【取材レポ】ひとり親になってひとりじゃなくなったAさんの話【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第43話】
Woman.excite / 2024年8月18日 8時30分
シングルマザーとして2人のお子さんを育ててきた、エッセイストの紫原明子さん。この連載「新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記」は2016年から約2年間にわたり、紫原さんがそれまで経験された子育てのお話を綴っていただいていました。今回紫原明子さんが「書きたいことがある!」ということで、約7年ぶりに筆を執ってくださいました。シングリマザーとして生活するAさんを取材したレポート記事です。
約10年前、私が結婚生活に区切りをつけて、ひとり親として子どもたちと新しい生活を始めようとしたとき、真っ先に立ちはだかったのは家の問題でした。それまでの私は長らく専業主婦で、当時はなんとか非正規の仕事に就いたばかりのころ。家を借りるにあたって、大家さんの信頼を得られるだけの材料がまるでなかったのです。
けれどラッキーなことに、保証人さえ立てれば収入証明などの書類も不要で貸してもらえる古いアパートと巡り合い、当時の私は生まれて初めて私の名義で、自分の家を借りることができたのでした。
シングルマザーの家探しはラッキー頼み?
それにしても離婚がこれだけ当たり前になった世の中で、ひとり親は家を借りるのだってラッキー頼み、なんて状況はどうにかならないものかと切実に思う次第です。
離婚や別居の理由に配偶者からの暴力があるような場合、安全な住まいの確保は親と子の死活問題です。にも関わらず、のちに知ったことによると大家さんの中には、たとえ収入証明や課税証明などで十分な収入を証明できたとしても、ひとり親であることを理由に契約を拒否する場合もあるそう。
どうしてこうも世知辛いのか、うっかり絶望しそうになってしまいますが、そんな私は少し前、愛知県の認定NPO法人LivEQuality HUBという団体と出会いました。ここではまさに、ひとり親家庭や、これからひとり親になろうとしている親子に向けて、住まい探しを中心とした支援活動を行っています。ひとり親家庭をこんなふうにサポートしてくれる人たちがたしかにいるということを、ぜひたくさんの人に知ってもらいたくて、ずいぶん昔に眠りについたこの連載を、このたび臨時で再び目覚めさせることとなりました。
シングルマザーAさんを取材
生活の基盤を整えるまでの道のり
今回私は、実際にLivEQuality HUBの支援を受けている居住者のAさんを紹介してもらい、お話を伺いました。30代、二人の子どもの母親であるAさんは、シングルマザーであると同時に外国籍です。日本人の元夫と2017年に結婚。配偶者ビザがおりた2019年に夫、長男とともに日本に移り住み、その後日本で次男を出産しました。長く夢見ていた結婚生活でしたが、日本での生活が続くうちに、次第に夫の態度が変化していきました。
「夫が何日も無断で家に帰って来なくなったんです。それをとがめると、仕事で疲れてるから仕方がないだろうと怒られました。最初はそんな彼を理解してあげなければと思っていましたが、どんどん強い言葉で罵られるようになっていきました」
日本語がまったく話せず、日本での生活は右も左もわからないAさんには、相談できる友達もいませんでした。母国の家族とは頻繁に連絡をとっていたものの、心配をかけてしまうと、悩みは一切打ち明けませんでした。
悪化していく家庭の状況…
「暴れる夫を見ても離婚は想像していなかった」
そんな状況で1年以上耐え続けましたが、ある夜、口論のすえに激昂した夫が家中のものを手当たり次第投げては壊し始めました。怯える子どもたちを前にいよいよ危険を感じたAさんは、家から1時間ほどの場所に住む従姉妹の家に、親子で避難しました。
「夫は警察に、私が子どもを誘拐したと通報しました。母国に子どもを連れて帰るかもしれないと思ったんでしょう。だけど私はそのときでさえ、離婚を考えていなかったんです。離婚して生きていけるなんて思っていなかったし、つらくても私が我慢するしかないと思っていました。だけど、初めてすべてを打ち明けた従姉妹に、あなたは一人でもちゃんと生きていけるよ、私も助けるからと言われて、勇気づけられたんです」
Aさんはこの日を境に離婚に向けて、また子どもたちとの新しい生活に向けて、準備を始めました。幸いにも英語が堪能な日本人の弁護士と出会い、夫との交渉の窓口に立ってもらいました。夫側から提示された離婚の条件は、子どもたちを日本で育てること。本音ではつらい記憶の多い日本を離れ、家族のいる母国に帰りたいという思いもありました。けれど、日本で暮らさなければ親権を渡さないと言われ、Aさんが夫の条件をのむ形で離婚が成立しました。
無事に離婚成立
しかしその後も問題は山積み…
問題は離婚後の住まいと仕事でした。それまで専業主婦だったAさんには、家を借りるための頭金がまったくなく、また家が決まらなければ、仕事に就くこともできません。そこに輪をかけて、あらゆる契約に不可欠な日本語の読み書きもできません。困り果てたAさんは従姉妹に付き添われて市役所に相談に行き、そこでLivEQuality HUBを紹介されました。
LivEQuality HUBの居住支援コーディネーターとの数回の面談を経て、ほどなくしてAさんは、団体が提携しているマンションの一室に、子どもたちとともに入居できることになりました。LivEQuality HUBでは、提携している賃貸物件を各ひとり親家庭の事情に見合った柔軟な条件で提供したり、困っているひとり親家庭の力になりたいと願う大家さんとをつないだりする形で、住まい探しのお手伝いをしています。
