たまには損得で動いてみたら? 世の中にあふれる「正しさ」が息苦しい貴女へ

ウートピ / 2019年6月12日 21時1分

「正しいか、正しくないか」で動く人っていうのは、「これが正しい」「これは正しくない」って白黒をつけるので、正しくないって思った人を敵視してしまうし、ものすごく残酷になれますし、その残酷さすら正しさに変えてしまう。正しいか正しくないかだけで動く人は、ちょっとどうなんだろって思いますね。

——何となく分かる気がします。世の中にも「正しさ」があふれていて怖いですよね。

「正しさ」よりも「損得」で動いたほうがハッピー?

荒川:自分にとって得なのか、損なのかっていうのは、「正しいか、正しくないか」ではないんですよ。その人の損得だからね。「私にとってこれが得だからやるんだ」っていうのは、本人にとっての得だから。

もっと言うと、1円にもならないことやっても、むちゃくちゃ楽しい場合があるわけですよ。経済合理性からいえばそれって損でしかないけど、損得ってお金だけじゃない。本人は得だと思ってるし、周りも得してることがあるわけですよ。本人が得だって思ってやってることのほうが、なんだかんだ周りにとって巡り巡って得になることが多いんですよ。

「これをやると私にとっては損だけど自己犠牲のために、周りの得になるためにやってる」って思っている人が多ければ多いほど、実は周りもどよーんとするんです。それって、結局「自分はガマンしているのだから、あなたも我慢しなさいよ」って理屈になるから。

——自己犠牲型の人の周りに漂う「どよーん」という空気は心当たりあります。それよりも、自分の得を考えたほうがみんなハッピーになれるってことですか?

荒川:みんながハッピーになれるかどうかまでは知らないけど、少なくともあなたはハッピーでしょ? 自分の得で動いているんだもん。こっちが正しいとかそっちは正しくないとか言ってる人ほど不幸な気がしますよね。

だから、やりたいことやしたいことがない人は、損得で動けばいいんですよ。それで結果、自分にとって得になったら楽しいよね。楽しいって思うことが、そのうちやりたいことに昇華したっていいじゃないですか。

こういうことを言うと、おじさんたちは「損得で動けとか言うんじゃねーよ」って反応するんですけど。まさにおじさんたちが言うのは、「それが正しいか正しくないかで動け」っていう話なんですよ。

例えば、電車の中で高齢者に席を譲ることっていうのは、道徳倫理観からして正しいからやる。「別に損得でやってるんじゃないんだろ?」っておじさんは言うんだけど、僕から言わせれば、「高齢者に席を譲ると気持ちがいい」っていう得のためにやってるんですよ。

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