韓国で失踪する児童たち…韓国社会の闇に踏み込む映画『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』

wezzy / 2020年10月4日 8時0分

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 アジア全土でブームを巻き起こしたほか、日本でも今やおなじみの“史劇(サグク=韓国時代劇ドラマ)”の先駆け的作品として人気を博し、その後、パチンコ台にもなったドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」(03年)。その主演を務め、かの金正日総書記も熱狂的ファンだったことで知られる国民的女優、イ・ヨンエ14年ぶりのスクリーン復帰作として、制作発表時から大きな話題を呼んでいたのが、『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』(19年。日本公開は20年9月18日)である。

 本作でヨンエが演じるのは、6年前に行方不明になった当時7歳の息子を捜し続ける母親・ジョンヨン。09年に実業家と電撃結婚し、芸能界引退を表明した彼女の前作『親切なクムジャさん』(05年)で演じた“復讐鬼と化す母”のインパクトが大きかっただけに、本作が長編デビュー作となったキム・スンウ監督には、ヨンエへのリスペクトも感じられる。しかも、彼女自身が11年に双子の母親になっており、あえて復帰作としてジョンヨン役を選んだことは、ただならぬ意志を感じ取ることができる。

 それにより、本作の冒頭で精魂尽き果てた表情で、海辺を彷徨い続けるジョンヨンの姿には、いろいろな想いを感じ取ることができる。『母なる証明』(09年)のダンスにも通じる謎めいた感は、チャングムのような聡明さやクムジャのようなチャーミングさ、そして「お嫁さんにしたい国民的女優」など、これまでのヨンエとは明らかに違う表情が浮かび上がる。

 情け容赦ない内容・展開で知られる韓国映画だけに、スンウ監督はその後もジョンヨンに“不幸のつるべ打ち”ともいえる過酷な試練を叩きつける。息子に関する悪戯にしか思えない怪情報に始まり、捜索中だった夫の突然の事故死、そして情報提供者を裏で操っていた義理の弟。そして、ジョンヨンがたどり着いた人里離れた釣り場を営む、謎の“ファミリー”との遭遇……。その予期せぬ展開は、『悪魔のいけにえ』(74年)にも通じる田舎ホラーとしての一面も覗かせていく。

 本作には、実在するモデルや事件は存在しないが、劇中ではビラ配りや横断幕の掲示、そして足を使った地道な捜索活動に、「行方不明家族 捜索の会」である人々との関わりなどがリアルに描かれている。

 実際、スンウ監督は「いつも通りかかる場所で、偶然見かけた横断幕を掲げた両親の姿に心を打たれて、本作の脚本を執筆した」と語っているが、これらは実在した幼児失踪事件を映画化した中国映画『最愛の子』(14年)との共通項も見ることができる。



 ヴィッキー・チャオが事件の被害者でも加害者でもある母親役を演じ、公開後には刑法の改正法案によって、誘拐された子どもや女性を買うことが重罪と規定されるなど、大きな影響を及ぼした『最愛の子』。その劇中では、捜索願を出しても「失踪後、24時間は事件として扱えない」という公安警察の対応が描かれていた。

 それに対し、韓国警察は行方不明の通報を受ければ、速やかに捜査に入るものの、48時間が経過すると、「長期失踪」に分類され、それ以降の捜査は円滑に行われなくなるという違いがある。これは人員不足によるものが大きい。14年以降は減少傾向にあるものの、それでも韓国における届け出があった18歳未満の失踪児童の数は、毎年2万人前後に上る。

 ちなみに、『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』でジョンヨンに襲い掛かる、釣り堀の“ファミリー”の中には、ジョンヨンの息子同様、何者かによって、ここに送り込まれた知的障がいを持った人物も登場する。ここから察するに、スンウ監督は14年に発覚した「新安塩田奴隷労働事件」からも、大きなヒントを受けたといえるだろう。

 違法な職業斡施業者に誘われ、離島に送り込まれた知的障がい者たちが、塩田関連施設で劣悪な環境と周囲の黙認の下、強制労働させられていた怪事件は、女性記者の視点で描かれた『奴隷の島、消えた人々』(16年)でもテーマになっており、本作と観比べることで、さらに“恐るべき闇”が見えてくるかもしれない。

 そして、ある種の洗脳によって、“ファミリー”を牛耳るホン警長を演じるのは、日本でもブームを起こしたドラマ「梨泰院クラス」(20年)で主人公の宿敵・チャンガグループ会長役を演じたユ・ジェミョンという、旬なキャスティングにも注目したい。ドラマ「秘密の森〜深い闇の向こうに〜」(17年)ではチャンクナイト(イ・チャンジュン+ダークナイト)という造語を生んだムカつくほどの芝居は、本作でも炸裂。自身の規律と秩序を持ち、権力を振りかざし、よそ者に対して警戒する警長の姿は、憎っくきチャンガ会長の姿にも重なる。

 入口はイ・ヨンエのスクリーン復帰作ながら、韓国社会の深い闇に立ち向かう母の強さを痛感させるヴァイオレンスなど、単なるお涙頂戴映画ではなく、多面的な楽しみ方ができるあたり、本作は韓国映画の奥深さを堪能させてくれる一作といえる。

(くれい響)

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