さらに無事転居が完了してからも、居住支援コーディネーターとの定期的な面談を通して、生活の中の細々とした困りごとの解決を継続的に手助けしてくれるといいます。
「新しい家に移ってからは、全てが変わりました」
新居に引っ越してからのことを尋ねると、Aさんはそれまでの暗い表情から一転して、大きな笑顔を浮かべました。履歴書に書ける住所を持てたことで、Aさんはホテル管理の仕事に就くことができました。給料は親子3人が暮らしていくのに決して十分とはいえないものの、相場より安い家賃や、LivEQuality HUBを通じた食べ物や学習用品などの物資支援によって、安定した暮らしを営むことができているといいます。
日本語が話せるようになれば、担える仕事の幅も広がるからと、最近では同団体を通じて紹介された日本語レッスンも意欲的に受けているAさん。実はこのAさんの日本語の先生というのも、Aさん同様、かつて離婚を機に子どもと家を出たシングルマザーでした。当時住む家に困った先生は、藁をもすがる思いで子どもとともに、ひとり親家庭向けシェアハウスに身を寄せました。あのときたくさんの人に助けられたから、落ち着いた今は少しでもその恩返しをしたいと、Aさんへの日本語レッスンを、無償で引き受けています。
これまでの道のりを振り返ってAさんが今思うこと
かつて、慣れない日本で唯一の頼みの綱だった夫との不仲に直面し、孤立していたAさん。けれども彼女は市役所に相談に行き、その先でLivEQuality HUBに出会ったことで、安心できる住まいと新しい暮らし、そして自分達を暖かくサポートしてくれる人たちとのつながりを持つことができました。
これまでの道のりを振り返って、Aさんはこんなふうに語ります。
「ひとり親になるということは、苦労の多い人生ではなく、強くなるための旅(Journey)です。」
「強くなろう」と思うとき、私たちはつい、何でも一人でこなせる強靭さを身につけようとします。けれども、子どもにとって換えのきかないたったひとりの親となった私たちに、本当に必要な強さとは、実は少し別のものなのかもしれません。まわりに信頼できる味方を増やして、自分だけで全部をこなさなくてもいい環境を作ること。持続可能な自分と、家族のあり方を再構築していくこと。ひとり親を経験した者として、それが実は、本当に必要な強さなのかもしれない、と思うのです。
誰かを頼るというのは、誰かを信じて期待をかけることだから、応えてもらえなければ当然がっかりします。Aさんもきっと、慣れない日本でたくさんがっかりすることがあったでしょう。それでも、信じて、頼ることを諦めなかったAさん。だから今、彼女の周りにはたくさんの味方がいます。
とはいえ本来は、公的な制度がより整備、拡充され、ひとり親が特別な「強さ」を強いられずとも安定した暮らしを望めるようになるべきです。ただ、それが必ずしも十分でない現在、ともすれば冷たくも思える世の中で、困っている親子の力になりたい、問題解決に寄与したいと願っている人たちがたしかにいるということを、ぜひ今、不安を抱えているひとり親のみなさんに知ってほしい、諦めずに探して、頼ってほしいと思います。
仮にももし、人を頼ることが誰かに「借り」を作ることだとすれば、その「借り」は自分が次に誰かを助けることでようやく手渡されるバトンです。「借り」た方は助かる、「貸し」た方も、自分もこうしていつか誰かに助けてもらえる、と信じることができる。個人間にある見えない無数の「貸し」「借り」の糸が、さながら網の目のように私たちの社会に張り巡らされ、希望がこぼれ落ちるのを防いでいる、そんなふうに考えてみると、「借り」もまんざら悪いものではないような気がしてきます。
■取材協力先
LivEQuality HUB(リブクオリティ ハブ)
困りごとを相談できる窓口はこちら
https://livequality.co.jp/hub
夏休みはひとり親の負担が大きい時期
「おたがいサマー」キャンペーン
給食がなくなり食費の負担が増す、日中の子どもたちの居場所がないなど、夏休みは特にひとり親の負担が大きくなる時期だといいます。そんな中、LivEQuality HUBが「おたがいサマー」夏の寄付キャンペーンを開催中。さらに8月25日には愛知県にて紫原も登壇するトークイベントが開催されます。ぜひ会場でお会いしましょう!
https://livequality.co.jp/hub/donate
■8/25「あやうく一人で頑張るところだった」イベント
◎開催日時
2024年8月25日(日) 17:30~20:00
(受付開始17:00〜、開始17:30〜、終了20:00予定)
◎会場
パルル(parlwr)
愛知県名古屋市中区新栄2-2-19新栄グリーンハイツ105
名古屋市営地下鉄東山線「新栄町」駅より徒歩6分
Googleマップ
◎参加申込み
https://otagai-summer-event.peatix.com/
◎開催方式
対面・ライブ配信(アーカイブ視聴可能)
◎参加費
会場参加:1,000円
ライブ配信参加:無料
◎バリアフリー
会場の一番狭い通路が80cmです。通路を通れるサイズの車椅子であればご参加いただけます。大変申し訳ございませんがトイレはバリアフリー対応しておりませんので、新栄町駅構内のバリアフリートイレをご利用ください。
取材・文/紫原明子
(紫原明子)
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