「お似合いなのかなと思って…」乳がんの治療後に自分からプロポーズした理由

ウートピ / 2018年12月6日 20時45分

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「お似合いなのかなと思って…」乳がんの治療後に自分からプロポーズした理由

病気やケガ、何か理不尽なことに巻き込まれても前向きに頑張る人たちは、確かに格好いい。それを糧に生まれるエネルギーやモチベーションもある。でも、理不尽な出来事に対して、怒りを表明する人が、受け入れないと言い切る人が、そんな人たちがいても、それはそれでいいのではないでしょうか。

初期乳がんを受け入れられず、ずっと怒っていたことや正直な心情を描いたエッセイ『32歳で初期乳がん 全然受け入れてません』(竹書房)の作者・水谷緑さん。それまでの赤裸々な思いについて振り返ってくださった水谷さんは、乳がんの治療を経て気づいたことや今の心境について、少し肩の力が抜けたような様子で語り始めます。

■これまでのインタビューはこちら
【第1回】32歳で初期乳がんを告知され…
【第2回】抱えていた怒りに気づくまで

私にとっては、怒ることが、納得することだった

——乳がんを受け入れられなかった、というのはとても正直な気持ちで、私も実際そうなったら同じように感じるのではないかなと思いながら読みました。

水谷緑さん(以下、水谷):やっぱり、どうしても悔しかったんですよね。まだちょっと早いんじゃないか、というか。同世代の友達に「病気大丈夫だった?」と言われると、複雑な気持ちになるんです。これは完全に自分の感覚の問題ではあるのですが、バツのシールが一枚ついたような気分になってしまうんですよ。やっぱり、病気になってよかったとはまだ思えなくて。

——やっぱり、当事者になってみないとわからないことがありますよね。

水谷:はい。でも、受け入れられないのは、私だけではないんじゃないか、と思っていて。以前、緩和ケアの看護師に話を聞いたことがあるんです。緩和ケアとは、ガンなど生命を脅かす病気から、心身の苦痛をやわらげるようなケアのことなのですが、それまで私は死を覚悟している方々は静かに受け入れているイメージを持っていました。でも、看護師は、「暴れない人の方が少ないですよ」とおっしゃったんです。

特に40代以下の若い人たちは死ぬ間際まで自分でご飯を食べようとしたり仕事をしようとしたり、受け入れるよりも抗って生きていこうとしている感じだと。

そういう話を聞くと、必ずしも「受け入れる」必要はないのかな、って思うんです。先生も、「受け入れる」よりも「納得する」という言葉の方が適切なんじゃないか、と言っていて。「水谷さんにとっては、怒るという行為が納得するために必要だったんですね」と言われて、しっくりと感じたことがありました。

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