嵐・大野智「退所したい」と申し出、櫻井翔・二宮和也も「ジャニーズを辞めよう」と決意した過去

wezzy / 2020年12月25日 6時30分

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 嵐の大野智が、ジャニーズ事務所を退所してホストへの転身を考えた時期があったと明かしている。

 12月19日の『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)では、大野のこれまでの人生を振り返る企画「大野記念館」を放送。その中で大野は、ジャニーズJr.だった16歳当時、ダンスレッスンに嫌気がさしてホストへの転身を考えていたと告白した。

<Jr.3人くらいと『ホストになりたくない?』みたいな話になって。元ジャニーズのホストはモテるだろう、売れるだろうとかいう話で。それでホストを途中からマジで意識し始めた>
<(ホストになるとしたら)『元ジャニーズ智』とか、元ジャニーズをつけなきゃダメだなって>

 大野はホスト転身を母親にも相談するほど本気で考えていたそうだが、母親から反対されて断念したそうだ。

 大野は歌唱力もダンスの才能もずば抜けている。その時に辞めなかったことで、才能が開花したのだろう。しかしその後も大野はまた「ジャニーズを辞めたい」と思い詰める。

 16歳から18歳まで京都で上演された舞台『ジャニーズ・ファンタジー KYO TO KYO』に出演し、1日5公演というハードスケジュールをこなしていた大野。同舞台でダンスを極めることができたと感じた大野は、イラストレーターになりたいという思いからふたたびジャニーズ事務所を退所する決意をし、ジャニー喜多川氏にもそれを伝えたという。しかし、ジャニー喜多川氏にレコーディングを手伝ってほしいと呼び出され、最後の手伝いとして出向いたところ、レコーディング楽曲には大野のソロパートが用意されており、嵐としてそのままデビューしてしまった。

 嵐メンバーでは、大野のみならず、二宮和也と櫻井翔もジャニーズを辞めようとしたことがある。2017年10月4日に『TOKIOカケル』(フジテレビ系)にゲスト出演した松本潤は、嵐としてのデビューが決まった当時の大野の様子を明かした。

<最初、リーダーは(ジャニーズを)辞めようと思ってたんで。『レコーディング手伝ってくれ』って言われて、現場行ったら『大野ソロパート』って書いてあって、『これ、やばいな』ってあの人は思ったらしい>
<(大野は)レコーディングは『来ちゃったからやる』って言って、やったんですけど。そこから2週間ぐらい、携帯も家の電話も全部出なかったらしい>

 また松本は、ハワイで行われた結成会見時、二宮と櫻井が退所を考えていたことも暴露。

<櫻井は『これぐらいまでやったら、いいかな』と思ってて。大学に上がるタイミングかなんかだったから、『もう、ここで辞めようかな』と>
<ニノは『海外行きたい』って言ってて(辞めたがっていた)>

 これについて今年9月放送の『TOKIOカケル』にゲスト出演した二宮和也は、さらに詳細に明かしている。

 ジャニーズJr.として3年ほど活動する中で、裏方の仕事に興味を持ったという二宮。ジャニーズからの退所を決意し、“1999年度いっぱい”で退所したいとジャニー喜多川氏に伝えていたという。ところがその年の9月に嵐が結成され電撃デビュー。二宮は大いに戸惑ったそうだが、いつの間にか21年もの月日が経過していた。

ジャニーズWESTの中間淳太と桐山照史も退所検討

 KAT-TUNの亀梨和也も、2017年5月19日放送の『亀と山Pとクリームシチュー』(日本テレビ系)で、ジャニーズを辞めようとしたことがあると告白している。

 高校受験を控えていた頃、亀梨はジャニーズ事務所の進路指導担当スタッフから<『君はほうきで掃いたら残るジュニアじゃない。普通の学校に行ってください』って。親の前で(言われた)>という経験から、ジャニーズを辞めることを決意。しかし、ジャニー喜多川氏に<何考えてんの。YOUはこの世界でやっていくんだよ>と引き留められて思いとどまったという。

 亀梨は2015年2月13日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)出演時にも、ジャニーズを辞めようとした当時のエピソードを明かしており、ジャニー喜多川氏に引き留められたことで<自分の存在意義をすごく感じました><覚悟が決まりました>と振り返っている。



 Hey!Say!JUMPの高木雄也、ジャニーズWESTの中間淳太と桐山照史の3人は、2008年に放送された『ごくせん』(日本テレビ系)第3シリーズに出演したが、当時は3人ともジャニーズを辞めようか迷っていた時期でもあったという。それぞれが「Myojo」(集英社)のインタビューで明かしている。

 また、当時の高木はすでに Hey!Say!JUMPとしてデビューしていたが、中間と桐山がジャニーズWESTとしてデビューしたのは『ごくせん』への出演から6年後。長い下積み時代を経た念願のデビューだった。ジャニーズWESTのデビューは2012-2013年の『ジャニーズカウントダウンコンサート』で発表されたが、そのステージで中間と桐山のもとに一番最初に駆け付けてくれたのは高木だったという、『ごくせん』から続く友情が感じられるエピソードもある。

 2021年3月に退所が決定しているTOKIO・長瀬智也は、過去に何度も退所を考えていたようだ。2017年7月6日に放送された『櫻井・有吉THE夜会』(TBS系)にゲスト出演した長瀬は、MCの櫻井翔にジャニーズを辞めようと思ったことがあるかと聞かれて<ガチで答えて、あるよ。そりゃ><なんなら何度もくらいある>と回答。

 長瀬といえば、2000年4月クールの主演ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(同)で、元不良の“池袋のトラブルシューター”マコト役を演じて人気が加速。正統派アイドルの印象が強いジャニーズタレントとしては異例ともいえる役柄だったものの、長瀬のワイルドな演技が視聴者の心をつかみ、同ドラマは長瀬の代表作となった。

 しかし、『櫻井・有吉THE夜会』で長瀬は、マコトを演じていた当時<別にどうなってもいいみたいな思いはあった>と明かしている。

<まさか自分みたいなやつが、やっていけないだろうなと思っていたし、だからああいう表現のドラマをやっていたのかな>
<僕らの会社だとアイドル的に見られるっていうところもあるし、そういう風にしなきゃいけないみたいなところもあるけど、これでダメだったらこの世界にいる必要はないと思ってましたね>

 華々しい活躍の裏で、さまざまな想いを抱えていたジャニーズタレントたち。誰しも仕事を辞めたい、これまでとは違う人生を歩みたいと思った経験があって当然であり、アイドルである彼らもやはり普通の人間なのだと再確認させられる。

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