BTSを通して触れる“多様性” 7人が世界と世界をつなぎ、人々は文化的境界を越えていく

wezzy / 2019年7月16日 9時5分

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 わたしが彼らと対面してから、早いもので5年以上が過ぎた。

 2014年6月20日、13時30分からの1時間強。わたしがBTSこと防弾少年団ことバンタンソニョンダンを取材したのは、後にも先にもその一回きりである。以来、コンタクトはない。いつぞや、さいたまスーパーアリーナ公演で、ラップ・モンスター(わたしは今でもRMをこう呼ぶ)が乗る「お立ち台カー」がスタンド客席に近づく中、わたしの方を向いた時に彼の顔が微妙に引きつったように見えた……が、気のせいだろう。

 だが、なんにしても、その一度だけの取材はわたしの宝物である。『これは水です』のデヴィッド・フォスター・ウォレスと過ごした数日間を記したメモワールがベストセラーとなり、『人生はローリングストーン』として映画化までされたDavid Lipskyに通じるだろうか(?)。

 その一回きりの取材直後に撮った、BTSとわたしが一緒に写った「証拠写真」。それをARMY諸氏がウルトラ拡散してくれたため、わたしのツイッター(DM開放)には、見知らぬ人々からメッセージが届くようになった。しかも世界中からだ。アメリカ、ブラジル、ドイツ、スペイン、オマーン、サウジアラビア。トルコやカタールならともかく、「極めて保守的な社会」と評されるサウジアラビアの女子高生とやり取りするようになるとはなあ。

 数百年のアレコレを経て仲がこじれてしまった、韓国の近くて遠い隣人である日本が見逃しがちなのは、防弾少年団のこんな部分ではないか……と時おり思う。BTSは軽々と諸文化を繋いでしまうから、彼らのファンであるだけで世界の多様性に触れることができるのだ、君が受け入れさえすれば。

 信じてくれ、既にわたしはその多様性のネットワークに取り込まれている。

多様な文化・歴史にリスペクトを捧げるBTS

 多様性のカギは、互いの違いを認め合い、各自が背負っている歴史を尊重すること。BTSの姿勢に関して言えば、それは彼ら自身が意識してのものだろうと思う。

 例えば2017年8月、シンガポールで。同国でのコンサートにて、事前提出したスマートフォンの番号から無作為に抽出されたファンと個別セルフィーを撮るという企画があった。そのファンのうちの一人がヒジャブを着用しているのを見て「あっ、ムスリム女性だ」と気づいたJ-HOPEは、メンバーに「直接の接触を避けるように」と呼びかけたという。握手やハグが親愛の情を示す流儀だとしても、それを好まない文化もあるのだから。……この一件に関するわたしの感動は、文章では伝えきれないだろう。ただ、機会があるたびに「これからの地球人はホソクのようにあるべきだ」と人前で話しているという事実は記しておく。

 それと。K-POPリスナーなら気づいているだろうが、韓国語には英語の「Nワード(黒人に対する侮蔑語。転じて、黒人が仲間内で使う呼びかけの言葉)」に似た響きの単語がある。そこでBTSはアメリカ公演において、歌詞に登場するその語句を別の単語に置き換えようという努力まで見せた。わたし自身は、「何もそこまでやらんでも」とは思う。だが、その真摯さは、「留学先で壮絶な体験をした」ことを売りにNワードを使っている日本人と対比して考えると、非常に興味深い。

BTSは世界中の人々の価値観を変えている

 もちろん、BTSがそういう姿勢で臨んでいても、周囲が彼らを同様に遇してくれるとは限らない。

 2017年5月、彼らがBillboard Music Awardで初めてTop Social Artistを受賞した時は酷かった。「この変な髪型したアジア人たち、誰?」「最近はアワードも落ちたものだ」「厚化粧のエイジャンが、本物の有名人を蹴落として賞を取るなんて」「逆にアメリカ人が韓国の音楽賞をとることなんてないだろ? さっさと韓国に帰れ」といったレイシスト・コメントがSNS上で吹き荒れた。

 でも防弾少年団は、そういった批判もやんわりと、しかし実力で押さえ込んできたように思える。

 この動画を見て欲しい。朗らかだが、視野の狭い白人男性YouTuberによるリアクションビデオだ。



 普段はヒップホップしか聴かないそうで、ジャンルが少しズレたスティーヴ・アオキすら知らないことが別のビデオで判明する。そんな彼が「最近流行るK-POPなるものを見てみむとてするなり」と防弾少年団「Not Today」を見てみるのだ。

