「めざせポケモンマスター」Wミリオン マルチタレント 松本梨香 【ゆめを叶えた大人の子ども時代、ヒヨっ子ちゃずのイラストインタビューVol.5】
Woman.excite / 2017年4月6日 6時0分
皆が憧れるステージで活躍する大人って、どんな子ども時代をすごしたのでしょうか? ゆめを叶えた大人はどんな風に育てられたのか、人生まだまだヒヨっ子のちゃずがインタビュー!
第5回に登場していただく松本梨香さんは、アニメ『ポケットモンスター』の主人公サトシ役を演じることで有名です。また、同アニメの初代オープニングテーマ曲『めざせポケモンマスター』を歌うなど、歌手としても人気を集めています。
横浜市出身の声優・女優・歌手。アニメ『新・おそ松くん』で声優デビュー。以来、さまざまなアニメ、洋画の吹き替えなどで活躍している。NHK『わしもWASiMO』わしも役『CSI:サイバー』エイヴリー・ライアン役『ブリジット・ジョーンズの日記』ブリジット・ジョーンズ役など。
歌手としても、女性ではじめて『仮面ライダーシリーズ』の主題歌を担当したり、映画『生まれ変わりの村』のために書き下ろされた楽曲『SOUP』で大ヒットを記録したりと話題が多い。自ら立ち上げた「まんまるプロジェクト」ではチャリティー活動にも力を入れている。
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■子どもの頃から、ポケモンのサトシみたいな性格だった!?
ちゃず:当サイトの読者には、松本さんがキャラクターを務めるアニメを親子で観ている方がたくさんいらっしゃいます。私も、小学生の頃から『ポケットモンスター』のサトシを観てきたひとり。こんな男の子がクラスにいたらいいのになあ、といつも思っていました。
松本さんご自身は、どんな子ども時代を送られていたんですか?
松本:劇団の座長を務める父と、面倒見のよい母のもとに生まれました。両親ともに性格が明るく、人望が厚い。下町で近所づきあいも良く、家に鍵をかける必要がなかったんですよ、必ずいつも誰かしら遊びにきていたから(笑)。
毎年、大晦日には劇団員の人たちが大掃除に来てくれて、私も指示したり、一緒に掃除したりしていました。そういう家庭にいたからこそ、自然と誰にでも話しかけ、よく話しかけられる、人見知りしない子に育ったんだと思います。
ちゃず:松本さんのとても明るい性格は、家庭環境によるものだったんですね。
松本:実は、明るくなった理由はもう1つあって。学校で自分がした発言や行動で、友だちが笑ってくれるのがうれしかったんです。歌もそう。私が歌うと、両親が「うまいうまい」と言って笑顔になってくれるのがうれしかった。
人前で何かすることが、昔から好きでした。3歳の頃から習っていた日本舞踏のお教室でも、先生の前で踊ると飽きちゃうのに、先生のお弟子さんたちの前では間違えずに最初から最後まで完璧に踊れる、みたいな(笑)。
ちゃず:では、昔からの知り合いの方々は、現在の松本さんの活躍を見て、「やっぱりな」って思っているかもしれませんね。
松本:「オリンピック目指せばよかったのに」って。横浜市の800メートル走の新記録を出したりしているんですよ。逃げ足が速かったので(笑)
父には、「芸は身を助ける」と教えられて育ちました。だから、小さい頃から三味線、英会話、日本舞踏と、習い事もいろいろやらせてもらってました。
ちゃず:それで、その能力を将来に活かそう、と?
松本:ハイ。 兄が障害をもっていたので、この能力を活かして兄を養おう、とずっと考えていたんです。私が何でもできるのは、兄が母のおなかのなかに忘れてきたものを、私が全部拾って生まれてきたからなんじゃないかなと思ったりしました。
兄をいじめる子とは真っ向から喧嘩もしました。もともと正義感が強かったんです。泥棒を走って捕まえたこともあるくらいですから。
ちゃず:まるで、サトシそのものみたい!
松本:確かに、サトシの正義感に似ていると思う。サトシと言えば、ポケモンの言葉がわかるじゃないですか。私も動物の言葉がわかるんです。だから、サトシがピカチューに話しかけるシーンは、自分が飼い犬に話しかける感覚でやっています。けっきょく、「演じないことが、演じること」なんです。それを目指しています。
■主治医から告げられた、「舞台に立ったら死ぬ」
ちゃず:現在のお仕事を始めるまでの経緯を教えてください。
松本:10代の頃、父の劇団で3年間演劇の勉強をしたのち、商業演劇の世界に入りました。それからずっと舞台に立っていたんですが、19歳のとき大病を患い、主治医から「舞台に立ったら死ぬと思ったほうがいい。当分、舞台には立ってはいけない。」と告げられたんです。やむを得ず舞台を降り、入院したんですが、目の前が真っ暗になったのを覚えています。
ちゃず:どのくらい、病気と闘ったんですか?
