アマゾン社員を苦しめるリストラ制度「PIP」 対象となった社員はどうなる

wezzy / 2020年4月8日 8時0分

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 3月3日、アマゾンジャパンで働く40代の男性社員が、会社側を相手に減給や降格の懲戒処分は不当であるとする労働審判を東京地裁に申し立てた。

 男性は「コーチングプラン」といわれる業務改善計画(PIP)の対象となり、出店業者と交渉してアマゾンプライムの対象商品を増やす、配送業者とのプロジェクトを管理して売上を伸ばすといった目標を設定された。

 男性はこれらの目標をクリアしたが、上長は「書面で書いてあることを達成しただけではコーチングプランができたとは認めない」と言い、何を改善すればいいのか尋ねても、それは自分で考えるように言われたという。精神的に疲弊した男性は、コーチングプラン実施から2カ月で適応障害と診断されたそうだ。

 このPIP、コーチングプランという制度は、一見すると社員の業務改善のための教育プログラムのように見えるが、アマゾンを始めとする外資系企業を中心に退職勧奨のためのシステムとして使われてきた。最近ではPIP、コーチングプランを導入する日本企業も出てきている。

 消費増税に新型コロナ感染症の影響もあり、これから先、世界経済が出口の見えない不況へと入り込んでいくことは間違いない。もちろん日本も例外ではなく、PIP、コーチングプランの犠牲となる労働者も増えるかもしれない。

 ではPIP、コーチングプランとはいかなるシステムで、この対象となった労働者はどう戦えばいいのか。

 アマゾン・ジャパン労働組合が加盟する東京管理職ユニオン執行委員長の鈴木剛氏に話を聞いた。

鈴木剛
労働運動家、全国コミュニティ・ユニオン連合会(JCUF・全国ユニオン)会長、東京管理職ユニオン執行委員長。主な著書に『中高年正社員が危ない 「解雇ルール見送り」に騙されるな』(小学館)、『解雇最前線 PIP襲来』(旬報社)、『社員切りに負けない!』(自由国民社)がある。

──PIP、コーチングプランというのは、どういったものですか?

鈴木剛(以下、鈴木) まず始めに存在していたのはPIPです。略さずに言うと、Performance Improvement Program、もしくはPerformance Improvement Planとなりますが、これは「従業員改善プログラム・プラン」のかたちをとりながら、実質的な退職勧奨システムとして機能しているものとなります。

 もともとはアメリカの企業にあったもので、アマゾンだけでなく他の会社も導入しており、それが外資系企業の日本法人に持ち込まれました。

──PIPのターゲットになるとなにが起きるのですか?

鈴木 まず、「営業成績が悪い」「周囲とのリレーションが悪い」「企業のカルチャーにフィットしていない」といった理由で、通常の業務とはまた別に課題を与えられます。

 さらに、PIPを受けるにあたり、課題を一定の期間内に達成することができなければ、降格や賃金ダウンを受け入れなければならないという契約書にサインさせられる。

 これがひどいのは、課題は始めから達成困難な場合が多く、さらに課題に取り組んでいく過程で従業員の尊厳を傷つけるようなパワハラが行われ、自分から辞めざるを得ない精神状態に追い込まれるということです。

 こういった仕組みで、表向きは社員教育を通じて業務改善を図っていくとしながら、実質的な退職勧奨となっている。

──それは問題ですよね?

鈴木 実際、違法性の高いものであるとして批判の対象となりました。そこで出てきたのが「コーチングプラン」です。これはPIPの前段階にあたる。

 コーチングプランはPIPと違い、課題が達成できなかった場合に降格になるとか賃金が下がるといったことは書面に書かれていない。

 あくまで「弱点を克服し、あなたの能力を発揮する機会をあげますよ」ということで行われますが、実質的にはPIPと同じです。コーチングプランで課題を達成できなければPIPに移行するし、そもそも、コーチングプランの段階でハラスメントに耐えることができずに辞める人も多い。

──海外では問題になっていないのですか?

