大人は自分を守るために疲れる【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第19話】
Woman.excite / 2017年4月4日 17時0分
子どもの何が一番いいって、雪解けが早いところだ。
すごく大人慣れしている子どもを除いて、会ってすぐの小さい子というのは大抵の場合、見知らぬ大人と目を合わせようとしない。何か害を加えられるんじゃないかと、親の側でこちらを警戒している。
それでも、何となく近くにいて、本人が手元でやっていること(おもちゃをいじるとか、絵を描くとか)に「上手だね」と声をかけたり、たまにそっと背中をなでたりしていると、どうやら有害な人間ではないらしい、ということを察してくれ、次第に目も合わせてくれるようになる。
ここで前のめりにならず、そうかと言って引きもせず、変わらず安定した態度を取っていると、今度はこちらからの語りかけに「うん」とか「いいよ」とか、受け入れの返事を返してくれるようになる。そしたら次に、ちょっと的外れなことをあえて聞いてみる。
機関車トーマスのおもちゃを持っている子どもに「それ、パーシーだったっけ?」と聞くのだ。すると「ううん、トーマス」と訂正してくるので「あ、そっか、トーマスだった、よく知ってるね」と返す。ここまで来ると後はスムーズ。最初は片道通行だった会話が、一往復、二往復とどんどん増えていって、最終的には「あっち行こう」とか「一緒に遊ぼう」とか、子どもの方から誘いにきてくれるようになる。
この前、友達の3歳になる子どもをうちで預かった。近所の保育園までお迎えに行って、家に連れて帰って、晩御飯を食べさせて、ママのお迎えを待つ。
うちの末っ子、夢見も気づけば11歳。身長なんか私とそう変わらなくなっている今、あらためて言うのも何だけど、3歳の子ってびっくりするくらい小さい。多分、1メートルもない。そんな小さい生き物が、保育園にやってきた私を見かけるなり、さっと立ち上がって「あこたん!」と嬉しそうな表情を浮かべるのだ(私は彼女にそう呼ばれている)。
一緒に遊んでいた先生に、律儀にもぺこりとお辞儀をしてから、私のもとに走って駆け寄ってくる。何かもう、完全にファンタジーだ。
当然、わが子らにもこういう時代が確かにあったはずなのだ。けれどもこの小ささ、この健気さ、この無邪気さに、当時の私はちゃんと気づけていただろうかと、少し不安になる。ちょっと前までハイハイしていた赤ん坊が一人で歩けるようになった、ただそれだけで、乱暴に一丁前の大人を押し付けていたような気がして、心の奥がチクチクと痛む。
保育園を出ると、公園に立ち寄って、コンビニで買ったシャボン玉を飛ばした。夕暮れの小さな公園には私たち以外に誰もおらず、3歳の子はシャボン玉を吹きながら「誰もいないねえ」と言う。「みんなどこに行ったのかな?」と私が尋ねると「この公園、もう閉まっちゃうからね。みんなもう、おうちに帰ったの。そして明日になったら、またみんな来るの。夜になると、またおうちに帰るの」と答える3歳児。
なんということだ。この子は幼いながらに、立派に人の営みというものを知っている。いよいよ中年にさしかかり、最近では感情が秒速で高まる私の目頭が、またもやぐっと熱くなる。
子どもに「私を信じていいよ」と伝えたところで、警戒心を解いた彼らが正直な気持ちで要求してくるのは、飽きるまでシャボン玉に付き合うとか、ボールを転がしあうとか、そんなものだ。
ところが大人同士だと、なかなかこうはいかない。お金や仕事、心や体。大人たるわれわれは、この殺伐としたコンクリートジャングルで、自分の平穏な日常を、自分の責任で守っていかなきゃならない。警戒心はそうやすやすと溶けないし、また仮に解けたとしても、相手の中から現れた素直で正直な欲求があまりに生々しければ、こちらが受け入れられない場合だってある。だけど、そうやって自分を守るつもりで交わす大人のやりとりに、たまにふと疲れたり、ふと侘しさを感じることがある。
小さい子どもは、大人同士ではそう簡単に受け渡しできないもの、でも本当なら、もっと素直に受け渡したいものを、あっという間にポンと手渡してくれる。自分にも、そんなやりとりが出来るのだと思い出させてくれる。だから、たまらなく愛しいのだ。
イラスト:片岡泉
(紫原明子)
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