「やりたいことがわからない」と悩んでる人にオススメな禅の教え3つ

WooRis / 2014年6月16日 5時45分

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仕事でも趣味でも、自分のやりたいことが分からない時ってありますよね。どれも何となく面白そうだけれど、「コレだ!」というものに出会えない。そんな時にどうすべきかについて、仏教の禅の教えから学べることがあります。

そこで今回は、哲学が専門の筆者が、やりたいことが分からないと悩んでいる人にオススメな禅の教えを3つご紹介します。

■1:目の前のことを本気でやれば輝く

やりたいことが定まらないなら、“何をするか”はあまり問題ではありません。大切なのは、“どうするか”です。

“真玉泥中異”(しんぎょくでいちゅうにいなり)という禅語があります。これは“本物の宝石なら、泥の中でもその輝きは失われない”という意味です。何をするにしても、一生懸命やればそのうち自分の適正や興味が自分でもわかるようになるという教えです。

何もしなかったり、したとしても適当にこなしたりしていては、やりたいことはいつまでもわからないままでしょう。まずは目の前のことを本気でやりましょう。

■2:道は後から見れば繋がっている

何かはじめる時には、「この歳になって恥ずかしいかも」「これだけやってメリットはどれだけあるだろう」「何のためになるかな」という先入観や固定概念、損得勘定が入りがちです。でも、このように考えるからなかなか行動に移せず、行動に移した後もアレコレ悩むのだ、と禅は教えています。

曹洞宗の開祖・道元禅師は、“水鳥の行くも帰るも跡絶えて、されども路は忘れざりけり”という歌を遺しています。空に道はなくても、水鳥は春になれば北へ行き、秋になるときちんと同じ場所へ帰っていくように、“自由に飛んでいるように見えても、通るべき道は決して忘れていない”という意味です。

例えば、大学時代にカフェでアルバイトし、その後金融機関に就職してファイナンシャルプランナーの資格を取得。結婚後に料理教室に通い、産後は子育てをしながらコーヒショップでアルバイトをしたり、経営の本を読んだり、やがて自分のカフェをオープン、というケースもあるでしょう。

その時々に、バラバラなことをしているように見えても、後から見れば道が繋がっていることは、少なくありません。先入観や損得などを交えずに、素直に今やりたいと思えるものに没頭しましょう。

■3:入ってくる情報を減らせば満足できる

“知足”(たるをしる)という言葉は、仏教用語の中でも知っている人が多いのではないでしょうか? “自分の満足するものを知る”という意味ですが、情報化の現代においては“足るを知る”は難しいものです。雑誌を読んでは、テレビを観ては、SNSのタイムラインを眺めては、「あれもこれも欲しいな〜」なんて思ってしまいますよね。

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