鈴木 もちろん問題になっていて、数年前にアメリカのアマゾン本社の従業員が飛び降り自殺を図る事件が起きていますが、その人はPIPの対象であったそうです。

 ストレートにリストラをすると裁判で負ける可能性が高いため、人事評価や業務命令権でカモフラージュした、非常に非人間的な手法であると、そういう風に見られるようになってきていると思います。

PIP、コーチングプランではどんな課題が与えられる?

──PIP、コーチングプランでは具体的にどんな課題が与えられるのですか?

鈴木 典型的な例でいうと、大きく分けて2つあります。

 ひとつは数字で達成目標を示されるケース。数字が目標になっているのであれば評価基準が明確かといえば、そうでもないのが問題です。

 たとえ課題をクリアできたとしても、後から計算方式を変えられて達成できていないことにされるケースがある。

 また、先日会見した男性の場合がそうでしたが、数値目標を達成しても、それが業務改善プログラムの達成と見なされないこともある。要は、結果は最初から決まっている茶番なわけですよ。

──出来レースですね。

鈴木 だから、そもそも絶対に達成不可能な目標を課されるケースもありますね。

 日本においてPIPを用いた解雇で裁判となった有名な例としては、アメリカの通信社・ブルームバーグ東京支局のものがありますが、このときは、週1本の独自記事や、月1本の編集局長賞級の記事を要求する課題が求められたうえ、達成できなかったことから解雇されています。

──もうひとつのパターンはどのようなものですか?

鈴木 もうひとつの例としては、評価の基準が明確でない課題を出されるパターンですね。

 たとえば、「企業の理念に合っていない」とか「企業のカルチャーにフィットしていない」という問題に対処するために、通常の業務の他にレポートの提出などを求められるわけです。

 この場合は数字以上に上長が生殺与奪の権を握ることになる。レポートは評価の基準が曖昧だから、なんとでも揚げ足が取れますよね。文章の書き方であるとか、文字数であるとか。

PIP、コーチングプランの対象となったら

──消費増税でただでさえ景気が落ち込んでいるところに、新型コロナ感染症に伴う世界全体の景気後退が重なり、雇用に不安をもっている人も多いと思います。現状では、PIPやコーチングプランは外資系企業特有のものであると考えていいのですか?

鈴木 いえ、ここ最近はベンチャー企業を中心に、日本企業でも導入され始めているようです。

──多くの人にとって他人事ではないと。私たち労働者がPIP、コーチングプランの対象となったらどうすればいいのですか?

鈴木 まず大原則として、労働契約法の第三条には<労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする>とあります。つまり、労働者と会社は対等な立場でなければならないわけです。

 そのうえ同法第三条には<労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない>ともある。これに背いて会社が労働者に対して理不尽な命令をくだすことは業務命令権の濫用にあたる。

 これらのことをまず頭に置いておく必要があります。

──はい。

鈴木 だから、課題が与えられるのであれば、それが合理的なものであるかどうかを判断する必要がある。たとえば、同じ部署の他のメンバーは課題が与えられていないのに、自分だけが与えられているという状況は合理性が欠ける。そういった場合は説明を求めるべきですね。

──なるほど。自分自身、そのような判断力を持つ必要があるわけですね。

鈴木 あと、労働契約法の第四条には<労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする>とありますので、業務以外に課題をこなすことを命じられる際には、出来る限り書面でもらってください。後々、裁判となった場合、これが大事になってきますから。

自己評価が異常に低い日本の労働者

──ただ、いざとなったときに、そういったことを言えるかといったら……多くの人にとって、ハードルは高そうです。

鈴木 労働者の側が上司や経営層に対して「なぜ自分にだけ課題が出されるんですか?」と言うのはなかなか勇気のいることですよね。特に、日本の労働者は自己評価が低いですから。

──新自由主義的な価値観が社会の隅々に浸透し、多くの人が「自己責任論」を内面化してしまった現状では、たとえそのような退職勧奨にあったとしても「課題をこなせなかった自分が悪い」と自分の中で結論づけてしまう人は多い気がします。