松本:1年くらいかな。薬の副作用が強く、耳が聞こえにくいこととかもあって、本当につらかった。早く復帰して元気なところを見せないと、女優生命が断たれると思って、必死で主治医の先生に泣きつきました。
でも、主治医の先生は小さい頃から看てくれていたので、私のことを娘のように思っていました。
先生は本気で私を治したいがゆえ、副作用の強い薬を出したがりませんでした。そんな先生に対して、泣きながらお願いしました。
ちゃず:松本さんのお芝居に対する本気と、先生の松本さんに対する本気がぶつかりあったんですね。
松本:おかげさまで徐々に回復してきたものの、しばらくは歌ってもすぐ息が切れ、長時間立っていられない状態が続きました。そんななか、俳優の名古屋章さんが、声優のオーディションを受けることを勧めてくださったんです。お芝居は舞台だけじゃないよ、と。
ちょうどその頃、同期の山寺宏一さんも声優・俳優をやっていて、「梨香なら出来る」って背中を押してくれました。兄もアニメ好きだったので、導かれているような気もして。それで、チャレンジしたのが、アニメ『新・おそ松くん』の声優オーディションだったんです。
ちゃず:それが声優への道の第一歩だったわけですね!
松本:当時、声優として演じるのは初めてのこと。声優って、ディレクターさんがうしろから見ている状態で演じるんですけど、ずっと舞台に立っていた身としては、相手にお尻を見せることが落ち着かなくて。それくらい、ド素人だったんです。
でも、このオーディションのとき、「ギャグのアニメだからこういう言い回しのほうが良いんじゃないかな」と思ってアドリブを入れてみたんですよ。そうしたら、ディレクターさんが気に入ってくださって。「この子がいたら現場が明るくなって、よい作品ができそうだ」と言ってくださっていたようです。
ちゃず:それから20年以上もの間、声優を続けられている。これってすごいことですよね。
松本:続けていると、声優をやっていてよかったと思うことがたくさんあります。例えば、あるお父さんから、柔道の練習に行かなくなってしまった息子について相談されて、その息子さんにサトシの声で電話をかけたんです。
それから10年後、そのお父さんが私に会いにイベントへ来て、とてもうれしいことを報告してくださいました。「息子は、あれから黒帯を得て、いまは子どもたちに柔道を教えているんですよ」と。
ちゃず:感動です! 今後はどんな活動を?
松本:日本を越え、全世界の子どもたちと笑顔で繋がっていきたいです。いまや、日本のアニメソングは海外でも合唱してもらえるくらい浸透しているんですよ。ライブもたくさんやっています。
お客さんが、みんな笑顔で帰れるようなエンターテインメントを生み出していきたいんです。それって、病気になって1度は「無理」と言われたこと。でも、やるべきだからこそ生かされている。そう考え、いまいろいろ頑張ってます。
■三途の川で、家族に報告できる人生を
ちゃず:松本さんが発起人となっている「まんまるプロジェクト」とは、どんなプロジェクトですか?
松本:いつも支えてくれている子どもたちに何か恩返しをしたいな、と思って始めたプロジェクトです。最初にやったのは、オリジナルのグッズをつくって販売し、その売上で子どもたちが必要としているワクチンを買う、という活動でした。
東日本大震災があったときも、すぐに仲間と連絡を取り合って動こうとしました。でも、周囲から慎重な行動を求められたんです。このときは、近くに困っている人がいるのに、なぜすぐに助けられないんだろう、となんとも言えないもどかしさを感じました。
ちゃず:そういうとき、自分のやっていることが本当に正しいのかどうか、迷いますよね。
松本:「まんまる」とは人と人を繋ぐ輪、愛、HAPPY、あふれる笑顔を繋げるチャリティー活動です。
まんまる精神を忘れずに、これからも仲間たちとずっと続けて行きたいと思っています。
実際に活動している中で後押ししてしてくれる奇跡がいたるところで起きるというか、沢山の“まんまる”と遭遇するんです。
例えば、偶然出会った2匹の蝶々が頭上を旋回して“まんまる”を描いたり、沖縄のチャリティーイベントの帰りにバスを降りたらちょうど真ん前に虹が出たり。
そういうのを見ると、すでに他界した父や母、兄が応援してくれているような気がするんです。
ちゃず:本当に、そのとおりだと思います。ご家族のみなさんが松本さんを応援されているんですね、きっと。
松本:私のなかで、「家族」というのは永遠のテーマなんです。松本家でたくさん愛情を受けて育ったから、そこで育んだ笑顔を「まんまる」プロジェクトを通してみんなに伝えるのが使命の様な気がしてます。
30年近くこの業界にいて、自分のやりたいことに賛同してくれる仲間も増えてきました。であれば、自分が旗を上げなければいけないと。
人と人をつなぐ“かすがい”のような存在になって、もっとたくさんの人を笑顔にできる自分自身になりたいと思っています。
ちゃず:松本さん、なんだか座長みたいですね!
松本:そんな風に言ってもらえると嬉しいです。でも、気持ちのよい人たちが集まれば、どんなことも大変だと思わなくなるはず。私は、人が好きなのでみんなが笑顔になれば、周りによい人たちが自然と集まる気がします。
家族が見守っていると思っているので、いずれ自分が他界するとき、三途の川で自分のやってきたことを家族に報告すること。そして、家族に褒めてもらいたいなぁと思います。
ちゃず:ご家族もきっと喜ばれると思います。松本さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!
取材をとおしてわかったのは、松本さんは生死と向き合ってきたからこそ、常に「自分はいま、後世に何を残していけるのか」を意識しながら生きているのだ、ということ。「声優」という肩書きを飛び越えた、計り知れない行動力と思考力をもつ方です。笑いあり、涙ありの素敵なお話から、たくさんパワーをいただき、「なんだか生きていてよかったなあ」と思いました。
そして、帰りの電車のなか、私も思わず考えちゃいました。「ちゃずには、どんな使命があるんだろう?」と。
取材:イラストレーターちゃず 文:馬島利花
(ちゃず)
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