小泉今日子は不倫に酔いしれ再婚目的で豊原功補に「尽くして」いるのではない

wezzy / 2019年5月23日 5時5分

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 昨年2月、俳優・豊原功補(53)と恋愛関係にあることを公表した小泉今日子(52)だが、最近の二人には隙間風が吹いていると「女性自身」(光文社)が報じた。

 豊原には別居中とはいえ妻子があることから、関係公表後には「人の家庭を壊した俳優の顔など見たくない、テレビに出すな」「昔はカッコよかったのに……キョンキョンにはがっかりした」など、小泉と豊原を非難する声が一気に噴出。その結果、それまでコンスタントにテレビドラマに出演し続けていた豊原の姿をテレビ画面で観ることは少なくなった。

 また小泉は「しばらく裏方に徹したい」との理由で女優を休業。もっとも小泉の場合、恋愛関係を公表する前から自身のエッセイで「これからは若手をサポートしたい」ということを度々語っており、ちょうどそのタイミングと重なったということもあるだろう。2020年には本格的に女優復帰することを最初から名言しての休業である。

 イメージを最優先しなければならない芸能人が、不倫恋愛関係を赤裸々に世間に公表する――。それはなにも小泉が初めてなわけではなく、萬田久子や樋口可南子など昭和の時代ならそういう例はいくつかあった。だが、時は平成、令和と流れ、いまや不倫はネット上ではもっとも叩きやすい大ネタとなっている。そんな時代の流れを充分知った上で公表した小泉と豊原にはそれ相当の覚悟があったであろうことは想像に難くない。

 互いに仕事が激減することを予測してまで公表した背景には、「公表することで、豊原を離婚に追い込む」目的があるとまことしやかに囁かれているが、実際、堂々と交際したいという気持ちはあっただろう。それまでもスープの冷めない距離に住んでいた2人は、不倫公表後には小泉のマンションで同居をスタート。休業中の小泉は、舞台を活躍の中心の場とした豊原のマネージャーとして彼の身の回りの世話や送迎をこなすようになった。

 だが、公私ともに24時間一緒にいる2人に限界がきているのではないか、と記事にしたのは5月21日発売の「女性自身」だ。記事によると、小泉のおせっかい焼きが原因で喧嘩になることが増え、小泉の束縛の強さに辟易した豊原は現在小泉のマンションを出て徒歩10分のところに仕事部屋を借りて住んでいるのだという。

 ただ、同棲を解消しても、小泉が豊原をサポートする形は変わらない。豊原は5月25日から都内で始まる舞台で「後家安とその妹」に企画・脚本・演出・出演と4役をこなし、小泉はこの舞台を制作した「明後日」の社長である。「自身」は舞台稽古を終えて焼肉ディナーを楽しんだ2人が並んで歩く写真を掲載し、新たに借りた自分のマンションにひとり戻る豊原を見送る小泉の背中がどこか寂し気だったと伝えている。

 また、スポーツ紙は19日に同舞台のPRのため豊原ら出演者と共に新宿の街を練り歩いた小泉の写真を掲載。ネットでは「こんな男のどこがそんなにいいの」「キョンキョンは尽くすよりも尽くされて大事にされる方があっている」「未だにこんな古い尽くし方をするなんて、キョンキョンらしくない」「束縛キツイとなると、豊原にとって面倒な女になり始めたな」などの声も飛び交っているのだが……。

小泉今日子は「女は男に尽くして当たり前」だった世代

 筆者は小泉とは同世代である。いまの40代後半から50代の女性には「女は男に尽くして当たり前」という思想が悲しいことに生まれながらにして刷り込まれてしまっている。親からも、ときには先生からもそういった内容で教育を受けて大人になった。男性が働き、女性が陰で(陰で、がポイント。前にしゃしゃり出てはいけないのである)そっと静かに支える。それを理不尽だなんて思っちゃいけないし、口に出してもいけない。残念ながら我々世代はまだそんなことを平気で口に出す人が<多勢>であった時代を生きていたのだ。筆者は若かりし頃からどうしてもそんな風潮にはなじめずに、生き辛い思いをしたものだ。<イクメン>なんて言葉が生まれるだなんて、想像もしていなかったのである。

 なにが言いたいかといえば、小泉は不倫に酔いしれて<尽くしている>のではないと思う、ということである。事実、元夫の俳優・永瀬正敏と離婚の原因を聞かれた際にも「日本の女はかくあるべし」という意識が自分の中にあり、それで自縄自縛に陥った部分があったとも述べていた。幼い頃からしつこいほどに刷り込まれてきた「日本の女はかくあるべし」という考えからは、そう簡単には自分を解放できない。小泉が記事通り豊原に献身しているのだとしたら、「ここまで尽くせばきっと離婚して、私と再婚してくれるはず」なんて魂胆から豊原の世話を焼いているのではなく、女性として同棲中の彼女として「これが当たり前」だと思っているのではないだろうか。

 さらに言うと小泉がいま尽くしているのは、なにも豊原だけにではないだろう。舞台を一緒に作り上げる若い俳優や音響や大道具を作るスタッフにも小泉なりに尽くしているのだと思う。きっとそこにはこれまでアイドル・女優・歌手として大勢の人からサポートされてきた小泉なりの恩返しもあるはずだ。

 キョンキョンらしくない、カッコ悪い、とどんなに叩かれてもこればかりは仕方ないのだと筆者は思う。小泉は「日本の女はかくあるべし」の思想が根強く残る世代だし、なによりきっと母性本能が人一倍強いタイプなのだろうと思うから。これまで小泉が交際してきた面々を見てもわかる。元夫である永瀬正敏、長く一緒に住んでいたとされる元チェッカーズの藤井尚之、亀梨和也……いかにも母性本能を強烈にくすぐってくれそうなメンツではないか。

 また、「自身」は束縛と書いているがそれも少し違うように思う。おせっかいで世話焼きではあるかもしれないが、それと束縛は異なるもののはずだ。小泉はつまり日本の伝統的なオカン気質が残る昭和の女性なのではないか。母性本能をくすぐる男を見たら「しっかりしなさいよ」と尻を叩き叱咤激励したくなってしまう。豊原功補はまさにその小泉の母性をフル回転させてくれるドンピシャの男性であろうことは、あの小泉との恋愛を公表した際の豊原の会見での言動を見ればよくわかる。わがままな男の子がそのまま大きくなって、一丁前に大の大人の男のフリをして精一杯かっこつけて強がっていた。そんな風にしか見えなかったではないか。

 筆者は今年3月に都内で豊原出演の舞台『空ばかり見ていた』を鑑賞した(主演は森田剛)。テレビからは干され気味の状態にあるのが惜しいと思うほどに、舞台の上の豊原は非常に味があり存在感も華もあった。役者としての才能は大いにあるけれど、私生活ではどこかダメで甘えん坊の香りのする男。そんな男のために尽くして何が悪いのか、という話である。もちろん「不倫なんだからダメだろう」という反論はあろうが。ただ、離婚や再婚という目的ありきの、打算的な献身には見えないのであった。

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