専業主婦の方がいいわ」というのは「専業主婦になりたい」という意味ではない。「専業主婦にならざるを得ない」という意味である。だから、ジェンダーギャップは無理やりにでも押し上げなくてはならない。しかも、それは急務だ。

 しかし、東国原はあろうことか先のコメントに続け、<でも、たとえばね、家庭内を考えたら圧倒的に女性が権力をもっている。女性の方が、奥さんの方が権力を持っているんですよ。そこは数値化できないんですよ。家庭を会社と考えたら。そこも数字に入れたら、日本のジェンダーギャップ指数は女性の方が上になると思いますよ。そういう数字を入れていないということを、僕は先生にちょっと忖度していただきたかったなと思いますね>と笑い話にすり替えようとし、実際スタジオにも笑いが響いていた。

 家庭内でどちらが大きな声をもっているかなんてなんの関係もない。また、女性の方が家庭内で強い力をもつという構図があるのなら、それは「女性差別がない」ということの立証材料ではなく、「女性は家庭に縛られている」という呪いの証明に他ならないだろう。

東国原英夫が語る「女性に対する呪いの言葉」

 もうひとつ気になったのが、上野氏のスピーチにある、<あなたたちが今日『頑張ったら報われる』と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持って引き上げ、やりとげたことを評価して褒めてくれたからこそです。世の中には、頑張っても報われない人、頑張ろうにも頑張れない人、頑張り過ぎて心と体を壊した人たちがいます。頑張る前から、『所詮、お前なんか』『どうせ私なんて』と頑張る意欲をくじかれる人たちもいます。あなたたちの頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を貶めるためにではなく、そういう人々を助けるために使ってください>に対する東国原のコメントだ。

 東国原はこの部分にも、「頑張らないダメな人がいる」と異論をぶつけた。

東国原<ただね、僕は違う視点で、『努力は裏切らない、頑張りましょう』というようなメッセージもあっていいんじゃないかと思う立場です。先生がおっしゃる、『頑張れない人がいる』と、『頑張って心と身体を壊した人がいる』と、あのなかにひとつだけ足りないのは、『頑張らない人がいる』ということを言っていないんです。世の中には頑張らない人がいるんですよ。頑張れるのに。その方たちをどうするかという問題提起はされていないなというのが、僕はちょっと疑問でしたね>



 典型的な「自己責任論」である。東国原はなにを基準に「頑張れるのに頑張らない」と決め付けるのか。

 東国原の意見は一貫している。彼は「あなたが差別され、苦しい立場にいるのは、あなた自身が差別されている状況に甘んじているからだ」という呪いの言葉を、公共の電波に乗せて発信したのだ。

上野千鶴子のスピーチは入学式に語られるからこそ意味のある言葉である

 上野氏の祝辞には、「こんなスピーチはお祝いの席で言うことではない」「卒業式ならまだしも入学式でこんなことを言うなんて……」といった批判も起きている。

 しかし、東国原のコメントの存在自体が端的に示す通り、大学を卒業して社会に出れば、なんの疑問ももたず差別を肯定・強化するような意見を開陳する人々がおり、そして残念ながらそれは決して少数ではない。

 社会に出ればそういった「ヘル日本」が待っている。この現状を打破するために大学でどんなことを学べばいいか──新入生には「未来」があるからこそ、上野氏はそういった言葉をかけた。

 入学式だからこそ、こういった警鐘が鳴らされたことに大きな意味があったのである。

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