私たちは「家族」に期待をしすぎていないか?【河崎環】

ウートピ / 2019年4月29日 18時1分

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私たちは「家族」に期待をしすぎていないか?【河崎環】

まもなく元号が変わろうとしているのに、私たちをとりまく環境は何かと騒がしい——。それは、私たちが常に今を生きていて「これまで」と「これから」の間で葛藤を繰り返しているからなのかもしれません。

その葛藤や分岐点とどう向き合うべきか。エッセイストの河崎環さんに考察していただく連載「5分でわかる女子的社会論・私たちは、変わろうとしている」。

第8回は、酒井順子さんの著書『家族終了』(集英社)を通じて、“家族”について考察していただきました。

家族が終わる、とは

自分が生まれ育った家族のことを「生育家族」、結婚などすることによってつくった家族を「創設家族」というそうですが、生育家族のメンバーが自分以外全て、世を去ったのです。
私は、
「家族って、終わるんだな……」
と、思ったことでした。兄は妻と一人の娘を遺しましたが、彼女たちは兄の創設家族のメンバー。私にとっての生育家族ではありません。そして私は、同居人(男)はいるものの婚姻関係は結んでいませんし、子供もいない。「家族終了」の感、強し。
——『家族終了』(集英社/酒井順子)

非婚社会化が進み、現在の日本の30代のうちおよそ3分の1が生涯未婚で過ごすと試算されています。それは、「憂うべきこと」なのか、それとも「まあ、そんなものだよね」なのか。人によって感想はさまざまでしょうが、とにかく、割と世間では「婚活、コンカツ」「モテ、モテ」言っている声が大きいような印象があるものの、データの上では非婚・非産時代の到来です。

少子高齢化が進み、人口が減る。労働人口が減る。税収が減る。そんな危機感から、年老いた政治家たちは、「そうだこれは嫁がない、産まない若い女たちのワガママがいかんのだ嘆かわしい」となぜか女の側だけを一時期責め立て、「若い女」の迎撃を受けて血を見ていました。

過去に思考を固定してしまうと、期待に沿わない結果を目の前にしたときに犯人探しをする発想になりがちですが、社会が変質するときの動機とは、ワガママとか怠惰とか甘えとかそういうことじゃない。人間は生存するためにそれぞれの方策を考え抜きますから、生存戦略上、結婚することや子どもを持つことにメリットが感じられなくなると、人々は「男女両サイドの判断として」そうしなくなるのです。

これは良い悪いとか倫理の問題じゃない。人としての喜びがどうとか、幸せがどうこうとかの「べき論」が発動されて何かが変わるような場面でもありません。まして人々が無知なわけでも、賢くなりすぎたからでもない。

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