我が子のADHD傾向を指摘されて思ったこと。「生きづらさ」について考える

ウートピ / 2018年8月23日 14時45分

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我が子のADHD傾向を指摘されて思ったこと。「生きづらさ」について考える

『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)著者の姫野桂さんと、コラムニストの河崎環さんによる「生きづらさ」をテーマにした対談。

第2回は、河崎さんのお子さんのエピソードから、姫野さんの感じた就職活動に対する違和感まで、「教育」と「社会」を軸に、生きづらさの現状について語ります。

スイスで指摘された息子のADHD傾向

河崎:今回姫野さんと「発達障害」や「生きづらさ」をテーマにお話しさせていただく上で、私の経験についてもひとつの事例になるのかなと思っていて。というのも、私には子どもが二人いるんですが、下の子が海外で、ADHDの傾向があると指摘されたんです。

姫野:そうだったんですか。

河崎:もともと、「ちょっと変わった子だな」とか「過敏な子だな」という程度の印象はあったんです。周りからも「大丈夫、元気に育っていけばどうにかなるわよ」と言われていて、たしかに育てるのは大変だったけど“どうにかなる子”の範疇にいたんですね。

ただ、その後、家族でスイスに移り住んだのですが、そこの地元の病院の小児科の先生がたまたま発達障害の世界的な権威で。あるときインフルエンザのワクチンを受けに行ったら、過剰に嫌がって泣くわが子を見て、先生が「発達障害の症状をすごく感じるから、よかったら助けになろう」と言ってくださって。

姫野:なるほど、先生から見たら明らかだったんですね。

河崎:正直に言えば、「ああ、言われた」って図星を当てられた感覚でした。心の底では、ひょっとしたら、ってずっと思っていたんですよね。ただ、そこでは診断という形にはせず、投薬治療も選ばずに、彼が8歳のときに日本に帰ってきました。

ちょっと変わった子への対応の違い

姫野:その後、日本の学校では大丈夫でしたか?

河崎:大問題でした。とにかく整理整頓ができないし、不注意だから一人で外を歩かせるのも怖くてできない。その上、海外と日本では、“ちょっと変わった子”への対応がかなり違うんですね。

姫野:どう違うんですか。

河崎:日本だと、1クラスに40人くらいいるから、先生が一人ひとりに合わせた注意の仕方や対応を考えるのはものすごく大変なことなんです。だから、40人がみんな同じ方向に椅子と机を並べて、黒板を見るような画一的な指導になる。それが息子にとってはかなりのプレッシャーだったみたい。

だって、世の中にはたくさんの面白いことがあって、教室の窓の外ですら車の走る音や鳥のさえずりなど刺激的なものに満ち溢れている。でも、そちらに顔を向けると「よそ見をしてはいけません」と怒られる。先生の中では息子は問題児。ある日とうとう「普通学級じゃ無理だと思います」と言われてしまって。

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