鈴木 『雇用融解 これが新しい「日本型雇用」なのか』(東洋経済新報社)という本を出された東洋経済の風間直樹さんがユニクロの取材を長期にわたって行っているのですが、ファーストリテイリングを辞めた若者に話を聞いたところ、多くの人が「柳井正さんの素晴らしい経営理念に自分の能力がついていけなかった」といったようなことを語ったそうです。

──その考え方、なんとなく分かる気がします。

鈴木 でも、日本の労働契約法では、たとえ仕事ができないからといって解雇することは許されないことになっています。

 たとえば、「セガ・エンタープライゼス事件」という有名な判例がある。これはゲーム会社のセガが従業員に対し、「労働能率が劣り、向上の見込みがない」として解雇したことで裁判になった例です。

 当時、セガは就業規則に定める解雇事由として「労働能率が劣り、向上の見込みがない」場合を定めていました。

 しかし、これは裁判で無効となっています。裁判では解雇された従業員が下位10%のローパフォーマーであったことは認められている。でも、それを理由に解雇とすることは権利の濫用であるとされた。

 日本の労働契約法ではそのような解雇は認められない。そのことは知っておく必要があると思います。

──知っていると、知らないのとでは、大きな違いです。

鈴木 アマゾンもそうだと言われていますが、部署のなかで相対評価を行うことによりローパフォーマーをつくり、その人には辞めてもらうシステムをつくっている会社がある。

 そうして空いた枠に、さらに高い能力をもつ人材を入社させることで、組織の新陳代謝をはかり、持続的成長を可能にさせるという設計思想ですね。

──現状で自分のパフォーマンスに自信を持つ社員は「そうすべきだ」と思うかもしれませんが、今日はクビを切る側だった上司も、次の期では自分がクビを切られる側にまわるかもしれない。そんな労働環境、生きにくくて仕方がないのでは。

鈴木 だから、できる限り外の情報を仕入れて、会社の指揮命令の中にも守るべきルールがあるということを学んでおくことが大切ですね。私たちのような労働組合に加入することも選択肢のひとつでしょう。

 別に、労働組合に入っていることを会社に言う必要はありません。実際、隠れ組合員みたいな人もたくさんいますから。こういう場所に来ればなかなか学ぶ機会のない法律を学ぶこともできるし、他の会社がどうしているのかの情報交換もできる。

 あと、いざとなれば、会社を相手に交渉することもできるし、転職情報をもらうこともできる。

──最近は日本でも労働組合に入る人の数が増えていると聞きます。

鈴木 裸の労働者がひとりでずる賢い企業に立ち向かうのは非常に難しい。

 まずは、知ること。知る機会をつくること。そうしないと、上司から色々言われてマウンティングをとられた状態では、なかなか対抗することはできないでしょうね。

(取材、構成、撮影:wezzy編集部)

 鈴木氏への取材を踏まえ、編集部はアマゾンジャパンに質問状を送り、以下のような回答を得た。

質問1:アマゾンはどのような意図で従業員に対しPIP、コーチングプランの課題を課しているのですか?

回答:Amazonでは、社員とのコミュニケーションを密に取り、個々の社員の強みや将来の可能性に合わせて研修やコーチング、メンターシップなどの様々なプログラムを提供することで、社員一人一人の成長をサポートしています。

質問2:アマゾンは、PIPおよびコーチングプランを使って従業員を心身ともに疲弊させ、退職へと向かわせているとの訴訟や報道が出ていますが、実際そのようなかたちで用いているのでしょうか?

回答:本団体の主張は真実に基づくものではなく、一方的なものです。 Amazonは、日本で7000人以上の社員を雇用し投資を継続しており、また社員一人一人の成長を支援し、社員の貢献を評価し適切な報酬や特典を提供しています。LinkedInの2019年の働きたい企業ランキングでは、日本で1位にランクインしています。

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