 冒頭のシーンで走るジョングクを見た彼は「こいつ本気で走ってる! “セール中だ”って感じだな」と発言する。これは、「アジア人/アジア系はケチで、安売りになっているものしか買わない」というステレオタイプに基づく、はっきりと差別的な言動だ。しかし、同MVの映像面に引き込まれた彼は、やがてラップ・モンスターを見て「君、なんて可愛いんだ……自分の性的傾向に疑問を持つようになってきた」とつぶやく。数分が過ぎる頃には「歌えて、踊れて、ストレートの俺をゲイに変えるほどプリティ」とBTSを絶賛するように。この男は、その後もBTSのリアクションビデオを作っていくことになる。

 防弾少年団の魅力が文化的境界を飛び越える瞬間を目撃するのが好きで、彼らのMVに対するリアクションビデオを100本以上見てきたわたしが特にお勧めしたいのは、カリフォルニア州コンプトンの黒人青年YouTuberだ。



 「DNA」や「Blood Sweat & Tears」でBTS入門した彼は、今ではほぼ完全にK-POP専門YouTuberになってしまい、「CLと結婚したい」などと発言している……。

BTSは「失敗」を糧に学び続けた

 もちろん、BTSに粗相がないわけではない。

 初期の彼らは、いわゆるティピカルなヒップホップ・アティテュードを追求していた節もあり、そういった傾向から、一部のリリック──「War of Hormone」の<女は最高の贈り物だ>や、「Can You Turn Off Your Phone」の<食事を目で食うのか? 女子みたいに>──が生まれたのだろう。

 だが、人は生きて、学んで、成長していくもの。こうした詞に対する批判、それを受けての反省から生まれたのが女性たちへの応援ソング「21st Century Girls」だった。そういった成長が、やがてはアルバム『Love Yourself』シリーズに結実し、国連でのスピーチにまで到達したと言える。



 日本人(とユダヤ人)なら誰でも知っている通り、より政治的な件もある。原爆Tシャツに関しては……わたしとて、趣味がいい服だとは決して思わない。とはいえ、1945年までの何十年も朝鮮半島を植民地支配してきた日本が、あの時代のことを負い目なしに語れるとも思えないのだ。(参照→今こそ考える「原爆Tシャツ」のこと。そして贖罪と、「存在しない正義」について)

 韓国人を見ると反射的に「反日!」と叫ぶ人は、あのTシャツ事件の前からたくさんいた。しかし、「そんなに反日なら、なぜ防弾少年団は日系人のスティーヴ・アオキと3度もコラボレートしたのか?」と問いたい。もっとも、スティーヴは革命的反帝国主義同盟(Revolutionary Anti-Imperialist League)という団体の支部長を務めていた超絶左翼なので、連中から見たら「やっぱり反日だ!」ということになるのかもしれないが。

BTSが成し遂げた「アジア人/アジア系男性」としての偉業

 アメリカの人気トーク番組に『The Ellen DeGeneres Show』、通称『エレンの部屋』と呼ばれるものがある。その番組にBTSが初出演した際の「MIC Drop」のパフォーマンスは画期的だ。



 「多様性」とは、場内を埋め尽くす女性ファンのためにあるような言葉だろう。アフリカ系、ラテン系、白人、そしてもちろんアジア系。この多様なオーディエンスが、シュガのパンチライン「ミヤネ、オンマ~(ごめんね母さん)」を大合唱する様子は……当方、勝手に感無量だった。

 これが画期的な理由:アジア人/アジア系男性の集団が、多様なオーディエンスに満場一致でattractiveと認められた、近代以降でたぶん初めての瞬間だからだ。

 この世の中にはいろいろなヒエラルキーがある。権力、体力、学力、等々。その中で無視できないのは、attractiveness(魅力)のヒエラルキーだ。この何百年か、欧米主導の世界にあって、我々アジア人/アジア系の男性は、魅力ヒエラルキーの最底辺に位置付けられてきた。なのに、そんなエイジャンの男性7人が、多様な人種の女性たちをキャーキャー言わせているさまは……感無量と言わざるを得まい?

 さらには、今年の年初にはアメリカを代表する玩具会社、「バービー人形」のマテル社からBTS人形が展開されることが発表に! これまた、アジア人/アジア系男性のレプリゼンテーションとして破格の躍進と言えるだろう。

 実物写真が公開された時に感じた、ある種の衝撃はまた別だが。

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